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研究者なら、「自分の城」を築きたい
入力される情報から、どう答えを導き出すか。その基本となる考え方が、アルゴリズムである。その考え方に従って、具体的な処理をコンピュータに行わせるべく記述していけば、プログラムとなる。そんなアルゴリズムの研究に携わる、情報学プリンシプル研究系、吉田悠一教授が研究と研究者への道筋を語った。

吉田 悠一YOSHIDA, Yuichi
国立情報学研究所
情報学プリンシプル研究系教授
(敬称略)
アルゴリズムの"安定性"を求めて
一般的にアルゴリズムの研究というと、「コンピュータをいかに早く動作させるようにするか」というところに力が置かれていました。入力の大きさに対して、どれだけのスピードで動くか──どんな入力が来ても、その入力の大きさなら、これだけの時間で終わります、というのを数学で保証するのが、おおよそ伝統的なアルゴリズムの理論の研究だったのです。一方では、それを本当にコンピュータで実装し、プログラムを書いて動かしたら、どれくらいの計算時間、何秒で終わるのかを実証するという研究もあります。私自身、それらにも興味があり、実際に研究もしてきました。ただ、最近は主に理論の部分で、特に「アルゴリズムの安定性」というところに注目した研究をしています。
従来のアルゴリズム研究は、先に述べたように「どれだけ速く」が重視されていて、一方で、「入力は正しいもの」という前提で考えを進めていました。しかし、これだけ社会で広く、大規模にアルゴリズムが用いられていると、そもそも入力が信用できない可能性もあるのではないか、と思ったのです。
その場合、アルゴリズムの出力が入力の変化に対して敏感だと、その結果も信用できないことになります。では、そのような場合にも安定して作動するアルゴリズムを作ろう。そんな研究を、5年くらい前から始めています。
こういった例がふさわしいかどうかわかりませんが、例えば自動運転車において、ついさっきまでシステムは「ここに人がいる」と判断していたのに、急にそれがいなくなってしまう。あるいは、対象が車に変わってしまう。ほんの1秒経っただけで、そんなふうに指示が変わってしまったら、まったく信用ならないですよね。そうした変化が、できる限りの正確さを求めた結果なのだとしても、出力が安定していなければ、なかなか安心して使うことができない。
だからこそ、「安定」っていろんなところで大事なんじゃないかなと思ったのです。それが研究の出発点です。そもそも私は数学が好きなので、そんな課題を数学的に扱えないかと思って始めたのですが、やってみたら意外と奥が深くて面白く、ここ最近はもっぱらそれに携わっていて、紙と鉛筆を手に数式を弄んでいるという感じです。人によっては随分アナログだな、と思われるかもしれませんが、数式ってキーボードではなかなか入力しづらいのです。ですから文字通り「紙と鉛筆」か、あるいは「タブレットとタッチペン」が相棒です。論文を書くときは仕方がないのでキーボードを使いますが、普段は手書きの方が絶対早いです。
研究には最高の環境を享受
実際には、学生時代から理論をやろうと思っていたわけではないのです。学部生の頃は、Linux用の日本語入力ソフトを作ったりしていました。ただ、学部の最後、4回生で研究室を選ぶ際に、「ここで数学をやらなかったら、もう一生やらないかもしれない。社会に出たらやらせてもらえる機会はないかもしれない。大学にいるうちに数学をやろう」と、いちばん理論寄りの研究室を選びました。そうしたらそれが楽しくて、結局ずるずるとその道へ、という感じです。
ただ、そんなバックグラウンドなので応用にも興味があり、実際に応用でどのように使われているかを見て、そこで出てくる問題を数学的に定式化できないかな、などということはよく考え、研究のネタの作り方として、そういったアプローチをしています。
私にとっての研究の面白さ、モチベーションの源についてですが、もちろん例えば「安定性は大事だ」といった思いもあります。その一方で、現在、あまりに分野が高度化、複雑化して、多くの研究者がその末端のほうに入り込んでしまっているのでは、という気持ちもあります。であれば、評価指標をもう一つ増やしてしまえば、また新たな「基本」の研究ができて、先行者利益を享受することができるのでは、と思うのです。
やはり研究者としては、自分の分野というか、"自分の城"みたいなものを作りたいという思いがありました。その点、このアルゴリズムの安定性というテーマは、ずいぶん単純な発想ではあったんですが、全然やっている人がいませんでしたから、「いいのに当たったな」と思っています。自分でも積極的に宣伝しているからでもありますが、私のいる分野、理論計算機科学に関しても、割といろんな人が知ってくれているようになってきて、自分の城がうまく作れたかなと感じています。
そんな点から言っても、NIIというのは最高の環境だと思っています。研究時間はたくさん確保してもらえていますし、やはり学部がないので入試業務が少なく、授業も少ない。しかしそれに関してはデメリットとも一体で、学生が入ってくる数が少ない。それはつまり、一緒に研究する仲間が確保できないということになります。なにか研究のアイデアがあったとしても、それを実際に実行するにはマンパワーが必要ですし、そこでドクターの学生は戦力になる。またそういった中から、新しい研究者も育っていきます。
自分の作っている研究の城を広げていく上でも、やはり一人では手が回らない。一緒に研究できる学生がいるといいなと感じていて、頑張って探そうとはしていますが、それがなかなか難しい。
そうした悩みもあるにはあるのですが、やはり研究の環境としてはとても良くて、非常にうれしく思っています。最近はちょっと運営がらみの仕事も増えてきて、多少大変になりましたが、これは役回りの順番なので仕方がないですね(笑)。
今後に関して言うと、「アルゴリズムが社会で使われている時に、一体どういう要素が大事なのか。そして、それをどうやったら数学で扱えるか」みたいなところに興味があります。今は「安定性」が面白いのでそれをメインに研究していますが、時代が変化すれば、当然、アルゴリズムに対する要求もまた変わってくるでしょう。今はAIの発達も著しいので、多分それに応じて変わる部分も大きいのではと思います。そんな変化に関しても、常に模索していきたいと思っています。
取材・文:川畑英毅
写真:杉崎恭一
撮影協力:依田豊/水口美穂
