Apr. 2026No.107

研究者になるという選択

NII Today 第107号

Article

常に能力を向上させるAIに魅せられて

人工知能(AI)が人間のデータに極力依存せず、自分で学習し、自ら性能を高めていく。そんなアルゴリズムの研究に取り組んでいる、コンテンツ科学研究系の黄助教。その研究テーマにたどり着いた道筋、そして研究者としての思いを聞いた。

黄 浪

HUANG, Lang

国立情報学研究所
コンテンツ科学研究系助教

(敬称略)

現在の研究概要

 私の研究は「自己改善型機械学習」を軸としています。人間の介入や計算量を最小限に抑えつつ、AIが自ら学習して進化していくアルゴリズムの開発です。この課題には3つの方向からアプローチしています。

 1つめは、効率的な機械学習アーキテクチャ、つまりデータから学習し、一貫して効率的に計算・動作するモデルの構築を目指します。2つめは、人間のアノテーションに依存せずにモデルを開発し、より少ないデータ、あるいは人間のデータに全く依存せず、生のデータそのものから学習させることを目指します。3つめは、機械学習モデルのパラメータに対して直接学習を指示する──既存のモデルを組み合わせたり重みを生成したりすることで、モデルの重みを直接調整する──方法を模索しています。これによって、学習プロセスを再度経ることなく、新たなタスクや領域に即座に適応できるようになります。

研究の応用分野

 この研究では多くの分野への応用が考えられます。例えば自動運転車では、歩行者や道路標識など、どの領域が物体であるか、背景かを識別しなければなりません。しかし、目の前の状況は絶えず変化し、正確なデータ取得は難しいのが現状です。そのため、少量のデータやノイズの多いデータであっても、性能を損なうことなく活用できるモデル、人間の介入を最小限に抑えた学習アルゴリズムが必要になるのです。リアルタイムで情報を処理しなければならないため、エッジデバイス上で高速に動作するリアルタイムモデルも考案する必要があり、これらに私の研究が応用可能だと考えています。

 最近では、テキストプロンプト(生成AIへの自然言語での指示)やクラスプロンプト(物体のカテゴリなどの指示)から画像や動画を生成するモデルを構築する際、画像や動画データの構造を活用する(画像には空間的構造があり、動画には時間的構造があり、こうした自然なパターンを活用するモデルを設計し、学習と生成の効率化を図る)という点に着目した、生成モデルの研究にも取り組んでいます。

この分野に興味を持った出来事

 学部生の頃、私はコンピュータサイエンスを専攻し、ソフトウェア工学を重点的に学んでいました。2016年、当時世界トップクラスの囲碁棋士だったイ・セドル氏と人工知能囲碁プログラム「AlphaGo」との対局があり、寮の部屋でルームメートと一緒にその決戦を見ていました。人工知能が人間にできなかったこと──世界強豪の囲碁棋士を打ち負かす──それを成し遂げたことが、とても衝撃的でした。この革新の根底にあるのは「自己対戦」と呼ばれるAI強化学習方法で、モデルが自らと対戦し、自分で学習するというものです。「AlphaGo」はその能力を絶えず向上させ、最終的にその分野の最高レベルの人間を超えました。それを目の当たりにした時、私はこの種の研究に取り組もうと決意したのです。

研究者として直面する問題

 研究者にとって、カンファレンスでの発表や出版は極めて重要で、私たちは常に、研究論文がアクセプトされるかどうかに神経を尖らせています。そのような中、生成AIツールが、査読者の代わりにレビューを書くという事態が発生し、査読システムの信頼性が損なわれつつあります。人間ではなく、AIが書いたかもしれないレビューに研究者は翻弄(ほんろう)されています。しかし、自分の研究に対して、まずは客観的に批判すると同時に信じるべきだというのが私のスタンスです。フィードバックが理にかなっているなら、謙虚に研究を洗練させ、ノイズならば、自分の努力とセンスを信じるべきです。学術界では誰にとってもリジェクトは日常茶飯事。私自身、最初の2本の論文が出版されるまでに、それぞれ3回リジェクトされました。目指すべきはアクセプトではなく、インパクトだと信じています。

 第2の課題は、研究とプライベートの時間をいかに切り分けるかです。特にコンピュータサイエンスでは、コンピュータにアクセスできる限り、いつまでも働き続けられます。実験室の機器を待つ必要もなく、好きな時にコードを書き、論文も読めるので、ついつい働き続けてしまうのです。そこで、心と体をリフレッシュするために水泳を始めました。運動は本当に大切です。また、スマホや研究から隔離されるよう、長めに熱いシャワーを浴びます。空き時間には、美味しいコーヒーや素敵なカフェを求めて外出したり、写真撮影を楽しんだり、冬にはスキーを満喫したりします。シーズン中、月に一度はスキーに行き、気分を切り替えています。

日本を選択した理由

 私は以前から日本の文化や社会に対して良い印象を持っていました。博士号取得を決めた当時、異なる文化を体験して人生を豊かにすべきだと考え、そこで、当時最も興味を持っていた国である日本へ留学することを決めたのです。

 私は、中国出身なので、文化的な衝撃はほとんどありませんでしたが、ゴミ分別の細かさには驚きました。可燃物、不燃物、そして様々なリサイクル品に分類する点です。日本人は社会のあらゆる面で、とても良く組織化されています。私はNIIでの業務を通してそれを痛感しました。例えば、実行スケジュールは厳格で、資金の使い方や学生の採用方法なども綿密に計画する必要があります。また、日本の研究者の方々が非常に厳格であることも実感しています。

NIIについて

 私の印象は非常に肯定的です。日本では助教が自身の研究室を持つことは珍しいのですが、NIIでは助教も独立して研究活動を行い、グループを形成し、学生やインターンを採用することができるのです。

 もう1つの良い点は、NIIの環境が非常に国際的であることです。世界中の100以上の機関と連携する国際インターンシッププログラムがあり、各国から優秀なインターン生がNIIに受け入れられています。この国際的な環境は研究にも、外国人である私自身にとっても有益です。

 ただ、もし一つ提案するなら、NIIのラボ間の交流がもっと活発になれば良いと思います。異分野の研究者同士の議論の場をもっと頻繁に設けて、互いの考えを共有できれば、間違いなく研究の助けとなるでしょう。

研究者を志す後輩へ

 優れた研究者になるには、まず根本的な問題を見つけ出し、それに取り組む力が必要です。そして自分自身と向き合うこと──その課題は、自分が3年、5年、あるいはそれ以上にわたり追究するに値するものか?さらに続ける忍耐強さも求められます。そうして、自分自身と自分の研究を信じていれば、成果は時が証明してくれるでしょう。

文・翻訳:ロバート・キャメロン
写真:杉崎恭一
撮影協力:依田豊

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