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ダイヤモンドからの閃光:ダイヤモンドを用いた固体量子系からの超放射を実現

 オーストリアのウィーン工科大学、国立情報学研究所、日本電信電話株式会社(以下NTT)は、固体量子系からのマイクロ波の超放射を実証しました。この実証では、筑波大学で作製された窒素と空孔からなる格子欠陥をもつダイヤモンドの結晶とマイクロ波の共振器(図1)が用いられました。

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〈図1〉高濃度のNVセンターを含むダイヤモンドと相互作用する3Dマイクロ波共振器を示す。中央上部に見える光ファイバーは共振器の中央にあるダイヤモンドに繋がっている。

 「超放射(*1)」という現象は以前より理論的に予言されていましたが、実証するのは困難と考えられてきました。「超放射」とは、原子のひとつが光を放出するときに、他の原子も同時に光を放出することによって起こる現象です。短い時間の間に強い光が放出されるため「超」放射と呼ばれています。これまでは特殊な対称性をもつ原子の集団が起こす超放射が考えられてきましたが、ウィーン工科大学の研究チームは固体量子系を用いることでこれを実現することに成功しました。ダイヤモンド結晶中にある窒素と空孔からなる格子欠陥は人工原子のように振る舞うので、超放射によってマイクロ波の光を強い閃光として放出すると期待できるのです。
 本研究成果は、モデリングと理論解析を行ったNTT物性科学基礎研究所と国立情報学研究所、NVセンター(*2)を含むダイヤモンドのサンプルを作製した筑波大学、ダイヤモンドとマイクロ波共振器からなるハイブリッド量子系(*3)を作製し超放射の測定を行ったウィーン工科大学の共同研究により得られたもので、2018年12月4日にNature Physics誌に発表されました。

背景

 量子物理学によると、原子はそれぞれに異なる状態をとることができます。ウィーン工科大学の研究グループリーダーJohannes Majer博士は、「原子は、エネルギーを吸収すると励起状態と呼ばれる状態へ遷移します。この原子がもとの状態へもどるときにそのエネルギーを光子として放出します。通常は、この光子の放出はばらばらに起こるため、いつ放出が起こるのかを予測することはできません。」と説明します。
 ところが、原子同士が十分に近くにあるときには、量子的な効果が現れます。ひとつの原子が光子を放出すると、そばにある他の原子に影響し、多くの原子が一斉にエネルギーを光子として放出するのです。そのため、このエネルギーの放出が閃光のように見えると考えられ、「超放射」と呼ばれてきました。通常の原子集団では超放射を起こすことは不可能であり、多くの原子を放射される光の波長よりも短い範囲に集めて初めて可能になります。つまり、100ナノメートル立方という非常に狭い範囲に多数の原子を集めることが必要となります。ただし、そのような状況では原子間の相互作用が強くなり過ぎ、超放射を起こすことは困難となります。

本研究成果

 本研究では、ダイヤモンド結晶内の格子欠陥を人工原子として用いることで、超放射を観測することに成功しました。ダイヤモンドは、炭素原子が規則的に並んだ結晶ですが、ここに人工的に欠陥を作ります。格子点にある炭素原子が窒素原子で置き換わり、その隣の格子点のひとつが空になっているときを、窒素―空孔欠陥(NVセンター)と呼びます。本研究では、筑波大学の磯谷順一教授の研究チームによって作製された、世界で最も多くのNVセンターを含みながらそれ以外の欠陥が無いダイヤモンド結晶を用いています。NVセンターは原子のようにエネルギーを吸収して励起状態へ遷移することができます。この遷移エネルギーを与えるマイクロ波の波長はとても長く数cmもあります。ダイヤモンドとマイクロ波共振器のハイブリッド系のもつこの長所を利用することで光の波長の領域にたくさんの人工原子を集めることが可能になるのです。
 10の12乗個ほどもあるNVセンターをすべて励起状態へ遷移させると、NVセンターがエネルギーを放出して基底状態へもどるには、通常数時間という時間がかかります。しかし、超放射が起こると、数百ナノ秒といった非常に短い時間でエネルギーの放射が起きます(図2)。最初のNVセンターからの光の放出が他のNVセンターからの放出を誘発し、マイクロ波の閃光が現れるのです。

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〈図2〉ハイブリッド量子系が示すダイナミクス。初期には共振器(赤線)とスピン集団(青線)の両方は基底状態にある。マイクロ波パルスによりNVセンターを含むダイヤモンド結晶中のスピン集団が励起された後、約300ナノ秒でスピン集団は急速に減衰し、マイクロ波の閃光が共振器から放射されている。超放射がない場合には、スピン集団の減衰時間は40000秒のオーダーであることがわかっている。

研究の詳細

 超放射によって放射されるマイクロ波の強度と放射時間は共にNVセンターの数に対して非線形な性質を示すことが期待され、その検証が超放射を実証する上で重要となります。しかしながら、実験に用いるダイヤモンドの中にNVセンターがいくつあるのかを確認するのは簡単なことではありません。本研究ではその代わりに、ダイヤモンドが持つ特徴を利用してNVセンターの数を変化させました。ダイヤモンドは4つの結晶軸を持っており、NVセンターはそれぞれの軸に対して1/4ずつ分布しています。ここで、ダイヤモンドに加えられる磁場の向きと大きさを操作することにより、共振器と共鳴するNVセンターの数をn個から4n個まで4倍変化させることができるのです。この性質を利用することで、非線形性の実証に初めて成功しました。

 

将来的な展望

 超放射は、一つの光子の放出に多くの光子が誘導的に放射される点で、レーザーと同様の原理をもちます。しかしながら、この2つの現象は本質的に異なる部分ももっています。レーザーでは原子を励起するのに常に多くの光子を必要とするのに対して、超放射は一つの光子が閃光を起こします。超放射の実証は、マイクロ波のメーザーなど固体を用いた多様な量子技術の発展の基礎として重要な成果です。

研究プロジェクトについて

本研究成果はウィーン工科大学Top-/Anschubfinanzierung grant 、 the John Templeton Foundation (JTF) project "The Nature of Quantum Networks" (ID 60478)、the Austrian Science Fund (FWF) in the framework of the Doctoral School "Building Solids for Function" Project W1243、 Wiener Wissenschafts-, Forschungs- und Technologiefonds (WWTF) project No MA16-066 ("SEQUEX")、文部科学省科学研究費新学術領域「ハイブリッド量子科学」15H05870、科学研究26220903及び17H02751により支援を受けています。

論文タイトルと著者

  • タイトル:「Superradiant Emission from Colour Centers in Diamond」
  • 著者:Andreas Angerer, Kirill Streltsov, Thomas Astner, Stefan Putz, Hitoshi Sumiya, Shinobu Onoda, Junichi Isoya, W. J. Munro, Kae Nemoto, Jorg Schmiedmayer, and Johannes Majer
  • 掲載誌:Nature Physics (2018)
  • 発表日:2018年12月4日

関連リンク

ニュースリリース(PDF版)

ダイヤモンドからの閃光:ダイヤモンドを用いた固体量子系からの超放射を実現


(*1) 超放射とは、n個の原子など光の放射体が共通の電磁場(光)に相互作用している時に生じる現象である。放射体が光の波長よりも小さい領域に集まっているとき、放射体は集合的にコヒーレントに光と相互作用を起こし、その結果、強い光のパルスを放出する現象が生じる。
(*2) NVセンターとは、ダイヤモンド結晶中にできる格子欠陥で、炭素原子が窒素原子に置換され、そのとなりにある格子点のひとつが空孔となっているものである。この格子欠陥が電子を捕獲することで、負に荷電したNVセンターとなる。
(*3) ハイブリッド量子系とは、2つ以上の異なる物理系や性質からなる量子系である。基本的にはそれぞれの単一の物理系の性質より優れた性質を示すことが期待される。本研究では、NVセンターのスピンの集団と、3Dマイクロ波共振器の2つの要素からなるハイブリッド量子系となっている。


本件はウィーン工科大学、国立情報学研究所、日本電信電話株式会社(NTT)の共同発表です。
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