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投資マネー分析システムで経済安全保障を確立できる
研究リポート ポストコロナに向けて
世界の投資マネーは、複雑なネットワークを経由して地球を駆け巡る。膨大なビッグデータをAI解析することで、有効な投資ができる。金融情報の可視化システムを開発した第一線研究者が見据える投資マネーの実態と、めざすべき投資の理想形とは。

水野貴之MIZUNO, Takayuki
国立情報学研究所
情報社会相関研究系 准教授
―情報学に基づいて株式投資ネットワークを分析しようとしたきっかけを教えてください。
コロナ禍による世界的な金融緩和などで投資マネーがあふれ、日本でも個人投資が急激に増えています。ひとつの投資信託の中には、世界中の100社、1,000 社の株が組み込まれ、しかもそれが頻繁に入れ替わっています。
近年、社会的責任を果たす企業にのみ投資する「ESG投資」の考え方が広がっています。でも投資信託のお金が流れていく先には、ESGとは正反対の活動 をする会社が連なっている可能性もあるのです。
情報学のおかげで、スマートフォンを片手に世界中の企業に投資できるようになっています。Society5.0という未来も語られるようになりました。しかし、投資のネットワークがあまりに複雑化したために、誰もその実態を追いきれていません。であればこそ、情報学を使って研究する必要があると考えたのが、このネットワーク分析技術の開発を始めたきっかけです。
―新しい分析システムを開発するうえで、技術的課題はありましたか。
情報学的観点から投資ネットワークを見た場合、最も大きな問題は「非線形な現象が起きている」という点です。
例えばある企業の株式を、3者が45%・40%・15%の割合で保有していたとします。利益の配分は45:40:15でよいのですが、経営に関する権利は、過半数の株式を持つ者がいないため、「誰と誰が手を結ぶか」で決まります。すなわち、3者ともがキャスティングボートを握ることができるために権利の配分は1:1:1になります。しかも株の世界では、親会社の下に子会社、孫会社と系列が繋がるので、ますます「誰がどこにどのような影響力を持っているのか」が見えにくくなります。
この「非線形の現象」の解析手法のベースとして、1970年代に政治学で導入された「シャープレイ=シュービック投票力指数」という考え方を使いました。これは複数の関係者が、どれだけ発言力(=投票力)を持っているかを計算できる指数です。
投資の9割以上が「ブラウン企業」へ
しかし、この指数は単一企業での発言力予測には使える一方で、多層のネットワークでは「組み合わせ爆発」を起こしてしまう。そこで、この指数を近似的に計算し、多段階に伝搬させていくようなアルゴリズムを開発しました。
―分析によって、株式投資ネットワークのどのような点を可視化できましたか。
ひとつは、開発のきっかけとも関係しますが、投資マネーの行き先を可視化できました。世界の投資マネーのリンクを追うと、必ずしも活動がESGに合致していない「ブラウン企業」やギャンブル、麻薬、武器製造などの産業へ流れてしまう例が9割を超えていました。
もうひとつは、戦略としての投資を上手にコントロールできている国と、そうでない国が明確に判別できるようになりました。残念ながら、この点で国家としての日本や日本の投資機関は立ち遅れています。投資したお金の量に比べ、株式市場での存在感は著しく低いのが現状です。「お金は出しているのに、相応の発言力を持っていない・持てない」のは、投資したお金が何に使われるかをコントロールできていないこと、もっと言えば、社会的責任を果たせていないことを意味します。
情報学が担うべき「相応の責任」とは
先ほども言ったように、投資における発言力は必ずしも株式保有数に比例しません。上手に投資すれば、保有数は少なくてもキャスティングボートを握ることができます。
この分析をうまく活かすことができれば、「お金を出しても口出しはできないのであれば、投資は引き上げるべき」「お金を少ししか出さなくてもキャスティングボートを握れる可能性があるのなら積極的に行くべき」といった判断の一助になります。
この「キャスティングボートを握るポイント」を明確化できれば、自国にとって重要な産業を敵対的な投資から守る「経済安全保障」にも活かせるようになります。産業育成には広く世界から資金を集めることは有効ですが、そうすることで産業をコントロールできなくなってしまったら、元も子もありません。
もともと情報学は、経済との関係は深かったものの、倫理や安全保障といった問題にはあまり立ち入ってきませんでした。情報学は、世の中を便利にする一角を担うと同時に、相応の責任もあると考えています。
まだ研究途上で、非線形な伝搬について計算時間がかかりすぎるなど、課題も山積しています。新しい技術を組み入れ、改良を進めていきます。
(取材・構成 川畑 英毅)