イベント / EVENT
猪瀬 博(初代所長)のことば
ー1999年、軽井沢町に向けた寄稿文よりー
軽井沢に学際的な討論と思索の場を
猪瀬 博(国立情報学研究所 初代所長)
私どものセミナーハウスが南ヶ丘にオープンしてから、一年半が経過した。この間、国内外の方々を招いてワークショップや研究会を開催してきたが、利用者の評判もよく、これもひとえに、軽井沢町はじめ近隣の方々が、私共を暖かく見守って下さったお蔭と、心から感謝している次第である。
運営もしだいに軌道に乗ってきたので、昨年の夏には、六週間にわたって「土曜懇話会」を開催し、地元の方々や避暑で滞在中の方々にご来聴いただいた。「老化」、「スーパーラティス」、「科学と倫理」、「西夏文字の解読」、「マルチメディア」、「サイエンス・ジャーナリズム」と、多様なテーマを選び著名な研究者に講師をお願いし、講演の後、ご来聴の方々と懇談の機会も設けた。何分初めての試みであり、素人の運営で不行届きのことも多かったかと思うが、昨年夏の経験をもとに改善を加え、本年以降もより多様なテーマを取り上げて、続けていきたいと考えているので、ご声援、ご教導いただければ幸甚である。
このセミナーハウスの敷地は、元来筆者が別荘地として購入したものだが、それを文部省に寄付したのは、コロラド州のアスペン人文学研究所での体験によるところが大きい。一九七〇年代に、筆者はこの研究所で三度の夏を過ごした。主な目的は英文の本を書くことであったが、学際的なセミナーにしばしば呼び出されて、専門外の人達と自由な雰囲気で討論できたことも大きな収穫だった。また一流の演奏家によるコンサートを、大きなテントの下で聴くのも楽しみだった。それ以来、日本にもこの種の知的活動の場がほしいと思い続けてきた。
アスペン人文学研究所は約五十年前に創設されたが、その契機となったのは一九四九年にゲーテ生誕二百年祭の際行われた、ロバート・ハッチンスの講演であった。「対話の文明を求めて」と題するこのスピーチでハッチンスは、知識の急速な拡大が専門化を促し、専門主義、すなわち教養と知的交流を犠牲にしてまでも専門知識を追求する風潮を生んだこと、その結果、無教養な専門家群の存在が文明にとっての最大の脅威となっていることを指摘している。「大学教授達がファカルティクラブで顔を合わせても、天気の話以外にはお互いに共通の話題がない」という彼の観察は的確といわざるを得ず、事実筆者自身もそのような気まずさを何度も体験しているのである。ハッチンスは、このような事態から脱却するためには良きゲーテ的世界の再構築が必要であり、そこでは相互の尊敬と理解を基盤とし、必ずしも意見の合致を前提としない、「対話の文明」が不可々であると述べている。
教養主義の衰退は、洋の東西を問わず進行しているようだが、我が国においてはまさに眼を覆うほどの惨状にあるといわざるを得ない。現在我が国のおかれている窮状は、金権主義に裏付けられた、低俗な専門化の所産であることは、疑う余地のない事実である。二十一世紀を間近に控え、今日最も必要とされるものは対話の文明であるといえよう。
アスペン人文学研究所は、ハッチンスの提言を見事に開花させた。ロッキー山脈を望む広大な敷地に展開された溝酒な建物群から成る本部のほか、ニューヨークなどの米国内、さらにはドイツ、イタリア、フランスにも拠点をもつ巨大な組織である。それに比べればこのセミナーハウスは、敷地一千平、建物二百坪という、まことにささやかなものに過ぎず、正に貧者の一燈というべきだろう。しかしそれが一粒の種となって、我が国にも学際的で国際的な討論と思索の場が育っていくことを心から念じている次第である。
軽井沢町民の方々のご支援とご協力を心からお願い申し上げる次第である。
出典「シリアス21」第五号 1999年
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