Mar. 2022No.94

教育を止めるな!教育機関DXシンポの2年

NII Today 第94号

Interview

授業デジタル化が生み出すデータ駆動型教育

国立情報学研究所(NII)が2020年3月から始めた「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」は、名前を変え、性格も変えながら2022年に入っても続いている。コロナ禍でも教育を止めないためにこのシンポジウムが果たした役割は大きい。その稀有な取り組みの「これまで」と「これから」を、NIIの喜連川優所長と文部科学省の伯井美徳初等中等教育局長に語り合ってもらった。

伯井 美徳 氏

HAKUI, Yoshinori

文部科学省初等中等教育局 局長
神戸大学法学部卒業後、文部省(当時)入省。初等中等教育局教科書課長、同局財務課長などを経て、文部科省審議官。大学入試改革などに取り組んだ。2019 年に高等教育局長。2021 年から現職。

喜連川 優

KITSUREGAWA, Masaru

国立情報学研究所 所長

高橋 真理子 氏

聞き手TAKAHASHI, Mariko

ジャーナリスト、
元朝日新聞科学コーディネーター
東京大学理学部物理学科卒。1979年に朝日新聞社に入り、東京本社科学部記者、『科学朝日』編集部員、論説委員(科学技術、医療担当)、科学部次長、科学エディター(部長)などを経て 2021年退社。著書に『重力波 発見!』(新潮選書)など。

授業デジタル化が生み出すデータ駆動型教育

──素朴な質問から始めます。このシンポジウムの名前は2021年1月開催から「大学等におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム『教育機関DX(デジタルトランスフォーメーション)シンポ』」に変わりました。この変更には、どのような思いがあったのでしょうか。

喜連川 まず、僕は名前に関してあまりセンスを持っていなくて、だらだら長い名前になるんです。なぜかといいますと、研究費申請などで許されるタイトルの文字数って、結構短いのです。「コンピュータ」とか「オペレーティングシステム」って書くだけで多くの文字数をとってしまう。それが不愉快で、自由につけられるものは長い名前をつける。そうでないと意図が伝わらないと思っているのです。変更は新年のタイミングでしたが、「4月からの」が、去年の4月か今年の4月かわからなくなるからです。もう一つは、DXという言葉が広く叫ばれ、文部科学省からも教育DX、研究DXをどう推進すべきかという課題をいただいたので、DXも広く議論するほうがいいだろうと考えました。

──「4月」とつけたのは、緊急性が伝わるいい名前だと思います。ただ、長すぎますね、確かに。伯井局長にはこの/シンポジウムの情報がすぐに入ったのでしょうか。

当初は発想しなかった小中学校オンライン授業

伯井 スタート時は高等教育局長で、まさに大学を担当していたわけですから、すぐに知りました。振り返ってみると、全国の小中学校は政府の号令で一斉休業していた時期で、初等中等教育をオンラインでという発想はあまりなかった時期。大学については、いかに学びを止めずに継続していくかとシンポが始まった。これは3月の下旬から、たぶん毎週金曜日にやっていたように記憶しています。非常に画期的、すばらしい取り組みだなということで、私も何度か出演というか出席させていただきました。

喜連川 毎週開催していたことを覚えていただいて感激です。開催する度に膨大な数の「ありがとう」と「お願い」が来るんです。これをやってください、あれをやってくださいと。人生でこれほど感謝されたことがなく、お願いされるとやらざるを得ないような気分になってしまい、7大学の基盤センター長などの先生方と四苦八苦して毎週開催していました。ただ、そうこうしていると、当方の職員が来て「このままでは過労死する」と言われまして、これはあかんと思って頻度を減らしました。今でこそオンライン会議のツールを使い慣れましたが、当時は誰もわからない。外注することもできませんから、NIIのスタッフが、ああでもない、こうでもないと、悲壮感を持ってやってくれました。

デジタル講義の提供でシンポが進化した

 大学サイドもそうでした。とくに私立大学にはICTの専門家スタッフみたいな方はおられなくて、本当に困っているところが多かった。2020年が終わったぐらいで、なんとかできるようになりましたね。要するに、線路をつなぐことはまあまあできるようになった。

 そうなると、次は、デジタルならではの講義を提供するにはどうしたらいいかを真剣に考えるフェーズに入ってきた。シンポジウムが進化したんです。特に看護学校から要望が多かったですね。コロナ禍だからこそ看護師養成が必要という中で、どこか先進的な取り組みを紹介してくださいみたいな要望がどんどん出てきた。

──確かに看護教育では実習しないわけにいかないですね。

喜連川 はい。看護実習は実はデジタルのほうがいいという興味深い報告がありました。なぜかと言いますと、通常の実習ではベッドの周りを学生がぐるりと取り巻いて見学するわけですが、実は見えるのは前の人だけで、後ろの人は見えづらいようです。それより、カメラを何台か使って、こっち側と反対側のアングルから見せるとわかりやすい。どこかの時点で対面での実習はするのですが、その前の教示としてはデジタルが良いと評判でした。

──伯井さんからはこの間の変化はどんなふうに見えていたんでしょうか。

伯井 まず、大学がICTをどれだけ活用していたか、令和元年の調査をご紹介します。ビデオオンデマンドでeラーニングなどを少しでもやっている大学が36.4%。リアルタイムの遠隔教育をやっているのが32.6%でした。これがコロナになって、おそらくほとんどの大学、そして看護学校など専門学校も、何らかの形で遠隔教育をするようになった。まず通信環境を整える必要がありました。これはお金もかかる。学生側にも追加的な費用がかかります。それをどうするのかという問題があり、大学側については、文科省でも補正予算などでご支援させていただきました。

その次は当然、喜連川所長がおっしゃられたように授業の質ですよね。文科省でもいろんな大学の好事例をきめ細かに集めて提供する作業をやりました。実習を伴うものの代替としてどうすればいいのかとか、体育の実技とか、芸術系の大学の演習、演技も含めたものにどう使うのか、などですね。

大学生活は授業だけじゃない

──遠隔授業を軌道に乗せた関係者のご奮闘には頭が下がります。ただ、学生さんのことを考えると、大学生活って授業だけじゃないですよね。クラブ活動やサークル活動などが特に大学生の場合は欠かせない。

喜連川 その議論はいっぱいあるんですね。当時の萩生田光一文科大臣は、非常に強く、対面授業をなるべくしましょうと訴えられた。

伯井 夏に向かうにつれてだんだん大きな声になってきたのは、部活、サークル、そして図書館が使えない、十分な研究活動が継続できないということへの不満です。国会でも何度も取り上げられるようになって、大臣もこれは看過できないと、対面授業、あるいは、せめて図書館だけでも開けてと、学びの継続を求めた。なおかつ教育活動は授業だけじゃないと、授業以外での各大学の取り組み状況を逐一調査して、つぶさに公表するというようなことも始めました。

オンライン授業について学生がどう受け止めたかは、令和3年3月の段階で全国の学生3,000名を無作為抽出して調査しました。有効回答は1,700ちょっとです。令和2年度後期にオンライン授業がほとんど、またはすべてだったと回答した学生は6割に上りました。満足度を聞いてみたところ、「満足」「ある程度満足」を足すと6割近くありまして、意外と多かった。

オンライン授業の良かった点として挙げられたのが、自分のペースで学習できること。それが66%。それから、自分の選んだ場所で授業を受けられたというのが79.3%でした。対面授業より理解しやすかったと答えたのは14.7%でした。

悪かった点としては、一番多かったのが、友人などと一緒に授業が受けられず寂しいという課題。53%ありました。レポート等の課題が多かったというのが49.7%です。それから、質問とか相互のやりとりの機会が少なかったというのも43%。対面授業より理解しにくいが42.7%ありました。

喜連川 学生たちは割とラクに適応できており、むしろ大変だったのは実は大学の教官です。この短い時間で一気に講義をオンラインにシフトするのは非常に大変。シンポの参加者は、教官が大多数なわけですが、文科省からも何回もシンポで施策や制度変更の説明をいただいた。役所と現場の教官が直接つながり、7大学とNIIなどの幹事団を含めみんなで助け合おうというようなムード感を、我々はシンポを開催していく過程で強く感じました。これは今までになかったことかと。

私たちは、小中学校も支援したいと思い、大学ができることはいくらでもやるからと、小中の先生にも一緒に議論しましょうとお誘いしましたが、なかなか広く繋がることができませんでした。シンポへの参加さえ自由にできない様子で、小中の話題は最近毎回取り上げていますが、小中からの参加者の割合は5、6%で、すごく少なく残念です。

オンライン授業に「満足」の大学生は6割に
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文部科学省「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査」(2021年3月調査)をもとに作成 https://www.mext.go.jp/content/20210525-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf

小中のオンライン授業どう進めるべきか

伯井 初等中等教育では、例のGIGAスクールが、本当は4、5年かけてやるところを一気に短縮して一人一台端末の整備が完了し、令和3年度から使い始めることになった。それで課題が山積している状態です。

小中の先生方がなかなか参加できないのは、ひとえに物理的な時間の問題がありますね。基本的に授業でほぼ詰まっていますので。まあ、せめて時間に余裕があれば職場で見てもいいよというふうに教育委員会で思ってもらう一つの手法としては、初等中等教育局がNIIの教育機関DXシンポを後援していることを明確にする。そうすれば、現場の先生方も校長先生とか教育委員会に対して抗弁しやすいでしょう。

喜連川 いや、すばらしいことをおっしゃっていただけました。私どもは、教育機関DXシンポの小中版をぜひお作りしたいと思います。そこに文科省の後援があれば、かなりインタラクティブにお話しできる。NIIは今、教育に付随する児童・生徒のデータが個人情報保護法上どうなっているのかきっちり整理しようとしています。教育のデータをアノニマイズ(匿名化)して、大学の教育学の先生に使ってもらう。そういう研究者も入れて、そして、小中学校の現場の先生も入れて、文科省も入れて、議論する場をプロデュースするお手伝いができると思ってきています。

ちょっとご紹介したい米国の論文があります。全部対面、ハイブリッド(対面と遠隔の併用)、全部遠隔という3つの方法を比べると、小学校は全部対面が一番よくて全部遠隔になると成績がガーンと落ちる。中学になると、それほど影響がない、という研究結果です(右下のグラフ)。で、一番申し上げたいのは、日本の中でこういう定量的な測定を聞いたことがないということです。それが日本の大きな問題だと思います。

エピソードベースで決められてきた教育政策

──それは、私もずっと思っていました。日本は教育の成果をはかるというところがものすごく弱い。だからデータをもとに議論するということができていない。

喜連川 2020年に教育再生実行会議で「教育のデータ駆動化をしよう」と進言しました。案外、教育関係者の中でも賛同してくださる方が多く、第12次提言の最初に「データ駆動型教育」という言葉が打ち出されました。きっちりとデータを使うという作法は、ムーブメントになりつつあると思います。

伯井 学校教育というのは皆さん全員が経験されていますので、ポリシーメイクする方々のエピソードベースで物事が決められてきたという面も否定できません。もっとエビデンスをもとに政策を決める方向に文科省もようやくかじを切り始めたところなんです。少人数学級の導入、あるいは小学校の教科担任制などを推進していますが、それが子どもたちの学力面、生活面に具体的にどういう影響を与えているのか、エビデンスをとりながらやっていこうという方針は持っています。ただ、そのデータをとるところの知見、実績、経験が乏しいのも現実ですので、そこは大学や研究機関とタイアップする方向に進んでいくと思います。

喜連川 ぜひ、よろしくお願いします。

伯井 今、一人一台端末をフル活用して、一人一人の学びの履歴、スタディログをとる。それを子どもの学習評価や学校の取り組みの進歩・進展に活用するとともに、政策面でも活用していく動きを進めつつあります。例年4月にやる全国学力・学習状況調査のCBT(コンピュータ・ベイスト・テスティング)化も進めています。データの利活用という点では、まあいろんな課題は解消しないといけないですが、これも大きな取っかかりになるでしょう。教育データの標準化として、例えば学習指導要領の単元ごとにコードを振って、いろんな教材をデータベース化しやすくすることも進めています。

──教育DXを進めるに当たっては、やっぱり原則というか、目的を間違えないようにしてほしいと私は思います。先生に対しては負担を減らす方向に、子どもに対しては「みんな一緒でなければいけない」という日本人特有の感覚を減らす方向に向かってほしい。それができるのが教育DXではないかと私は期待しているんですが。

伯井 おっしゃるとおりです。ICTの進展で我々の仕事が減っているかというと、必ずしもそうではない。教師の働き方改革は、今、我々の非常に大きな課題の一つですので、ICT利活用も働き方改革に資するように進めていきます。あるいは、不登校をはじめ支援が必要な子どもたちの可能性を伸ばすような方向で、ちょっと今までの発想になかったような利活用というのも進めていかなきゃならないと思っています。

教育方法による1日の達成伸び率
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Sass, Tim. "COVID-19 and Student Learning Impacts." Georgia Policy Labs. Last modified May 13, 2021. https://gpl.gsu.edu/download/student-achievement-growth-during-the-covid-19- pandemic-webinar-slide-deck/?wpdmdl=2108&refresh=61f7fc7b342b21643641979.

大学と小中が結びつくことでエビデンスベーストが進む

喜連川 教育機関DXシンポで、不登校の児童・生徒にとって遠隔授業が救いになっているという話を聞き、驚きました。

さて、個人情報に関してもう一つ申し上げたいのは、いわゆる「2000個問題」、個人情報に関する法令は自治体ごとに膨大なバリアントがあるのでデータが集約できないという話です。米国は州が大幅な自治権を持つ連邦制で、日本と同じ課題があるはずですが、国家がきっちり情報を集め、EDFacts(全米の初等・中等教育課程の公立学校のデータを収集するシステム)で全部俯瞰できる。このデータを使った論文もいっぱい出ています。しかし、日本にはEDFactsのようなデータ収集システムがありません。「2000個問題」を理由にしてデータがバラバラで集められないというのはおかしく、「データ駆動」を目指すにあたって、この問題をぜひ議論すべきではないかと感じます。コロナ禍で教育の格差が全国でどうなっているのか、その把握こそが最重要です。

僕があちこちで講演するのは、デジタルは絶対に目標にしてはいけないということです。やりたいことをまず決め、それからデジタルが使えるかを考えるべきです。これからの生徒の教育はどうあるべきか、そして、それをデジタルでどう支援しようとするのか、をゼロからまずきっちり見据えることが必須だというのが、長年来のIT研究者からのメッセージです。

伯井 そのとおりで、ICTは文房具。令和の文房具として、どう使いこなしていくかだと思います。エビデンスベーストで物事を進めていくには、現場と大学の研究が有機的に連携し、統計数理に基づいたしっかりとしたデータをとることが求められます。大学の研究の世界と、初等中等教育の教育実践の世界をいかに結びつけていくか、その重要性を今日のこの対話であらためて確認した次第です。

【教育機関DXシンポ】始まって2年の進化形はメタバース空間で講演

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NIIの「教育機関DXシンポ」は進化を続けている。2022年1月14日に開催された第45回目のシンポは、東京大学の藤井輝夫総長による講演を「メタバース空間」で実施した。深海を表現した講演会場に、藤井総長とNIIの喜連川優所長がフォトリアルな3Dアバターで登場。視聴者は1,700人を超えた。

東大総長メタバース講演の舞台裏〜
聞き手からのひとこと

教育にもっとエビデンスを。お二人はこの点において完全に一致していた。教育機関DXシンポは、これから初等中等教育へ広げようという方向性も明確に示された。

DXシンポのいい点は、立場の違う方が対等に語り合うことだと思う。スタート当初に参加して、私はそれを肌で感じた。実は日本はそういうのが下手で、上下関係のようなものがつい顔を出す。そんな古い文化を吹き飛ばすことを、シン・DXシンポに期待したい。(文・高橋 真理子)

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