Apr. 2026No.107

研究者になるという選択

NII Today 第107号

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ワクワクする気持ちを追い続けて

研究者になることが子供のころからの夢だったという計 宇生教授は、若い研究者や学生たちに向けて、「専門性だけでなく、広い視野を持つこと」を期待する。それは自らが実践してきたことであると同時に、師である猪瀬博NII初代所長の教えでもあった。

計 宇生

JI, Yusheng

国立情報学研究所
アーキテクチャ科学研究系教授

(敬称略)

 計 宇生の研究テーマは「情報通信」だ。なかでも通信サービスの品質(QoS, Quality of Service)を確保するためのネットワーク資源管理に関する研究に長年取り組んできた。「ネットワーク資源は限られています。利用者にとって、よりよいサービスを実現するためには、ネットワーク資源を制御し、割り当てを行い、高い性能と品質で効率的に活用することが求められます。ネットワークに対するニーズの拡大と多様化の中、サービス品質を落とさないための研究に取り組んでいます」

 だが、ネットワークを取り巻く環境変化は激しい。回線速度の超高速化、通信手段の高度化、有線に加えて無線も3Gから4G、5Gへと技術が進化している。一方で、インターネットの普及にはじまり、クラウドサービスの広がり、動画利用の拡大など、時代を追うごとに求められる要件も大きく変化している。今後は、AI や自動運転などのさまざまな新しい利用場面においても、ネットワークには高い性能と品質が求められる。「ネットワーク技術の進歩によって、どんな課題が生まれるのかを知るには、新たな技術と、それを取り巻く環境をしっかりと理解しなくてはいけません。ただ、こうした変化の速さや複雑さは、私にとってやりがいの一つであり、研究者冥利(みょうり)に尽きる部分だと感じています」と計は語る。

研究者へのステップ

 計が研究者を目指したきっかけは、小学生の頃に読んだ子供向け科学本との出会いだった。そこには、当時の子供たちが40代になった時に起きる皆既日食のことが書かれており、その記述に強い衝撃を受けた。「本を読むと、わくわくすることばかりでした。同時に、『ナゼ?』と思うことも増えていきました」子どものころから目指した仕事は、研究者以外にはなかった。

 実は、計の「宇生」という名前は、宇宙に関する研究をしてほしいという両親の願いを込めたものだった。「実際の専門分野は違ってしまった」と彼女は笑う。

 中国出身の計は、中国科学技術大学に入学後、日本に留学する機会を得て、東京大学工学部電気・電子工学科で学ぶことになり、コンピュータと通信が専門の研究室に入った。「本当は、物理などの研究をしたかった」といいながらも、「研究を始めたときにはインターネットが、まだあたり前ではない時代で、通信とコンピュータ分野の研究を選びました」と振り返る。ネットワークはその存在を感じさせないからこそ、よい役割を担っていると表現する。「たとえば、スマホでの通話は、どんなに離れていても、距離を感じさせず、まるで隣で話しているかのような状況を作ります。利用者がネットワークの存在を意識しないときこそ、良いサービス品質が得られているといえるのです」

 研究が佳境に差し掛かると、没頭するタイプだという。周りからは、「誰も邪魔できない雰囲気になる」との声もあがる。「思考に集中しているときに声をかけられると、再び入り込むまでに時間がかかってしまう。ひと区切りがつくまでは、邪魔されたくないという気持ちが強いんです」

研究の壁を乗り越えるヒント

 寝食を忘れるほどにのめり込むこともあるが、「好きなことをやっているので、苦にはならない」という。研究を進める上では、当然のことながら、壁にぶつかることもある。「うまくいかないときには、どこに間違いがあるのかを自問自答してみたり、最先端の研究成果に触れてみたりといったように、違うアプローチを試みます。それでもダメな場合には、一度、頭を切り替えて、学生たちと議論をしてみたり、早く寝てみたり、ゲームをしてみたり...。ちょっとした道筋を見つけることで、問題解決に結びつくこともありますからね」

 学生やポストドクターたちが持つ若い感受性によって、斬新な手法を素早く取り入れて課題解決の方法を見出すこともあるという。「アイデアが出たら、それをすぐ実験してみる、という若い研究者たちといっしょに研究することでよい刺激を受けます」と語りながら、「研究において、ダイバーシティは極めて重要です。異なる発想を持つ人たちが集まることで、解決に向けたヒントを得たり、研究が前に進んだりすることが多いですね」

 計が獲得した研究助成金(グラント)の多くは、研究者の自由な発想によるボトムアップ型のものだという。「グラントを獲得するには、アイデアが重要になります。最新の技術動向にアンテナを張り、これからどんなことが必要とされているのかを捉え、それを提案書にまとめます。専門的な観点から、新規性や重要性を訴求することはもちろん、専門の違う審査員の先生からの視点も重要であるため、わかりやすく書くことも求められます」

 研究テーマによっては、企業が参画することで、実用化や社会実装を前提にしたものもあるが、必ずしも「出口」を示す必要はないという。基礎研究の領域であったり、次の専門領域の人たちにバトンを渡すことを前提にしたりといった研究テーマもあるからだ。いずれにしろ、グラント獲得には、専門性と広い社会性の観点から、課題と将来性を的確に捉えた提案であることが重要な要素になるといえそうだ。

 計は、2026年3月に定年を迎える。そこで、NIIに対する要望をあえて聞いてみたのだが、「NIIからも毎年同じことを聞かれるんですが、一度も要望を出したことがないんです」という答えが返ってきた。「企業での研究は、開発に近いものになりますが、NIIでの研究は世の中の方向を捉え、そこに向けた挑戦となります。それに必要とされるのは、自由な発想のもとで、研究に没頭できる環境が整っているということ。その点では申し分ないといえます」

次世代の研究者に贈る言葉

 最後に、若い研究者や、研究者を目指す学生たちが、いまやっておくべきことを聞いてみた。「研究者は、オープンなマインドを持ち、多くの人と交流することが大切です。私は、若い時、2回に亘り半年以上、米国で研究を行ったことがありますが、違う人の意見を聞くことはとても勉強になりました。機会があれば、海外での経験をしてほしいですね」

 また、「研究者は、サムシングについてはエブリシング、エブリシングにはサムシングでなくてはいけません」とも語る。これは、計の師である猪瀬初代NII所長の言葉だという。「研究者は、あることについては専門的であり、なんでも知っている必要があります。その一方で、すべてのことについて、広く理解をしていなくてはいけません。専門性だけでなく、視野を広く持ち、立場を変えて見る能力を持つことは、研究者にとって重要な素養になります」

 これが、計自らが実践してきたスタイルだ。研究に向き合う姿勢を含めた彼女のさまざまな経験を、ぜひ日本の若い研究者たちに継承してほしい。(2026年1月取材)

取材・文:大河原克行
写真:杉崎恭一
撮影協力:依田豊/水口美穂

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