研究 / Research

論理プログラミングの研究を活用して 〜 情報学と法学の融合を目指す

情報の一部が欠落していても合理的な判断が行える推論システム。それが主な研究テーマだ。実社会の事象のほとんどは、数学の公理のように不変なものではない。判断に必要な情報が完全に得られないまま結論を出さざるを得ないケースがしばしばあり、後で情報が追加されると結論を修正しなければならない場合が多い。

典型的なのは裁判だ。原告・被告が事実の証明を行い裁判官が判決を下すが、一審の判決後に新しい証拠が出てくると、控訴審で判決が覆ることがままある。一審での裁判官の推論は、欠落した情報を間違った推測で補っていたのだろう。もし情報欠落があっても合理的な推論ができる機械があったら結論は違っていたかもしれない。そんな人工知能(AI)を作ることに取り組んでいる。

原点は1970年の大阪万博。「そこで触れた『物語自動作成システム』が忘れられない。今思えば単純な仕組みだったが、小学6年生の私には機械が物語を創作しているように映り、人工知能への夢を与えてくれた」。その体験が情報科学の道へと誘った。大学卒業後勤めた富士通研究所では論理を記述可能な開発言語「Prolog」インタプリタ開発にあたった。

その後、論理プログラミングの研究を続け、2001年にNIIに入所した。研究の傍ら法律を学ぼうと思い立ち、法科大学院に入学したのは数年前のこと。そこで民法の「要件事実論」を知ることになる。そこには裁判で誰がどのような事実の立証責任を負うかのルールがあった。これが論理学でいう「非単調性推論」、つまり情報の追加により結論が変化する推論と構造が同一なのに驚いた。

要件事実論のルールをAI化すれば、裁判プロセスを再現して最も合理的結論を出すことができるはずと、民法の契約法の教科書から要件を約1万ルール抽出して推論システム「PROLEG(プロレグ)」を作成、司法試験の要件事実論の問題で動作を確認した。このシステムは、要件事実論の学習に活用できるばかりでなく、法律実務家のサポートツールとしても利用可能。実際の裁判では最終的に人間の判断が必要だが、未経験の訴訟ケースで証拠に漏れがないかをチェックするなど、基本的な法律実務の支援が期待できると考えている。「NIIには胸を張って基礎研究ができる自由さがある。ここで論理プログラミングを法律学に生かし、情報学と法学を融合させた『ジュリス・インフォマティクス』を、学問分野として確立していきたい」

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佐藤 健
SATOH Ken

情報学プリンシプル研究系 教授

博士(理学)/東京大学理学部情報科学科卒/1981年富士通研究所入社。1987年から1992年まで新世代コンピュータ開発機構(ICOT)に出向し、通産省(当時)が進める「第五世代コンピュータプロジェクト」に携わる。1993年論文博士(理学)取得(東京大学) 。北海道大学工学部助教授を経て、2001年より国立情報学研究所教授。2009年東京大学法科大学院、2016年筑波大学法科大学院修了。

人工知能の論理的基礎の研究に長年従事している。最近では、法律と情報学の融合の新学問領域のジュリス・インフォマティクスという新しい研究分野を提唱している。

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