研究 / Research
コンテンツ科学研究系
研究紹介
今、見えているものは光が描き出している
私の研究は、物質が持つ「光の吸収特性や散乱特性」を利用したモノの形状推定・物質識別です。たとえば、ある物質に光を当てた時、光の波長によってその物質に光が吸収されやすかったり吸収されにくかったりします。また、半透明の固体物質に光を当てた時、物質の中に届いた光がどのように散乱するかは光の波長によって違ってきます。私たちは普段、可視光(ヒトの目に見える光)が物体に当たった際の反射や吸収によって描き出された形や色を物体の形や色だと感じています。しかし、ヒトの目に見えない波長の光を物体に当てて撮影した画像を見ると、何かに遮られてよく見えないモノの形が写っていたり、いつもと違う色に写っていたりします。
修士課程学生の頃、初めて近赤外線カメラで水槽に満たした水を撮影しました。私はいつの間にか「水は透明だ」と思い込んでいたようで、この時の撮影で、真っ黒に写った水の画像を見た衝撃は今でも忘れられません。この時から「様々な波長の光を物体に当てて得たデータによる形状推定や物質識別」の研究を始め、現在もその研究を続けています。
光の吸収特性・散乱特性等による形状推定・物質識別
今までやってきた研究を3つ、具体的に紹介します。まず、ひとつめは「水による光の吸収特性を利用した形状推定」。上述したように、光は波長の違いによって水への吸収されやすさが変わります。たとえば、巨大な水槽の水底に沈む物体に可視光ではない光を当てると吸収特性の違いによって光の届く量が異なり、形が分かることがあります。実際、波長の違う2種類の近赤外線を水面に当てると、底に沈む物体までの深度を測定しながら物体の形を近赤外線カメラで撮影することができます。二つめは「蛍光発光特性を持つ物質に光を当てる物質識別」。多くの物質は光が当たると同じ波長の光を反射しますが、蛍光発光特性を持つ物質は違う波長の光を反射します。この性質を使って、はちみつやウイスキーの中身を識別できます。たとえば、ウイスキーは大体、茶褐色をしていますが、産地によって原料や製造工程が少し違うので反射する光の波長が銘柄によって違います。この反射光のデータを得ることで、同じように茶褐色に見えるウイスキーの銘柄の違いを判別できるのです。三つめは「半透明物体に当てた光の(内部での)散乱特性による内部の可視化」です。半透明物体に当てた光が内部に届き、散乱するデータを取得すれば内部の構造を画像に映し出すことができます。
これらのテーマを分光や偏光の原理を使って異なる波長の光の情報を取得して研究していますが、その情報を取得するためのデバイスも作るところが独自の研究スタイルだと思っています。偏光カメラや分光カメラは市販されていますが、それらの市販されているカメラに様々なフィルターや光学実験装置を組み合わせて、独自の「イメージングシステム」を構築しています。作ったデバイスで得た情報はコンピュータビジョンとして画像化されるわけですが、コンピュータビジョン分野では多くの研究者が一般的なRBG画像を使用しているので、私の研究は独自性が高く、NIIにおいて「水中の形状推定手法」の特許も取得しています。
まだ見ぬ情報を蓄積し、やがてはデータサイエンスへ
これからの研究の展望としては、まず、「水による光の吸収特性を利用した形状推定」を発展させて、海中の深度測定や海底に沈む物体の形状推定手法を確立したいと考えています。海中環境では光の吸収特性と散乱特性が混在した画像情報が得られます。その情報をコンピュータの深層学習によって分離し、それぞれの特性から深度等を推定するのです。この技術が確立すれば、海難事故の捜索や海底鉱床の探索等、様々な社会貢献が可能となります。
それから、現在、「光超音波3Dイメージング技術による血管・リンパ管の三次元可視化」の研究も慶應義塾大学の医学研究者と共同で始めています。人間の身体に近赤外線等の光を当てると血管がわずかに超音波を発します。これを「光超音波」と言います。現在、この光超音波によって血管・リンパ管の画像情報を取得する技術が社会実装され始めていますが、私は深層学習を用いてこの情報から光超音波特有の散乱ノイズを取り除き、血管・リンパ管の立体的な画像、三次元画像を取得する研究を行なっています。具体的には「リンパ浮腫」の治療に役立つ研究を目指しています。リンパ浮腫とは、リンパ管の変容・破れ等によってリンパ液が体内に漏れ出し、それが原因で足が肥大化する等の症状を来す病気です。治療法としてはリンパ管縫合手術が必要なのですが、現在の計測技術による情報ではリンパ管の詳細な位置や状況を把握することができないので、事前の手術方針立案に限界があります。手術前にリンパ管の正確な三次元情報を得られれば、的確な手術方針を事前立案できるわけです。この技術が確立すれば、手術の成功率の大幅な向上や、患者さんへの負担の低減、さらには他の手術への応用が期待できます。また、建物や橋の劣化具合、コンクリート内部のヒビの形状など、社会の様々な局面で応用することができるでしょう。
今後は「顕微鏡画像と分光・偏光情報」等、様々な波長域の光の情報、物質情報、すでに撮影可能な画像情報を組み合わせ、深層学習も援用し、従来は可視化できなかったモノ・コトの推定情報を得られるように進めていきたいと思っています。それら、「現在ではまだないデータ」が蓄積されていったならば、将来はひとつのデータサイエンスに昇華させることも可能なのではないかと夢見ています。〼