Mar. 2022No.94

教育を止めるな!教育機関DXシンポの2年

NII Today 第94号

Article

模索が続く仮想空間のカタチ

〜オンライン学術会議の現場から

池畑 諭

IKEHATA, Satoshi

国立情報学研究所
コンテンツ科学研究系 助教

コロナ禍において、多くの学術会議はオンラインで開催されるようになった。本稿では、学術会議がオンラインで開催されることについて私見を述べたい。

最初に、学術会議がオンラインで行われることの利点を挙げてみよう。第一に、物理的な移動がなくなる。第二に、オンラインの学術会議は参加費がオフライン時と比較して安価になることが多い。第三に、時間に対する制約が少ない。普通の学術会議では、同時刻に複数のセッションが並列に走っている場合が多いが、オンラインであればセッション間の移動は容易であるし、発表自体がレコーディングされていて任意のタイミングで視聴できる場合もある。従来と比較にならないほどの気軽さで世界中の学術会議に参加できるようになったのは、間違いなく利点だろう。

有用なアプローチ
心理的障壁を低くする新しいイベントツール

一方で、弊害はどうだろうか。学術会議は一般的に口頭発表とポスター発表が存在するが、特に後者に関する影響は甚大である。筆者はこのコロナ禍下で開かれたいくつかの学術会議に参加したが、最初期の一般的な形式では、論文ごとに個別のバーチャルな「部屋」が割り当てられ、その部屋の中で議論するものが多かった。これは、例えばTV会議のように直接会話をする場合もあれば、テキストでのみコミュニケーションが可能である場合もあった。しかし、いずれにせよ筆者の経験上この形式で成功した試しはない。中身が見えない発表ブースに入るのは心理的ハードルが高いし、ほとんどの参加者は関心の薄い発表を全く聴講しなくなってしまい、全体として盛り上がりに欠けるのだ。

そういった経験が蓄積されていくに従って、学術会議側もポスターセッションを工夫するようになっていった。それらの工夫には失敗例もある。筆者が実際に体験した中で「惜しい」と感じたのは、各部屋にどのくらいの人がいるのかを部屋に入る前からわかる仕組みであった。誰かがすでに部屋にいることがわかれば、その部屋に入る心理的障壁が低くなることを期待したと思われるが、結局は関心の薄い発表をしている部屋には入らないという問題点は解決できなかった。

一方、有用なアプローチだと感じたのは、オンラインイベントツールを利用するものである。複数のポスターを同一の仮想空間に配置し、疑似的にポスターセッションを再現する試みだ。この手法の最大の利点は、もともと訪れる予定のなかったポスターでも、「ほかの人が集まっているから立ち寄ってみるか」という、実際のポスターセッションで起こるアクションが発生しやすい点だろう。
SpatialChatやGatherのようなオンラインイベントサービスは機能的にも洗練されてきたように感じる。
しかし、こうした工夫をもってしてもやはり物足りなさを感じてしまうのは如何ともしがたい。結局のところ、我々は学術会議において、既知の人々との旧交を温めることや、様々な場所への旅行という行為そのものにも、大きな価値を見出していたのだと実感させられる。

問題提起
一部機能の再現だけでは現実の代替にはならない

こういった学術会議における経験は、仮想空間の在り方を考えさせるものでもあった。

筆者は現在東京大学の相澤清晴研究室と共同で、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業におけるプロジェクト「360度映像技術による回遊・滞在するデジタルツイン空間の創出」に関わっている。このプロジェクトは、現実空間を仮想的に再現するという、オンライン学術会議と同様の目的意識を共有している。

しかし、同じ理屈が成り立つのならば、どうやら一部の機能を再現するだけでは現実の代替にはなり得ないらしい。一見不要な「おまけ」の部分にこそ現実感は宿るのかもしれない。筆者はそこに、仮想空間の在り方に関する重要な問題提起がなされていると感じるものである。(文・池畑 諭)

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