Mar. 2022No.94

教育を止めるな!教育機関DXシンポの2年

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教育情報基盤の現場から考える今後の針路

一気に進んだ教育変革

大学は、教員と学生をつなぐ教育システムの基盤づくりに奔走した。現場で何が起きていたのか。今後進むべき針路とは。コロナ禍において情報基盤整備を成し遂げた教授陣が話し合った。

深澤 良彰 氏

FUKAZAWA, Yoshiaki

早稲田大学理工学術院 教授、
大学ICT推進協議会(AXIES) 会長
早稲田大学大学院理工学研究科で博士課程修了。同大学理事、図書館長などを歴任。

喜多 一 氏

KITA, Hajime

京都大学国際高等教育院 教授、
学術情報メディアセンター 教授
京都大学大学院工学研究科博士課程研究指導認定退学。工学博士。

竹村 治雄 氏

TAKEMURA, Haruo

大阪大学サイバーメディアセンター 教授
大学院情報科学研究科 教授
大阪大学大学院基礎工学研究科で博士後期課程修了。サイバーメディアセンター長、教育学習支援センター長などを歴任。

菅沼 拓夫 氏

SUGANUMA, Takuo

東北大学 サイバーサイエンスセンター長
同センター研究開発部 教授
国立情報学研究所 客員教授
千葉工業大学大学院工学研究科で博士課程修了。東北大学電気通信研究所助教、准教授を経て現職。

──コロナ禍によって、大学の教育情報基盤と教育支援体制にどんな事態を引き起こしましたか。

喜多:私は2020年度末まで京都大学の全学的ICTを統括する情報環境機構の機構長の立場にあり、19年度末からのコロナ禍拡大にあたっては、FD1などを所掌している高等教育研究開発推進センターと連携し、授業のオンライン化への対応を進めました。

すでにSakai(eラーニング研修支援システム)というプラットフォーム上で、学習管理システム(LMS)は稼働していて、履修登録などとの連携を済ませており、ビデオ配信プラットフォーム「Kultura」も整備済みで、運用経験もありました。加えてweb会議用に急きょ、Zoomを全学規模で契約し、LTI(Learning Tools Interoperability)での連携を図りました。ほとんどの学生がすでにパソコンを持っていましたが、通信環境の面で厳しい場合が多かったので、教育推進学生支援部がモバイルルーターを手配するといったこともしました。またコロナ禍1年目(2020年)の春の連休明けにはLMSが過負荷でダウンするトラブルも発生し、追加でシステムを拡充することもありました。

菅沼:東北大学サイバーサイエンスセンターは、大学のネットワーク基盤と、そのうえで稼働するサービスの企画や運用支援なども一部担当するインフラ寄りの部署です。東北大学には教育情報関係のセンターが別にありますが、コロナ禍への対応は一緒になって進めました。早い段階でオンライン授業対応担当の全学のワーキンググループを立ち上げ、情報関係を担当する副学長を中心に関係者が集められて、トップダウンで迅速な意思決定と諸施策が実施できる体制を作りました。これは、日々発生する諸問題への対応という点で、よく機能していたと思います。

本学の場合、情報化は他大学に比べて少し遅れていたと思いますが、コロナ禍が始まる少し前にクラウド化の重要性を学内で再認識してもらい、急ぎ進めていたところだったので、タイミング的にはギリギリ間に合ったという感じでしょうか。もう少しでも遅れていたら、大変なことになっていたと思います。

竹村:大阪大学では、今まで学内のサーバーで運用していた商用LMSを、2018年度末にデータセンターでの運用に移し、2019年度末のコロナ禍が始まるあたりで、SaaS(Software as a Service)での運用に移行しました。ビデオ配信に関しては、大阪大学はかねてよりEcho360を使っており、これもSaaSに移行済みでした。授業用のオンライン会議システムに関しては、Blackboard Collaborate Ultra を全学に導入し、一部ではZoomやMicrosoft Teamsも使っています。この3つのシステムは、それぞれLMSとLTIで連携し、シームレスで使えるようにしています。

システムの負荷や能力面については、さほど大きな不安はなかったのですが、教員に対する各種システムのサポートでは、当初のメールによる対応がパンク状態になってしまい、急きょ CRM(顧客関係管理)のクラウドサービスを導入しました。

深澤:早稲田大学でも、システム的な問題や教育研究上の問題は、多少の差はあれ、3人の先生のお話とほぼ同様だったと思います。ただ、このことは強調したいのですが、たぶんこのコロナ禍の中で、大学関係者で最も大変だったのは、大学のIT部門を司る人だったろう、ということは言えると思います。2020年の春、コロナ禍が襲来した際、通常の職員は在宅勤務に移行できましたが、IT部門の職員は在宅どころではありませんでした。大げさに言えば、泣きながら大学に詰めて、業者の人たちと交渉をし、コロナ禍に対応するための、ソフト・ハードを含めたシステムの新規導入や改修をしていかなければなりませんでした。そのIT部門の職員のがんばりがあってこそ、コロナ禍でも日本の大学が教育研究をストップさせずに済んだ、最大の要因ではないでしょうか。

実務を通して浮かび上がった課題

──特に苦労したこと、課題として浮上してきたことは何ですか。

喜多:あまりに大変すぎて、何が大変だったかもよく思い出せないほどですが......(笑)。たぶん、一番ご迷惑をかけたのは非常勤講師の先生方だったろうと思います。最大の問題は、学内のシステムがそもそも非常勤講師の方々を想定していないこと。学務系のシステムとLMSとでID情報を非常勤講師の方々については連携できなかったことや、複数の学校を掛け持ちしている非常勤講師の方は、学校ごとに異なるシステムポリシーのもとで授業を行う必要があるなど、苦労が多かったと思います。

もうひとつ気になったのは、先生方の間で「学生がどのように勉強しているか」についての関心が薄いのでは、という点です。先生方はある程度整った環境でオンライン授業を実施されるわけですが、受講する学生の多くはノートPC1つ、あるいはスマートフォンでという心もとない状況下で勉強しています。そのことに対する理解は、いまひとつ進んでいない気がします。

菅沼:インフラ的には、オンプレミス2で過負荷のために一時システムがダウンしてしまい、全国ニュースで大々的に報じられたことがありました。

また、他の大学もそうかもしれませんが、教育関係のシステムが複雑に絡み合い、それぞれの部分を担当する部署が異なることがあります。例えば、学生自身が本当に必要とする情報がどこにあるのか。システムが重くなっているボトルネックはどこなのか。そして、結局はどこを改善すればよいのか。そうした全体像を見渡し、把握することができていなかったというのが大きな問題でしたね。

竹村:先に述べたように、大阪大学ではシステム的な負荷は特に大きくなかった半面、人間的な負荷は大きかったと思います。クラウド化が進んで学内のヒューマンリソースは少なくなっているのに、その人員の中でヘルプデスク対応やサポートをする必要が出てきました。例えば先生方の多くは土日に授業の準備をしますが、週末は職員が休日なので、問い合わせのメールはすべて、教員が対応しないといけません。最近は「週末は対応しません」と強く言っているので減りましたが、最初の数カ月は先生方も切実ですから、私もメールの返事に追われて大変でした。リソースは、コストの問題でもあります。大阪大学ではLMSの利用率が「コロナ前」と比べると5~10倍程度に増えています。商用のLMSを使っているとLMS上のファイル容量が増えるに従って使用料も跳ね上がるので、そのコスト増をどう負担するかが問題になります。施設管理の部門などでは、メンテナンスに恒常的にコストがかかることが常識として定着しています。でも、情報基盤に関しては、まだそこまでの確固とした共通認識は獲得しきれていない気がします。

深澤:最も大きな課題は学生のケアだと思っています。早稲田大学は学生数が多いので、自宅学生はまだいいとしても、地方から上京してきている学生の中には、アパートを引き払って帰郷してしまった学生もいれば、1人でポツンとアパートの中で過ごしている学生もいます。そうした学生のメンタルを含めたケアは、やはり大きな問題です。私の研究室には海外からの留学生が3人いますが、実はコロナ禍の影響で、私は3人とリアルに対面したことがありません。もちろん研究の指導はオンラインでやっていますが、もしかしたら一度もリアルの場で顔を見ないまま卒業証書を出すことになるかもしれません。本当にそれでいいのか、という思いはあります。

変わりゆく「大学の必須条件」

──今後の取り組みについてお聞かせください。

喜多:これまで数十年かけて進めてきた変革が、コロナ禍という「外患」のもとではあれ、一気に進んだことは大きいと思います。特に、学生と教員をキャンパスに縛り付けることが大学の必須の条件ではないことは明らかになりました。次に向けて大学は何をしていかなければならないのか。考え方を大幅に切り替えていかなければならないと思います。

菅沼:関係者がみな、それぞれの役割で大変忙しそうだったため、基盤センター長の私が自ら学生へのWi-Fi機器の貸し出しなどの実務を担当しました。研究室や講義で接することのない学生からは「何だかよく知らないWi-Fiのおじさん」と見られていたようでした。半面、学生の素直な意見を直接聞く機会を得たことで、学生の現実を知ることができました。例えば親や兄弟、家族全員が在宅学習・勤務で一斉にオンライン環境を使うと通信環境が悪くなるとか、家にネットワークを引いていなくてスマートフォンで契約している通信量だけで対応しているとか。基盤センターのネットワーク担当として、今後オンライン授業を進めていくうえで、最も学生に近いところのネットワーク環境まで考える必要があることを痛感しました。

竹村:喜多先生がおっしゃるとおり、急激に変化が起きたわけですが、私は、実はここからが本当のスタートだと思っています。語学や一般教養の数学の授業などは、多くの先生方が、ほとんど同じコンテンツを教えているという状況にあります。しかし、オンライン授業のコンテンツ活用を考えれば、その中で一番講義が上手な教員のビデオを作成して、学生に見てもらえばいい。その他の先生方には、ビデオを見た学生の理解度を確認したり、ついて来られない学生のサポートに回ってもらったりすることが可能になります。つまり、よりきめ細かな教育がこれ以上のコストをかけずに実現できる可能性があるわけです。

あるいは、オンデマンドとオンラインを活用して、学生がスケジュールや体調に応じて学ぶタイミングや授業形態を選べる「ハイフレックス授業」で履修できるようになると、同じコマに割り当てられた授業を履修してもいい、ということになる可能性があります。もちろん大学内で明確なルール化が必要ですが、それができれば、大学内でより柔軟な受講体系が構築できます。

深澤:「禍転じて福となす」という一言に尽きます。コロナ禍によって、大学の中でいろいろな部分が変わりました。やむなく変わったものもあれば、いい方に変わったものもある。大切なのは、その「いい方に変わったもの」を、感染症が収まったときに、きちんと継承し、さらにそれを発展させていくことだと思います。

(取材・構成 川端 英毅)

[1]FD
教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取り組みの総称。具体的な例として、教員相互の授業参観の実施、授業方法についての研究会の開催、新任教員のための研修会の開催などが挙げられる。(中央教育審議会「我が国の高等教育の将来像」答申=2005年1月を要約)

[2]オンプレミス
サーバーやソフトウェアなどの情報システムを使用者(大学や企業)が管理する設備内に設置して運用すること。クラウドサービスに比べ、サーバー調達などの初期費用や維持費が高い半面、必要なカスタマイズを自由に行うことができるというメリットがある。

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