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平成21年度 第7回 Q&A

第7回 2010年1月19日(火)

あなたの体質や生物の進化をゲノムから知る方法とは?
ゲノムと情報学

隈 啓一(国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系)

講演当日に頂いたご質問への回答(全50件)

※回答が可能な質問のみ掲載しています。

資料P14 遺伝子以外の部分で機能の分かっている部分はありますか?
どんなことが分かっていますか?

図の遺伝子は、「タンパク質」を指定している遺伝子を表していますが、最近では、それ以外に多くの「RNA」を指定している遺伝子があることがわかっています。また、他に多くの「トランスポゾン・レトロポゾン」などの「反復配列」や、「レトロウイルスの残骸」などが存在しています。

資料P14の図のイメージが分かりません。イメージでは遺伝子と遺伝子の間は全く何もないのでしょうか。それとも無意味なDNAがあるというイメージなのでしょうか。

Q1を参照ください。

資料P17の中で安定度に違いがどれくらいあるのでしょうか?
例)ATA>ACA>AAA>AGA
例のような良い例がございましたらお願いします。

ご質問の意味がよくわかりませんが、「安定度」をDNA(塩基)が変化することに対する「堅牢性」と解釈しますと、同じアミノ酸をコードするコドンが多いほど(「縮退数」が多いほど)、そのアミノ酸は堅牢である、といえるかもしれません(A45もご覧ください)。つまり、6重縮退しているロイシンやアルギニンのほうが、1つしか指定するコドンがないメチオニンやトリプトファンよりも堅牢かもしれません。

資料P24 突然変異の確率は具体的にいくつですか。

染色体複製時の突然変異率(エラー率)は、人間ではおおよそ10-4(1/10000)と考えられています。しかし、この変異が進化の過程で生き残る確率になると、(1) この変異が校正・修復酵素で修復されない、(2) この変異が生殖細胞(精子・卵)で起きる、(3) 子どもに伝わったあと、集団中にこの変異が広まる、という過程をクリアしなければならないので、もっと小さい確率になります。だいたい、1年あたりにDNA1塩基が10-9くらいの確率で変化(進化)していくと考えられています。

資料P35 「分子時計が成功するのは珍しいし、めったにない」当たっているかどうかの判断基準とはなんでしょうか?

化石や地質学的証拠(注)から種が分かれた年代がわかっている生物の組み合わせが複数あり(たとえば、それぞれ1億年・5千万年・1千万年前)、それらの年代と、それらの生物のある遺伝子間の塩基置換数が比例関係にあること(たとえば、それぞれ10個・5個・1個)が示されれば、分子時計が成り立っていることがわかります。
(注)例として、アフリカと南米は約1億年前に大陸移動で分かれたので、それによって分かれた走鳥類(飛べない鳥・ダチョウ、キウイ、エミューなど)の間の分岐年代は約1億年、などと推定します。

資料P36 「種として"完全"に分かれた」の完全とは?

種はある1時点できれいに分かれてしまうとは限りません。2つの集団が疎遠になり始めたころから種の分岐は開始し、全く遺伝的交流がなくなったところで完全な種の分岐が完了したことになる場合も多いのです。

タンパク質は万能選手との説明がありましたが、Caで出来ている骨の形成とDNAの関係を説明していただけますか?

骨は発生(受精卵から成長していく過程)のときに、BMP(Bone Morphogenetic Protein、骨形成タンパク質)とよばれるタンパク質をはじめとする、いろいろなタンパク質の助けによって形成されていきます。

>染色体DNAの総数は、約30億にも達します。
その情報量はDVDの容量より少ないというお話でしたが、DVDの容量比で、何分の1になるのでしょうか?

一般的なDVD-Rは4.7GB(ギガバイト)です。コンピュータの世界では、通常ギガ(G)が10億ではなく、約10.74億 (2の30乗) なのですが、DVDでは素直に10億なので、47億バイトになります(実際の記録可能領域はこれよりもやや少ない)。1バイトには4つの塩基の並びを記録できるので(1バイト=8ビット、2ビットで1塩基を記録できる)、DVD-Rには約188億塩基記録でき、ヒトゲノムはその約1/6ということになります。

ゲノム情報を活用したシステムは、現在あるのでしょうか。例:ゲノム情報を集めてデータベース化して活用しているとか。

もちろん多数あります。もっとも巨大で有名なものはNCBI (National Center for Biotechnology Information) のデータベースでしょう。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/

アメリカでゲノム・DNA解析が民間企業ビジネスとして展開されつつある現状で、個人が情報の集積や今後予測される病気を把握する階層と、その手段を持ち得ない(金銭的)階級の間での情報(体質情報・薬の効果分析など)の格差が常識化されていく社会をどうお考えですか?

もちろん、望ましいことではないと思います。そのような情報の取り扱いの安全性が確立された後ならば、情報を得たい人に対する、公的機関の何らかの援助ということも考える必要があるかもしれません。

解析機シーケンサが超高速となっています。人のゲノム解析時に世界で分担して解析作業をしましたが、各種生物について世界各国で分担して解析する計画はありますか。

昔は枯草菌やコウボのゲノムも各国で分担して決定していました。しかし、おそらくこれからは、1つの生物ではなく、多くの生物のゲノムを多くの国の研究者が参加しているコンソーシアムが決定することになるのだと思います。たとえば、脊椎動物10,000種について、そのゲノムを決めようとする計画には、5つの大陸からの68人の科学者が関わることになっています。

A, B, O遺伝子は、他の生物にもあるのですか。またその発祥はいつ頃だと推定されていますか。

ABO遺伝子は、α-1,3-ガラクトシルトランスフェラーゼ (GAL) と言う遺伝子が約4~5億年前に重複したもの(GALのコピー)がその起源とされています。ですからABO式血液型は、哺乳類にはありますし、おそらく多くの脊椎動物にもあると思われます。他の生物(植物など)にも似たものがあるという話も聞きますが、おそらく独立に類似のものが進化したのではないかと思います。

メタゲノム計画で、ゲノムを決定するとき、どの生物由来のゲノムかどうやってわかるのでしょうか?

判らない場合が多いです。判るのは以下のような時です。つまり、その生物ゲノムのかなりの部分をカバーするDNA断片が決定できて、その中に既知の遺伝子(多くの場合16S rRNA遺伝子)が含まれている場合です。16S rRNA遺伝子は、非常に多くの生物種の配列が知られているので(現時点で数万種以上でしょう)、それを調べれば、何という種か、あるいは少なくとも何という生物に近縁であるかがわかります。

生物の個体の中のゲノムが全て同じであることはどうやって確認(検証)出来るのですか?
将来、DNAの合成は可能になりますか?

(1) ある生物、たとえば人間1個体の細胞全て(約60兆個)のゲノムは、実は同一ではありません。まず免疫担当細胞では、多様な抗体(外来異物に対抗するタンパク質)をつくるために、ゲノムの大きな再編成が起こります。それ以外の一般の体細胞も互いのゲノムを比べれば、僅かに異なります。それは、受精後、発生(成長)の過程で、細胞は分裂することによりその数を増やしていきますが、分裂を繰り返すごとに、おのおのの細胞の系列が複製エラーを蓄積するからです。やや特殊な例ですが、ある成人のガン化した肺細胞とリンパ芽球細胞のゲノムを比較すると、33,345箇所もDNAが違っていたという報告が今年の1月になされました。
(2) ある生物のゲノムDNAだけを合成することは今でも技術的には可能でしょう。ファージ(ウイルス)の例ですが、2003年にベンターらが、φX-174のゲノムを2週間で合成しています。ただし、特に真核生物の場合には、DNA以外に、ヒストンをはじめとする、いろいろなタンパク質などが集まって染色体を形成しているので、染色体の合成は難しいでしょう。

チンパンジーとボノボはどれくらい前に分かれたのでしょうか。

ボノボは昔、ピグミーチンパンジーとも呼ばれていましたが(極端に小さいわけではありません)、ピグミーと言う言葉に差別を感じる人がいるため使わないようになってきました。ボノボとコモンチンパンジーが分かれた年代には諸説ありますが、約200万年前といわれていると思います。

人工人間が作れるようになるのですか。

「人工人間」の意味があいまいなのですが、人間の(精子や卵子でない)通常の細胞から成人をつくりだすという、いわゆるクローン人間ならば、クローンのサル(マーモセット)での成功が昨年報じられたので、技術的には可能なのでしょうが、それを許可している国はありません。無生物的にゲノムDNAを化学合成し、体はタンパク質の重合体から作り出す...ということはおそらく遠い未来にでもならないと不可能です。

アメーバのゲノムサイズは、どうして6700億もあるのですか?

人間は母方と父方由来のゲノム情報を2つもつ「2倍体」ですが、植物などでは、さらにこれが倍になった「4倍体」であったり、それ以上の数をもつ場合もあったりします。アメーバでは、このような高度に倍加したゲノムを持つか、または全く同じゲノムをただ単に何十、何百セットもつか、なのではないかと思います。すなわち、見かけのゲノムサイズは巨大でもあまり情報量は増えていない可能性が高いのではないかと思います。

人間のゲノムとウイルスのゲノムに共通点はありますか。

人間に限らず生物とウイルスが似た遺伝子を持つ場合はあります。その説明の1つは、一部のウイルス(全部ではありません)の祖先は、生物のゲノムのごく小さなかけらが、完全な自己複製はできないにせよ、ある程度独立したものであり、その名残として現在でもそのような遺伝子をもつ、という考え方であり、もう1つは、ウイルスが感染した生物からその生物の遺伝子を自身のゲノムに取り込んだというものです。後者の報告例はかなりの数あります。

現世人類から別種が出現するのはいつなのでしょうか。

それは全くわかりません。ですが、いつ起きるにせよ、それはそんなに劇的な出来事ではないはずです。少なくとも現代人の中から、超人類が出現するというイメージは捨ててください。現実的なシナリオとしては、楽観的には、一部の人類が他の惑星などに移住することで、悲観的には、未来に人類の数が減少し、互いに隔絶した集団として生活することで、それぞれ遺伝的交流が無くなり、数万年~数十万年経過した後に、気がついてみるとお互いの集団の人類間に、別種といえるような違いが生じていた、ということだろうと私は考えます。

現世人類は、1人の女性"ミトコンドリア イブ"から生まれ10万年~15万年かけて現在のように進歩・発展したという説がありますが、他にどのような考え方があるのでしょうか。

その説は、現生人類の「アフリカ起源説」ですが、たとえばヨーロッパのネアンデルタール人がヨーロッパ人に、アジアの北京原人がアジア人になったという「多地域起源説」も過去にはありました。ちなみに、ミトコンドリアのゲノム(ミトコンドリアは細胞内小器官ですが、ゲノムをもちます。これは昔細菌であった頃の名残です)で系統樹を書くと、当然ながら根本は1点に集約されます。これを「イブ」と呼んでいるだけ(ミトコンドリアゲノムは母からしか伝わらない母系ゲノムであるから)で、その年代以外には特に意味があることとは思えません。

生命の起源は一つでなく、いくつかあったのが一元化されたと考えられませんか。

おそらくそれはないでしょう。遺伝暗号だけでなく、現在の生物が使用しているタンパク質は、お互いに非常に似通っているので、複数の異なる祖先から現在の生物が進化したとは考えにくいのです。

種の定義では、遺伝的交流のある・なしが線引きとなるのでしょうか。例えばハイブリッドイグアナがいるという事実からすると、ウミイグアナ&リクイグアナは同じ種といえるのでしょうか。
フローの集合とは何ですか?

本来の種の定義は、遺伝的交流がある=交配可能、ということですが、現在ではこの定義をそのまま当てはめるのは難しくなっています。そもそも、交配をせず、単為生殖をする生物種もいます。なお、交配して子供ができるだけでは同種とするには不充分で、その子供も安定して子孫を作る能力がないといけません。今日では、ゲノムの比較により、そのDNA配列が何%未満しか違わなければ同種と認める、という定義を提案する人もいるようですが、広くは認められていません。

イモリやサンショウウオのゲノム数がヒトよりも大きいのはなぜでしょうか?再生力についての遺伝子と何か関係があるのでしょうか?

Q18を参照ください。再生力とゲノムサイズの関係は鋭い指摘で、そのようなことを生物学者の間の雑談で聞いたことがあります。似た話で、4倍体生物であるワムシは放射線に強い抵抗性をもつそうです。

ゲノムには、表層部の色(例えば恐竜、人間の肌の色など)を決める部分はないのでしょうか。現代でも恐竜の色が鮮やかであったかどうか謎とされていますが、ゲノムから得られる配列で色が引き出せると面白いのですが。

もちろんあります。人間の場合はメラニン色素の量を調節する遺伝子などですが、生物一般に、体色などはかなりの程度ゲノム(遺伝子)で決まっています。ただし、ある程度は確率的に(ランダムに)決まる部分があるので、一卵性双生児のイヌ・ネコでも毛色のパターンが違ったりもします。

(1) ゲノムを調べることで、現在の難病とされているガンを取り除けるまでに、どのくらいの期間を要するのですか。それに関する障壁とは何ですか。
(2) 現在の科学では、ゲノム情報をどこまで把握しているのですか。
(3) 科学とモラルとの間で、クローン人間についてどのような取り組みがされているのですか。

(1) ガンといっても様々な種類(おこる場所、器官が違う)があり、しかも同じ器官に起こる場合でも、遺伝子レベルでの原因は多種多様なこと、また、臨床的にはガンを抑制する薬品には必ず副作用(側作用)が伴うことが治療のネックです。ゲノムがわかっても、この問題は依然として残るでしょう。ただし、薬品に関しては、全く新しい作用機序のものが開発できるかもしれません。いつ全てのガンが治癒可能になるかは、私にはなんとも言えません。
(2) 現在のところ、配列の並びを決めたこと以上のことは、ごく僅かしかわかっていません。これについては、A47を参照ください。
(3) A17に書いたとおり、現在でも技術的には可能なのでしょうが、それを許可している国はありません。

(1) 分子生物学の発展にともない、ダーウィンの進化路運が根底から覆される可能性はないのでしょうか。(分類法とか)単に形状が似ているだけで遺伝子的には互いに関連性がないということはよくあることだと思うのですが。
(2) また、突然変異が生物の外見上に現れるまでにはどのくらいの時間(年数、または世代)が必要でしょうか。

(1) 現在の生物学的知識からいえば、ダーウィンの進化論の全てが正しいとはいえません。しかし、150年前に提案されたものであるにも関わらず、現在でも通用する内容が多く、その洞察の鋭さには驚かされます。よって、根底から覆ることは無いと思いますが、個体レベルと異なり、分子 (DNA) のレベルでは、突然変異などが選択(良いものが積極的に選ばれて広まる)よりも、むしろ中立的な進化(特に良いものでなくても偶然に広まる)の方が頻繁に観察されている、ということが、ダーウィンの進化論からは予想外のことでしょうか(DNAが遺伝物質だとわかったのは60年ほど前なので、ダーウィンに分子進化を予測できるはずもないのですが)。
(2) 一概に言えません。1塩基の違いで形態に差が出る場合もあるので、ごく僅か、それこそ1世代で現われる場合もあるでしょう。ただし、その場合でも「進化」というには、その変化が集団に広まらなければならないので、それにはかなりの年月、人間ならば最低でも数千年~数万年はかかるのではないでしょうか。

(1) ゲノムを知ることによって、さらに進化する生命体は、作り出せるのでしょうか。それとも既に存在していて、知らないだけでしょうか。
(2) 人類は、これ以上、進化を遂げるのでしょうか。

(1)(2) 「進化」という言葉は、現在の生物学では「変化」とほぼ同じであり、「改良」という意味はあまりありません。よって、「退化」という言葉を使うことも少なくなってきています。その意味において、全ての生命体は、おそらく今後も進化し続けるでしょうし、人間もまた同じです。

ゲノムの中で遺伝子でない部分は、何か役割を果たしているのでしょうか。
生物細胞内のゲノムが成長(分化)ととものどのように変化するのでしょうか。

前半の回答は、Q1を参照ください。後半についてもQ15を参照ください。

遺伝子とはDNAまたは、アミノ酸の並びの和が決まっているのでしょうか。例えば遺伝子Aはアミノ酸100個、Bは1000個というようにばらつくのか、それともある程度一定数なのでしょうか。

どちらも決まっていません。遺伝子にはA40で答える通り、イントロンがある場合があるので、その長さは遺伝子ごとに大きくばらつきます。人間でいえば、DNAの数にして、約数百~約100万個になります。遺伝子から作り出されるタンパク質のアミノ酸の数も約数十~約30,000個とばらつきますが、その平均は約500個です。

生命の起源の予想について
(1) 彗星の卵(オールトの海)から、有機物が持ち込まれた。→生物に進化。
(2) 火星のような他の惑星から隕石として生物そのものとして持ち込まれた。
この可能性について、先生はどう思われますか。

(1) は充分にあるといいますか、生命の誕生およびその後の進化に関わった有機物の、かなりのものは、隕石由来であるという仮説は割合支持されていると思います。地球誕生直後は、大変な数の隕石が降っていたと聞いています。
(2) 生命そのものが他天体に由来する、というのは現時点では可能性が低いように思われます(0ではないと思いますが)。

一塩基多型のデータベースについては、どのように考えられるでしょうか。研究者・研究機関の自主的判断で進めるのでしょうか、きちんとした議論に基づいて国として方向を出すべきでしょうか。

講演でお話ししたように、非常に特殊な個人情報ですから、もちろん各研究者・研究機関はきわめて慎重に取り扱っています(匿名性の保持など)。そうは言っても、それぞれの機関で、その取り扱いについて全く同じとはいかないでしょうから、国であれ、学会であれ、基準・指針を定めたほうが良いのは当然で、おそらくその方向に行っているのではないかと思います。

メタゲノム研究にて得られた成果を紹介してほしいです。特に人の腸内細菌のDNA。

例えば、東京大学の服部正平先生のグループなどが研究されています。家族を含む、乳児~成人の13人の健康な人の腸内細菌を調べ、どのような種がどのような割合で存在するか(細菌の構成比)について研究したところ、意外にも家族間ではあまりのその構成比は似ておらず、むしろ年齢の似たもの(特に乳児同士)が似ていたそうです。おそらく、乳児と成人の食べ物の違いが影響しているのでしょう。詳しくは、服部先生のご研究をお調べください。

ゲノムで系統樹をつくる試みはどこまで作られているのでしょうか。

細菌から霊長類に至るまで、全生物についてそのような試みがなされているといっても過言ではありません。ただし、全ての生物を1つの系統樹にまとめて推定することは難しいので(100万以上の生物種が存在する)、いくつか生物を選んで太古に起きた生物の進化的な枝分かれを推定したり、全生物の系統樹のごく一部分である近縁な生物同士の系統樹(たとえば哺乳類だけ)を推定したりすることが多いです。

ヒトゲノムは、誕生後成長によって変わりますか。(病気、脳疾患(交通事故等)によって)

Q15を参照ください。また、ガンとゲノムの変化が関連していることはあるでしょうが、交通事故およびそれによる脳疾患でゲノムが変わるとは思えません。

突然変異で新しい血液型が生まれることもあり得るということでしょうか。

今のところ、ABO式血液型に新しいタイプが誕生したという話は聞きませんが、理論上はありえなくはないと思います。つまり、突然変異により、AまたはB遺伝子からN-アセチルガラクトサミンでもガラクトースでもない糖を付加する酵素が出現し、かつそれが新たな血液型を作り出せた場合です。

(1) 人間の通常レベルでの突然変異の発生確率(ゲノム単位)はどのくらいでしょうか?
(2) 人変の総ゲノム数はどのくらいでしょうか?
(3) 同じ個体人間でも、全く同じゲノムは総ゲノム数の何%くらいでしょうか?
(4) 「未知」である微生物のゲノムから、どうやって「有効な遺伝子」を見つけ出せるのでしょうか?(培養困難であり、個体全体としての効用は観察できても、それがどのDNA配列に依拠するものかを同定するにはいくつかの追加実験プロセスが必要なのでしょう)

(1) Q4を参照ください。
(2) 人間は1細胞あたり1つのゲノムをもつので、細胞数約60兆の人間の総ゲノム数も約60兆になるはずです。
(3) Q15(1)に書いた通り、同じ人間でも、細胞ごとに僅かにゲノムは異なっています。全く(ほとんど)同じゲノムとなると、同じ組織・器官の中で互いに近傍にある、ごく最近に分裂した細胞同士、ということになると思います。
(4) おそらくは、まずは有用な「タンパク質」を探索し、そのアミノ酸配列から、それをもっているような生物のゲノムを探し、次にその生物自体を探す、ということになるでしょう。その生物は難培養性でしょうが、それが極めて有益であると判れば、培養条件をいろいろ変えて試行錯誤し、何とか培養できるようにしてから工業化するのではないでしょうか。

(1) ゲノムの上で遺伝子部と非遺伝子部(イントロン)を比較して塩基多型(突然変異?)が起こる確率に差はあるのでしょうか。
(2) 分子時計を利用した系統樹研究では、遺伝子部、非遺伝子部(イントロン)のどちら、あるいは両方とも研究対象にとるのでしょうか。一方、変異が起こりやすい場所がゲノム上にあるとすれば、系統樹研究のためには不都合ではないでしょうか?

(1) 遺伝子のなかでタンパク質を指定している場所をコード領域といい、そうでない領域を非コード領域(イントロンなど)といいます(A40参照)。ほとんどの場合、非コード領域の方が突然変異を蓄積しやすいです。それは、そこが変化しても、作り出されるタンパク質に影響しないからです。これは、「分子進化の中立説」の大きな証拠の1つです。
(2) 両方とも研究対象になります。たとえば、両者は知りたい親戚関係が近縁か遠縁かで使い分けます。非コード領域は突然変異を蓄積しやすいので、近縁な関係を調べるのに適しています(近縁なもの同士でも充分な違いが観察される)。しかし、この領域で遠縁なものを比べようとすると、あまりに違いすぎて比べることができません。その場合は、コード領域を使うことになります。

(1) 一塩基多型(SNP)の例で、第15染色体長腕のSNP異常が肺がんになりやすい危険性があるとの事ですが、染色体の異常により「がん」が生じやすくなる原因およびメカニズムがどのようなものですか。(生体では、日々がん前駆細胞は生まれ、それがリンパやマクロファージにより駆逐されていると聞きます)
(2) また、喫煙を控えると危険性が減るのはどうしてでしょうか?

(1) 第15染色体長腕上(15q24-25.1)での肺ガンに関連するSNPは実は2つみつかっています。1つはニコチン性アセチルコリン受容体 (nAChR)というタンパク質 (CHRNA5) に関するもので、通常GのものがAであると、このタンパク質の機能が阻害され、肺ガンになりやすくなります。もう1つが講演にでてきたもので、別のnAChRタンパク質 (CHRNA3) に関連し、通常GのものがTであると、その人の喫煙量が増える(ニコチン依存性が強くなる)傾向があり、そのため肺ガンになりやすくなります。
(2) タバコのニコチンで、ニコチン性アセチルコリン受容体経路というものが活性化されます。この経路は、ガン細胞の増殖・生存・移動・侵入および腫瘍性血管形成などに関わり、肺ガンとの関連性が指摘されています。喫煙しないと、これが活性化される危険が減ることになります。

遺伝子の間にあるイントロンの構造もDNA配列でしょうか。同じDNA配列だとしたら、どのような仕組みで、遺伝子情報を持つ部分と持たない部分が分かれているのでしょうか?
(遅れて入室したので繰り返しでしたらすみません)

イントロンもDNAの並びです。はじめに一般的な遺伝子の構造を説明します。まず、タンパク質を構成するアミノ酸を指定していない部分(5' 非コード領域)があります。この領域の一部には、タンパク質を作り出すときに調節をおこなうための信号が記されています。続いてアミノ酸を指定している部分(コード領域)があり、最後にまたアミノ酸を指定していない部分(3' 非コード領域)があります。これだけの遺伝子もありますが、多くの場合、コード領域はイントロンというアミノ酸を指定しない領域で分断されています。イントロンは1個とは限らず、何十個もある場合もあります。どこがイントロンなのか、人間には区別がつきにくいのですが、コード領域とイントロンの境界、およびイントロン内には特徴的なDNAの並びがあり、後述のスプライシング時にはこれでイントロンの場所が判断されます。イントロンを含んだまま、コード領域(およびその前後の非コード領域の一部)はメッセンジャーRNA (mRNA)に写しとられます(DNA原本からRNAを材料にしたコピーをとるようなものです。RNAも4種類ですが、ACGTではなく、ACGU【ウラシル】です)。mRNAは、スプライセオソームというものによって、イントロン部分が除去され、連続したコード領域をもつmRNAに再編成されます(スプライシング)。このmRNAを使って、リボソームでタンパク質が作られるのです。

分子系統は種の系統とは必ずしも一致しません。今後はゲノム系統として種の系統もかなり分かるとは考えられますが、進化の結果であるゲノム解析だけで、進化のメカニズム・プロセスは理解できるのでしょうか?

確かに、分子による系統樹が必ず「正しい」系統(親戚)関係を推定するとは限りません。しかし、形態・性質だけからの推定をおこなっていた時代に論争を呼んでいた系統関係について、かなりの部分に答えをだしています。また、ゲノムだけで進化のプロセスが判るか、ということについてですが、進化のプロセスを研究するために使われる手法は系統樹推定だけではなく、進化速度の解析、集団遺伝学的な解析など、さまざまなものがあります。もちろん、これらだけで進化のプロセス全てが理解できるとは思いませんが、我々にできることは、可能な方法で理解しようと試みるだけです。

(1) 細胞の大きさと遺伝子の大きさは?
(2) 突然変異が逆行しないのはなぜでしょうか。
(3) 突然変異したものか(もとのもの、変異しないもの)を排除するのでしょうか。

(1) 細胞の大きさは、実に様々です。まず、真核生物と原核生物で大きく異なります。たとえば、真核生物では「卵」も1つの細胞といえます。ダチョウだと15cmもあります。一方、原核生物のマイコプラズマだと0.15ミクロン (1ミクロン = 1/1000mm) です。人間の一般的な細胞だと10~30ミクロンくらいでしょうか。遺伝子の大きさというのは、意味がよく判りませんが、DNAの2重ラセン構造でしたら、直径約20オングストローム(1オングストローム = 1/10000000mm) です。
(2)(3) 点(1つのDNAに起きた)突然変異は逆行(復帰という)することもあります。それは、単に確率の問題です。突然変異は稀な事象ですから、同じ場所に元に戻るような変異が再度起こることが少ないだけです。また、突然変異と進化は区別しなければなりません。ある個体に起きた突然変異が集団中のほとんどを占めたときに「進化」が起きたことになります。ですから、突然変異したものがしていないものを排除した、というのは現象的には正しいです。ただし、その原因はそれが優れていたからとは限らず、偶然である場合も多いのです。

(1) 人間と人間以外の生物とで、DNAにどんな差異がありますか?
(2) 非生物から生物に進化したきっかけは?
(3) DNA的に論じる(定義する)ことは可能ですか?
(4) 突然変異が保存される条件は、DNA的にはどういう風に定義されますか?

(1) DNA自体には差は全くありませんが、強いてあげれば真核生物では、メチル化などの修飾がおきている場合があります。また、染色体、ということであれば、生物ごとにかなり異なります。真核生物は直線的ですが、原核生物の多くは環状です。たとえば真核生物では、ヒストンなどのタンパク質も構成要素になっています。
(2)(3) 難しいご質問ですが、生物になったきっかけは、「自己複製能」を獲得したことでしょうか。ご存じかと思いますが、最初の生物は、自分のコピーを作れる「RNA」であった、という「RNA世界仮説」があります。その後、RNAがより安定なDNAに置き換わったとするものです。
(4) 突然変異が保存される=「進化」として集団中に広まるためには、それが繁殖に有利な変異であった場合(ただし、あまり例は多くない)か、偶然に広まるか、です。A27(1)を参照ください。

(1) ゲノム=DNAの並び方だけですか?(それ以外のことがあるのでしょうか)
(2) アミノ酸に「終わり」があるならば、「始まり」はないのでしょうか。
(3) BとCの遺伝子が近くなることはないのでしょうか。分子時計
(4) ネアンデルタール人の分かれた推定にチンパンジーが650万年前に分かれたことを基準にしていますが、チンパンジーが650万年前はどのようにしてわかるのでしょうか。

(1) そうです。ただし、染色体、と言う意味であればA42(1)を参照ください。
(2) あります。メチオニンというアミノ酸が開始の合図になります。なお、メチオニンは先頭だけではなく、タンパク質の途中にも出てきます。
(3) BとCの遺伝子が近くなることはあります。これは、「分子時計」が成り立たないときによく起こります。何らかの理由でAとDの生物の遺伝子に変異が蓄積しやすくなった場合などです。現在の系統樹推定法は、このような場合にも正しい親戚関係を推定できるように改良されています。
(4) A5に書いたように、種が分かれた年代がわかっている他の生物の組み合わせをものさしにして計算されました。例えば、ある研究では、ヒトとアカゲザルが2380~3500万年前に分かれたとすると、ヒトとチンパンジーは498~702万年前に分かれたことになるとしています。他の研究も総合して考えると約650万年前という推定は、まず妥当なところでしょう。

DNAが(タンパク質合成に対して)突然変異に対して強くなるために、アミノ酸1つに対して複数個のコドンが指定されているのは分かりますが、トリプトファンやメチオニンのように1つしかコドンが指定されていないのはなぜですか。逆にいうと、トリプトファンやメチオニンが入っているタンパク質は変異しやすいということでしょうか?

鋭い質問です。明快な答えは私も聞いたことがありません。トリプトファンやメチオニンはタンパク質の中で比較的使用されないアミノ酸なので(含量が低いといいます)、それに応じて対応するコドンも少ない、という説もありますが、これは原因と結果が逆かもしれません(1つしかコドンがないので、これらがゲノム中に現われにくく、タンパク質の中にも現われにくい)。なお、生物によっては、ミトコンドリアの遺伝暗号として、トリプトファンやメチオニンが2種類のコドンをもつ場合もあります。さて、これらが別のアミノ酸に変異しやすいかといえば、確かに変異はしやすいのですが、これらは結構特徴のあるアミノ酸なので、他のアミノ酸に変異した場合、タンパク質の性質を大きく変えることがあるので有害となりやすく、そのようなものは子孫に伝わらないので、進化的にはその変異が残らないことも多いのです。

体質というより「性格」に関係しますか?そして性格的病理(うつ病とか)には強く影響しますか。先生のお考えをお聞かせください。

性格とSNPが関係する可能性はあるでしょう。しかし、人間の性格というような複雑なものは、多分に環境に影響されると推察されます。精神性疾患については、強く関係するものは確実に幾つかあると思いますが、これも環境要因に影響されるものも多いと思います。

(1) ゲノム情報学で只今隘路になっているような課題はありますか。それは何ですか。何か充足されれば、ゲノム情報学はさらに発展するのでしょうか。先生の身近なところからのご回答で結構です。

方法論でいえば、現在、ゲノムを決定する方法としては、ゲノムを切断し、ごく短い断片にしてからその断片のDNA配列がどのようなACGTの並びであるかを決定し、その後それらを繋いで再構成する、というものが主流ですが、この繋ぐ方法が非常に難しいので、よい方法が見つかれば、ゲノム決定が飛躍的に高速化するでしょう。本質的な問題としては、ゲノム配列を決めても、それから生物の情報を取り出したり、有効利用するという、一番大切な技術がまだ未熟です。現在は、どのような遺伝子がそのゲノム上に存在するかさえも確実にはわかりません(このことは、ポストゲノム問題と呼ばれています)。

ゲノムと量子力学の今後を40ページは示唆しているのでしょうか?
論理が飛んでいる感じもしますが、人間や魚の間の多様性はどう表現されるのでしょうか?

p.40は、生物によってゲノムサイズ(DNAの並びの数)が大きく異なることを表した表にすぎません。人間と魚の間の多様性(違い)は、主にゲノムに含まれる遺伝子の種類によって決定されていると考えられます。

自分のことで恐縮ですが、私は先天的に色覚に対する異常があります。
ゲノム関連の解析で、色覚異常に対する研究は行われているのでしょうか?

人間の色覚異常は、ゲノム時代の遥か昔から遺伝学的な研究がなされていました。X染色体上に赤と緑を感じる遺伝子が並んで存在し、しかも両者は遺伝子DNAの並びがそっくりであるため、染色体複製時にエラーが起きやすく、どちらかの遺伝子がコピーされずに欠けてしまうことが多々あり、そのような変異を受け継いだ人は、赤または緑を認識できなくなるのです。赤緑の色覚異常が男性に圧倒的に多いのは、男性はX染色体を1本しかもたないためです。なお、残りの1つの色、すなわち青を認識する遺伝子の異常による青黄色色覚異常はごく稀です。

私は特異体質(薬の副作用の出方などが普通と違う)なのですが、私のゲノム(特に53ページなどの配列)について調べてほしいと思ったとき、どこへ依頼すればよいのでしょうか。大学病院などで調べていただくことは可能でしょうか。

ゲノム診断(遺伝子診断)は、現在のところ少ない病気や薬に対してしか行われていないと思いますので、質問者の方の体質に検査が対応しているかは、わかりかねます。私には、個別のご案内はできませんが、特定の大学病院でのみ、そのような検査を行ってもらえると思いますので、情報を集めていただくことをお勧めします。なお、個人ゲノムを決めるサービスを外国の民間企業がはじめたようですが、まだ数十万円はかかるようですし、その精度も明らかにはなっていないと思います。

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