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2025年度 市民講座 Q&A
第3回
「データ」が未来を創る!
―科学と社会をつなぐ新たな挑戦―
中野 恵一
※回答が可能な質問のみ掲載しています。
生成AIが急速に実現し、注目もされた背景として、未査読のまま研究論文を公表できるArxivプラットフォームの存在が大きかったと思います。矢継ぎ早に研究成果を競うように公表する環境こそが、ここ数年のスピード感を持った生成AIの進化に大きく寄与していると考えます。ご説明のあったオープン&クローズド戦略ではこのようなスピード感は出ないのではと思うのですが、実際のところをご教示いただけますと幸いです。
ご指摘の通り、arXivに代表されるプレプリント文化が、生成AI分野の爆発的なスピードに繋がったことは事実だと思います。重要なのは、オープン&クローズド戦略はこのスピードを抑える枠組みではなく、むしろ"加速を前提に設計された考え方"だという点です。
1. オープンは「スピードを出すため」の選択
オープン&クローズド戦略の原則は「できる限りオープンに、必要な場合のみクローズドに」。arXivの即時公開は、この「オープン」を最大限に活かした典型例です。
競争が激しく、先行研究への即時アクセスが価値を生む分野では、早く公開すること自体が研究を加速する戦略であり、本戦略と完全に整合します。
2. クローズドは「減速」ではなく「保険」
クローズドは公開を遅らせるためのものではありません。
知財・独自性・経済安全保障を守るための"安全装置"です。
「何を・いつ・誰に公開するか」を研究者自身が判断できることで、スピード重視の即時公開も、戦略的な非公開も両立できます。
3. スピードを支えるのは"判断"ではなく"基盤"
スピードを阻む最大の要因は、公開作業の手間です。
私たちは、研究中の管理から成果公開までを一気通貫で支えるNII Research Data Cloudの高度化を進めています。
これにより、研究者は「出す/出さない」の判断に集中し、事務負担なく即時公開が可能になります。
4. AI時代は「論文+データ」でスピードが決まる
生成AIの進化を支えたのは論文だけでなく、再利用可能な良質データです。
本事業は、論文公開のスピードに加え、AIが次に使える形でデータを共有できる基盤を整備しようとしています。
これは、AI for Science時代の"次のスピード感"を生む土台です。
オープンアクセスは、国内のみの話ですか?海外の大学との共同研究や企業との研究も多いと思うのですが、そのなかで適切なオープン&クローズド戦略が構築可能なのでしょうか。
オープンアクセス/オープンサイエンスは国内限定の話ではありません。
むしろ、海外大学や企業との共同研究を前提に、国際的に共通理解のあるオープン&クローズド戦略として構築されています。
1. オープンサイエンスは世界共通の前提
オープンサイエンスは、日本独自の政策ではなく、国際的に共有された考え方です。欧州では European Open Science
Cloud(EOSC)という大規模基盤が先行して整備されており、日本の取り組みもこうした国際動向と整合する形で進められています。
「As open as possible, as closed as necessary(できる限りオープンに、必要な場合はクローズドに)」という原則も、国際的に合意された基本思想です。
2. 国際・産学連携を支えるのは「クローズドな共有」
海外大学や企業との共同研究では、すべてを公開することは現実的ではありません。重要なのは、公開か非公開かの二択ではなく、「限定共有」です。
GakuNin RDMは、
• 共同研究者や企業担当者だけにアクセスを限定
• 国境や組織を越えた安全なデータ共有
• 研究過程の記録・証跡の保持(ガバナンス確保)
を可能にする基盤で、国際共同研究の実務に耐える設計になっています。
3. 最終判断は研究者にあり、制度と基盤がそれを支える
何をオープンにし、何をクローズドにするかは、データの価値やリスクを最も理解している研究者自身が判断します。
特に、
• 企業との知財が関わる場合
• 経済安全保障上配慮が必要な場合
には、クローズドに管理することが前提です。
政策としても「何でもオープンにする」ことを求めているわけではなく、守るべきものは守り、共有すべきものは広く開く──その使い分けを、ルールとシステムの両面で支援するのが本取り組みです。
人材育成の話が出てきましたが、国内のさまざまな産業で人材不足が言われている中で、貴重な研究データを管理できる人材を確保するのは、それこそ大変な苦労をされているかと思います。人材確保、人材育成で工夫している点、また、苦労している点は何か、教えていただければと思います。
人材確保・人材育成は、本事業でも最も難しく、同時に最も重要な課題です。
私たちは「少ない人材で全体を支える」ことを前提に、役割分担・共有・省力化の3点を軸に取り組んでいます。
1. 研究者だけに任せない「支援人材の育成」(工夫)
研究データ管理を研究者個人の負担にするのは限界があります。そこで、図書館職員やURAなどの研究支援人材を研究データ管理の担い手として育成しています。
具体的には、大阪大学を中心に、現場でそのまま使える教材を整備し、学認LMSを通じて全国共通の研修教材として提供することで、裾野を広げる育成を進めています。
2. 地域コミュニティによる「横展開」で効率化(工夫)
人材が潤沢でないことを前提に、既に全国6地域で立ち上がっている、地域コンソーシアム等の取り組みを継続・強化することが重要であると考えています。
これには、先行大学のノウハウを後続大学が共有し、ゼロから育てる苦労を繰り返さない仕組みが含まれます。個々の大学の努力に頼らず、コミュニティ全体で人材不足を補うことが重要な工夫です。
3. 最大の壁は「現場への普及」と負担感(苦労)
最も苦労しているのは、専門家層から一般の研究者へ広げる段階です。
現場では「人が足りない中で、これ以上業務を増やせない」という切実な声があります。そのため私たちは、教育だけで解決するのではなく、NII Research Data
Cloudを活用して専門知識がなくても管理できる仕組み=人に依存しない支援を重視しています。
知的財産権の問題から共有・公開が困難となる事例もあると認識しております。これらの点について、どのような対応策や検討が行われているのか、ご教示いただけますでしょうか。
知的財産権の問題があるデータについては、「無理に公開しない」ことを前提に、判断・仕組み・ルールの3層で対応しています。公開と保護を両立させるための現実的な設計です。
1. 前提は「オープン&クローズドの使い分け」
国の方針や本事業は、すべての研究データの公開を求めているわけではありません。原則は「できる限りオープンに、必要な場合はクローズドに」。
知財、企業連携、経済安全保障、研究の独自性に関わるデータは、クローズドに管理することが明確に認められています。
何を公開し、何を守るかは、データの価値を最も理解している研究当事者の判断が尊重されます。
2. 技術面:アクセスを厳密に制御できる仕組み
知財を含むデータは、公開前提ではなく、安全に共有するための管理基盤で扱います。
NII Research Data Cloudの一部である、GakuNin RDMでは、
• 研究途中データを外部非公開のまま管理
• 共同研究者など限定したメンバーのみに共有
• 誰がいつアクセスしたかを管理(ガバナンス確保)
といったきめ細かなアクセスコントロールが可能です。
3. 運用面:個人に任せないルール整備
仕組みだけでなく、研究者が迷わないためのルール整備も重視しています。
• 名古屋大学を中心に、学内ガイドラインの整備を推進
• 大学・研究機関としてデータポリシーを策定し、知財管理を組織的に対応
• 研究者個人に判断や事務負担を押し付けない設計
を進めています。
国側が考えるオーブアクセスの目的の一つに予算配分の適正化があるように思います。既存研究のデータがあるのだからと、研究予算を削られることがないように気をつけて仕組み作りをしてほしいです。
オープンアクセスの目的は「予算削減」ではありません。
1. 効率化の狙いは「削減」ではなく「次の研究への集中」
オープンアクセスやデータ共有が目指しているのは、既存研究を再利用できるようにして同じ作業を繰り返す無駄を減らし、その分を新しい挑戦に振り向けることです。
これは研究費を減らすためではなく、より高いスタートラインから研究を始められる環境を整えること=研究力強化が目的です。
国の政策でも、これはコストカットではなく研究基盤への投資として位置づけられていると思います。
2. 公的資金の成果を「最大限活かす」という考え方
公的資金による研究成果を共有し、次の研究につなげることは、社会全体として研究投資の価値を高めるための循環づくりです。
「既存データがある=もう研究は不要」という発想ではなく、既存データを起点に、より高度で新規性のある研究へ進むことが前提です。
3. 予算判断への歯止めとなる「オープン&クローズド戦略」
ご懸念のような不当な判断を防ぐために重要なのが、「できる限りオープンに、必要な場合はクローズドに」という考え方です。
• データの価値や独自性を最も理解しているのは研究者
• 研究戦略上重要なデータは、研究者の判断でクローズドに管理可能
• 何を・いつ・どこまで公開するかは一律に決めない
この原則を、制度とシステムの両面で支えています。
4. データは「終わった研究」ではなく「次の研究の土台」
NII Research Data Cloudは、データを保存するための倉庫ではなく、次世代の研究、とくにAIを活用した研究を生み出す基盤になります。
既存データがあるから研究を縮小するのではなく、それを使って、より高度な研究に進める環境を整えることを目的としています。
資料52ページのデータ共有ですが、データを共有する、クローズドにするというのは、すべて研究者個人の責任において判断できるようになっているのでしょうか?例えば、研究者がOKと思っていても、大学組織全体から見るとまずいというケースがあった場合、ストップできる仕組みなどはあるのでしょうか?
データの公開・非公開は研究者が判断しますが、最終的に「研究者任せ」にはなっていません。
大学組織としてリスクを止めるためのルールと仕組みが用意されることになります。
1. 基本の判断主体は「研究者」
データの価値や秘匿の必要性を最も理解しているのは、研究当事者です。
そのため、何をオープンにし、何をクローズドにするかの一次判断は研究者が行うことが基本設計です。これは研究の自律性を守るための前提になります。
2. ただし「個人判断の丸投げ」はしない
一方で、研究者個人の判断だけに任せると、
• 組織全体のリスク管理が弱くなる
• 研究者の責任や負担が過大になる
という問題があります。そこで大学には、
• データポリシーの策定(組織としてのルール)
• 運用ガイドラインの整備(現場で迷わないための指針)
といった役割が求められています。
これらは 名古屋大学が中心となり、全国的に整備が進められています。
3. 組織として「止められる」仕組みはある
ご質問の「大学としてストップできるか」については、可能です。
• システム面:
NII Research Data Cloudでは、データ管理基盤であるGakuNin RDMと、公開基盤であるJAIRO Cloudと、対応するシステムをあえて分けることによって、不適切な公開を防いでいます。
• 運用面:
学内ルールや審査フローに基づき、「研究者は問題ないと思っていても、組織としては公開不可」という判断を下すことができます。
• 外部ルール:
公的資金を提供する機関(ファンディングエージェンシー)の方針も、組織的な判断の指針・ストッパーとして機能します。
ホールプロダクトを追求する、とはどういうことでしょうか(p.55)
「ホールプロダクトを追求する」とは、システム単体ではなく、研究者が"迷わず使い切れる状態"を丸ごと提供する、ということを意味しています。
1. なぜ「ホールプロダクト」が必要か
新しい仕組みは、先進的な一部の人(アーリーアダプター)には使われても、一般の研究者に広がる段階で止まりがちです(いわゆる"キャズム")。
理由は明確で、
• 使い方が分からない
• ルールが不明確
• 困ったときの相談先がない
といった周辺要素が欠けているからです。
そこで必要なのが、「システム+ルール+人+支援」を一体で整えた完成形=ホールプロダクトです。
2. 全体の価値は「一番弱い部分」で決まる
この考え方は、「ドベネックの桶」の比喩で説明できます。
どれか一つ(例:システム)が優れていても、他(例:運用ルールや教育)が弱いと、全体として使われない。
つまり、ホールプロダクトを追求するとは、特定の機能を尖らせるのではなく、全要素をバランスよく底上げすることです。
3. 本事業におけるホールプロダクトの具体像
本事業では、次の要素をセットで提供することを目指しています。
• 基盤(システム):
NII Research Data Cloud
(GakuNin RDM、JAIRO Cloud、CiNii Research など)
• ルール(判断の指針):
研究者が迷わないための「ルール・ガイドライン」整備
• 人材(支援):
図書館職員・URA等の研究支援人材の育成
• コミュニティ(横展開):
地域コンソーシアム等によるノウハウ共有と相互支援
高度化7機能で開発したもしくは開発する予定の機能の具体的な内容について教えていただくことは可能でしょうか?
高度化7機能の開発状況については、各年度の成果報告書(https://www.nii.ac.jp/creded/deliverables.html)において、「NII RDCの機能高度化 」の項に記載しております。また、その一部については、2025年のシンポジウムにて「研究を支えるデータ基盤:NII RDCの実演から始めよう」と題したデモ(https://rdes.rcos.nii.ac.jp/)にて紹介しております。
研究機関などのデータは、現時点ではオンプレとCloudのどちらで比較的多く保存されていますでしょうか。そういったデータをNII Research Data Cloudへ移行する際に、移行は研究機関(大学機関)が独自で実行できるものでしょうか。例えばAIが活用する観点から見た場合、Dataのアーキテクチャを変更することも必要かと思いますが、今回の事業ではまずはNII Research Data Cloudの構築やそれに必要な7つの高度化機能を構築することに注力するという見方でよろしかったでしょうか。
研究データが、どこにどの程度存在しているか、という実態はよく分からない、というのが現状であると思います。
研究機関(大学)単位でのストレージの整備も進んでいますが、従来は、研究室単位・研究者単位で個別にローカルサーバや外付けストレージ等で管理されることが多かったと思われます。それを機関単位での管理下に置く、一つの手段が、NII
Research Data Cloudの利用になります。
すなわち、研究室単位・研究者単位のデータを移行する場合には、現在のデータ管理者が個別に対応する必要があります。一方、既に研究機関(大学)単位でまとめて管理されている状態から、NII Research Data
Cloudに移行する場合においても、現行システムとの対応を考慮する必要があるため、理化学研究所がリードするプラットフォーム連携の中での検討の対象としたり、あるいは先行する大学とNIIとで、個別の対応を検討したり、という状況です。
AI活用に向けては、ご指摘のとおり、データ構造やアーキテクチャの工夫が不可欠ですが、本事業の現在のフォーカスは以下の通りとなります。
• 優先事項:
NII Research Data Cloudの3基盤(管理・公開・検索)を核にした「高度化7機能」の構築・実装
• 狙い:
AIが使える以前に必要な「集められている」「整理されている」「共有可能」なデータ基盤を整えること
• 位置づけ:
今はAI活用そのものを個別に作り込む段階ではなく、AI for Scienceを成立させるための共通インフラ整備が最優先
「NII RDC」と「ジャパンサーチ」は、双方とも図書館や論文が関係しますが、何らかの接点があるのでしょうか。
「NII RDC」と「ジャパンサーチ」は、図書館・論文を起点としたメタデータ流通の階層構造の中で、接点を持っています。
ジャパンサーチは、書籍、論文、公文書、文化財、美術、学術資産、映像等を含む、分野横断型の文化・知識資源ポータルであり、デジタルアーカイブ推進の方針のもと、国立国会図書館 がシステム運用を担っています。
国立国会図書館は、国立国会図書館サーチ(NDLサーチ)と呼ばれる、図書・雑誌・論文・古典籍などを扱う「書籍・図書館分野の専門ポータル」も提供しており、NDLサーチは、ジャパンサーチにメタデータを提供する「つなぎ役」を担っています。
https://ndlsearch.ndl.go.jp/renkei/jpsearch
一方、NII Research Data Cloudを構成する検索基盤であるCiNii Research は、NDLサーチを収録し、検索対象として利用可能としています。
https://support.nii.ac.jp/ja/cir/cir_db
つまり、NII Research Data CloudはCiNii
Researchを通じてNDLサーチと接続され、そのNDLサーチが内包されるジャパンサーチとは、図書館・論文を起点としたメタデータ流通の階層構造の中で間接的に結びついています。
素人の質問になります。 今後、生成AIの進化により病気治療や予防のお薬などが出来るといいなあと思いました。只、やっぱり特許の絡みで難しいのでしょうか?
現在、製薬業界でも「AI創薬」は非常に活発な分野です。企業秘密や特許に関わる部分は各社が厳重に秘匿しつつも、基礎的な生物学的データなどを共有してAIの精度を高める「協調領域」の構築も進んでいます。本講演でご紹介したNIIの基盤は、こうした「守り」と「攻め」のバランスを大学や研究機関が実現するための強力なツールとなりうると考えています。

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