研究 / Research

アーキテクチャ科学研究系

鯉渕 道紘
KOIBUCHI Michihiro
アーキテクチャ科学研究系 教授
学位:2003年、博士(工学)
専門分野:計算機アーキテクチャ
研究内容:http://researchmap.jp/koibuchi/

研究紹介

夢は世界一の速度を誇るコンピュータシステム・ネットワークの設計

 私はこれまで、一貫してコンピュータシステム・ネットワークの研究に携わってきました。コンピュータの処理速度が速くなればなるほど、実現できることが飛躍的に増えるので、結果として情報社会の発展に貢献できます。それこそが、研究者としての私の使命であると認識しています。

 始めに、スーパーコンピュータ(スパコン)の速度を上げるべく、データが失われることなく高速で伝達される「ロスレスネットワーク」の研究を行いました。その過程で、コンピュータをランダムに接続することで通信遅延を大幅に削減できることを発見しました。そのルーティングアルゴリズムや配線法を盛り込んだ「計算機システム・ネットワークへのランダム性導入に関する研究」は、学会内で高い評価を受けることができました。そして、その知見に基づき、様々な分野の専門家から提出された大量のグラフに基づく検証結果をホームページ上にて公開し、未来のスパコンのネットワーク設計に貢献することを目指しました。

 その頃から、スパコンの利用目的や適用範囲に大きな変化が生まれました。具体的には、機械学習などで行われるAI計算に盛んに利用されるようになりました。AI計算は、少々正確性が低下したとしても、ほぼ支障がないことがわかっていますが、計算を厳密に行うことを前提に設計されているスパコンでは、爆発的に膨張するAI計算にうまく対応できなくなることが懸念されます。

 AIの登場によってコンピュータに求められる役割も変わりつつあると認識した私は、従来の概念にとらわれない、AI計算に適したコンピュータのアルゴリズムやネットワークの研究に大きく舵を切りました。それがフォトニック(光)コンピューティングです。

光×近似コンピューティングの研究

 光コンピューティングの1つの特徴は、一つの装置で複数のデータを同時に処理できる多重化です。光は通信だけでなく、計算においても活用できます。光の特性を極限まで活用することで現行の数倍から数十倍の計算処理が可能になりますが、現状のシステムやハードウェアの一部として動作させることは困難です。そこで、最新の光技術を組み込んでも動作するコンピューティングシステムを新たに設計するという大きな挑戦が始まりました。

 信頼性と技術成熟度の課題を解決する鍵になるのが、近似コンピューティングです。近似コンピューティングとは、多少の計算精度の低下を許容することで、処理速度など性能の向上やエネルギーの効率化を実現する技術のことです。

 私はすでに、データセンターのサーバ間通信において、光変調時の設計マージンを削って1度に数倍のデータ転送と並列計算を行っても、十分な精度の計算結果が得られる通信方式など、性能向上やエネルギー効率化の技術を開発しています。

 これらの近似コンピューティングに関する研究成果を光コンピューティングに融合させ、世界に先駆けて光の極限性能を生かすシステムアーキテクチャを発表することを目標に掲げています。

コンピュータ性能を向上させることでAIの進化を支援

 近似コンピューティングの研究成果を発展させて、アルゴリズムやアプリケーションとして作り込むことを「不確実容認コンピューティング」と表現しています。これは、コンピュータがアプリケーションに歩み寄る試みと思っていただけると理解しやすいでしょう。

 現在、光コンピューティングのための近似アルゴリズムと近似システムアーキテクチャの間で、許容する誤差をどう規定するか、アーキテクチャの様式をどう規定するかの研究を進めています。近似アルゴリズムをテストベッド上で動作させる実証実験を数年以内に行う予定です。

 光×近似コンピューティングは、将来的には様々な分野で導入されると思われますが、現時点で活躍が期待されるのはAI計算の分野です。コンピュータの性能向上なくしてはAIの進化もあり得ません。いつの日か、光×近似コンピューティングの研究成果がAIの進化に大きく寄与できるものと期待しています。〼

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構成・執筆=佐藤 尚規 2024年6月更新

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