Interview
自分のアイデアを世界で試す
研究者はだれもが、人生のどこかの段階で研究者になることを志し、専門分野へ深く分け入っていく道を選ぶ。その一人、無線通信の分野で世界的に活躍し、第22回(2025年度)日本学術振興会賞を受賞した金子めぐみ教授に、研究者としてのキャリア形成や、研究に臨む姿勢について聞いた。

金子 めぐみKANEKO, Megumi
国立情報学研究所
アーキテクチャ科学研究系教授

聞き手山田 哲朗YAMADA, Tetsuro
読売新聞・論説委員
(敬称略)
通信工学研究者としての現在
──現在の研究テーマについて教えてください。
無線通信工学の分野で、特に、限られた電波を多数のユーザやIoTデバイスが、同時に有効的に使うための「無線資源割り当ての最適化」を以前から研究しており、最近はエッジAIの活用や省電力性に興味があります。
──身近な無線通信としては、携帯電話やWi-Fiがありますね。
無線通信にはさまざまなシステムがありますが、有名なものは携帯電話で、区画(セル)ごとに基地局が通信をカバーするセルラー方式が採用されています。現在の技術規格は4Gや5Gで、今は次世代6Gに向けた研究が世界中で進んでいます。次世代無線システムに向けて、科学技術振興機構(JST)SICORPの日仏プロジェクトで、デバイスやセンサー、モノとモノが通信するいわゆるIoT(モノのインターネット)について、NTTと共同研究をしているところです。
こういったさまざまな無線システムにとっては、電波、周波数が基本的な資源になります。ところが、近年、モバイル通信のトラフィックが指数関数的に増加していて、周波数の資源不足が深刻化しています。
──日々の生活で、スマートフォンなどの通信量が急増していることは容易に想像がつきます。そうした無線通信の「資源枯渇」にどう対処するのでしょうか。
限られた資源を多数のユーザやIoTデバイスでいかに効率的に共有するか。同じ周波数を複数のユーザやデバイスが同時に利用すると電波が干渉してしまうので、それをどう有効的に、干渉を避けながら、資源を割り当てていくか。そういった問題を解決しなければなりません。この考え方を基礎に、さまざまな通信システムや技術を対象としたプロジェクトをいくつか手がけています。
──IoTに関するNTTとの共同研究のほか、どのようなものがありますか。
科学研究費助成事業(科研費)では、「ミリ波帯」「テラヘルツ帯」といった高い周波数帯を、低い周波数帯と共に有効活用する新しい無線通信技術の創出を目指しています。本来は低い周波数帯が障害物の有無に関わらず、遠くまで通りやすく無線通信に向いているのですが、すでに限度まで使われているため不足しているので、ますます高い周波数帯を開拓する必要が生じています。高い周波数帯はまだかなり空いている一方、障害物に弱かったり、あまり距離が飛ばなかったり、さまざまな難点もあるので、干渉制御や、無線資源割り当ての最適化によって、こうした課題を解決していく必要があります。
──ミリ波やテラヘルツ波にはどのような可能性がありますか。
例えば、人間やロボットなどの通信に使う、いわゆるAR(拡張現実)やVR(仮想現実)の機器など、短距離の通信で、超高速の伝送速度を必要とするようなアプリケーションと相性がいいでしょう。
──携帯電話の通信などは、2030年頃から導入が始まるとされる次世代6Gでどう変わるのでしょうか。
サブテラヘルツ帯などより高い周波数帯も使い、超高速伝送速度、超低遅延性、高信頼性など究極の性能が同時に達成されることを目指しています。自動運転、スマート工場、スマートシティなど、無線通信の究極的な性能を要求する最先端のアプリケーションが実現します。
──「無線システムを最適化する」と一言でいえば簡単に聞こえますが、具体的にはどのように開発するのでしょうか。
無線資源割り当ての基本的アプローチとしては、達成可能な伝送速度や、予測される遅延などについて、システム全体の数理解析が必要なので、まずはシステム全体の数理モデルを導出します。その過程で、現実の複雑な干渉現象なども数理モデルに可能な限り取り入れるという点が、私の研究の特徴です。例えば伝送速度を最大化するのが目的とすると、数理モデルを用いて、送信電力や要求レートなどのさまざまな制約を加味し、各ユーザにどれくらいの伝送速度や遅延が発生するのかを、数理最適化の問題に落とし込み、それをもとに、実際にどういうソリューションを設計していくかを検討することになります。
これまでは、完全に中央集中的なサーバやクラウドがあって、すべての情報を集中的に把握し、その情報をもとに数理最適化のアプローチで解を導き出すというのが、全体最適化の大きな流れでした。ただこの作業は非常に複雑で、計算量が膨大になるうえ、そもそも、刻一刻と電波状況が変化する無線通信システムでは、末端のすべてのリンクの情報を得るというのはほぼ不可能です。クラウドセンターですべての情報を収集して計算すればもちろん正確ではあるのですが、その間に遅延が発生し、解を出した時、すでにローカルの無線通信の状態が完全に変わってしまうようでは、正確に計算する意味がありません。
省電力エッジAIをめざして
そこで、近年は、より分散的な最適化の手法が必要となっています。無線通信の変動に関する情報は、より端末に近ければ近いほど、完璧に近い情報が得られます。ただし、それだけでは分散的でローカルな判断しかできず、全体のシステムにとって良い解を得ることが難しくなるので、より端末側に近いところで「エッジAI」を働かせることが有効になります。ただ、エッジAIを活用すれば改善された解は得られるのですが、AIはとても電力消費が多いので、無線通信のネットワークとして現実的ではありません。これも私の研究の一つのポイントですが、省電力かつ高い無線通信性能を両立できる軽量なエッジAI技術の創出を目指しています。
──やはり理論と現実は必ずしも一致しないのですね。
可能な限り現実条件に近い数学の式を導出できれば、より効率的な解が得られるはずですが、実際には現実的な制約をすべて理論に取り入れることは不可能で、そもそも解を導出するための教科書的な手法というのは存在しないので、研究者の工夫が必要になります。小規模な模擬試験やコンピューターシミュレーションなども駆使して、これまでに提案されている手法のベンチマークに対し、「自分の手法はこれだけ良くなった」とか、「伝送速度は同等でも消費電力は低くできる」とか、比較することになります。
例えば「より高い伝送速度や低遅延性、信頼性」という性能や、「より多くのデバイスが同時に同じ周波数で接続できる」という性能、「電力消費が少なくて済む」という性能など、相反する目標を同時に達成するのは難しいのですが、これはIoTデバイスでも、スマートフォンでも無線LANでも、どのシステムにも共通した課題です。このトレードオフ、適切なバランスを追求していくことが私の研究の本質です。
研究者へと踏み出した一歩
──無線通信工学という分野に進んだ経緯は?
家族の仕事の関係で幼少期からフランスで育ち、テレコミュニケーション系のグランゼコール(フランスのエリート養成機関)に進学しました。グランゼコールはさまざまな海外の大学と提携していて、外国に行ってデュアル・ディグリーを取得できる機会があります。提携先の一つがデンマークのオールボー大学でした。理数系グランゼコールは、幅広く数学や物理を含む、全般的なエンジニアリングスクールなので、もともと情報理論や信号処理は勉強していました。「絶対に無線通信をやりたい」というわけではありませんでしたが、一応、無線通信は自分の興味の範囲に入っていたので、デンマークには行ったこともないし、オールボーは中世のすごくきれいな街で環境がとても良いという話を先輩からも聞いていたため、「じゃあ行ってみよう」と決めました。電波伝搬、無線ネットワークの分野では世界的に有名な研究室で、そこで修士の時に初めて、それまでの授業や実験とは違ういわゆる「研究」を経験し、それがすごく興味深いというか、私に合っているなと感じて、この大学で博士課程に進もうと決心しました。
選択肢を広げるための選択
──そもそもテレコム系のグランゼコールに進学した理由は?
名前は「テレコム」なのですが、実際には、かなり総合的なエンジニアリングスクールで、自分の可能性を狭めるのではなく、逆に選択肢が広がるだろうと考えた結果です。私は数学、物理だけでなく、フランス文学や歴史など、いろいろなことが好きで、8歳の頃からパリ5区のコンセルヴァトワール(音楽院)でピアノに打ち込んでいて、実は研究者ではなく、ピアニストの方に進みたかったくらいなのですが。
──日本では、理工系に進む女性が少ないという問題があります。
それは世界的な傾向で、フランスでも、理工系の大学教授ともなると、かなり女性の割合が減ります。グランゼコールの場合、私の入学した年は、女性の割合は13%でした。ただ、それでも私はあまり男女の差は意識しませんでした。
──博士課程に進学したり、海外留学したりする学生が減っていると懸念されています。
私の場合は、外国での研究がキャリア形成のきっかけになりました。実は、デンマークの次に日本に来たのも留学制度のおかげです。デンマークの博士課程は恵まれていて、日本と違い、学生ではなくスタッフなので給料をもらえます。留学用の経費も用意されていて、最大6カ月間、外国に行ける制度がありました。それを利用して、私は初めて日本の京都大学情報学研究科のラボに「逆留学」し、それがきっかけとなって日本学術振興会の特別研究員に採用されました。最終的にNIIに来たのも、この2回の留学経験があったからこそです。
国際的なレベルの研究者になるには、国際的な場で自分の研究を発信し、国際コミュニティと議論していくことが基本です。国際的なコネクション、国際的な経験をまず得ることが大事ですので、留学することが第一のアドバイスになります。私の場合、留学によって人生が変わり、キャリアも変わり、人間として発展できるチャンスになりました。
日本の研究者の制度的な課題
──日本では、博士人材の処遇や、研究者の給与も、世界に比べ見劣りします。
やはり日本の研究者の給与は、海外と比べ低く、あまり魅力的な水準とは言えません。海外の優秀な若手研究者を招くことが、ますます難しくなっています。日本は、フランスやヨーロッパと違い、博士課程といっても学生扱いで、基本的には授業料を払わないといけない。学生にしてみれば、「修士号で十分で、大企業に入ればずっと多く収入を得られる」となると、博士課程に進むインセンティブがないでしょう。これは制度的な大問題です。
また、研究人材の雇用の面でも問題があります。教員ポスト、終身のポストなど、安定したポジションが少ない。大型の研究プロジェクトでも、研究員は1年ごとの契約という不安定な状況で、それを数年続けても、その後パーマネントポジション、もっと安定したポジションがあるかどうか見通せない。これでは遠く海外から来る人はいないでしょう。
──日本ではなくフランスで研究するという選択肢はなかったのですか。
2017年に、大学教授資格となるフランスの最高学位HDRを取得しましたが、その当時はまだ自分が日本にいたいのか、フランスにいたいのか、はっきりしていませんでした。「NIIはすごく研究がしやすい」という評判は以前から聞いていましたが、実際着任し、NIIなら、日本にいても比較的自由にフランス側と研究することも可能でしたので、その後あえてフランスに帰りたいという気持ちにはなりませんでした。
ためらわず世界へ
NIIは、日本の研究機関の中でもかなりインターナショナルだといえます。世界各国の研究機関と提携関係にあり、海外から「研究室に来たい」という照会のメールも毎日のように届きます。一般的に、海外の学生は積極的にアピールするのが上手ですが、日本の学生はシャイで、もっと自分からアピールする必要があるのではないでしょうか。研究室に入れば、修士の時から論文を書いて、国際会議に出席して、自分の研究を世界に向けて発表するチャンスがあります。国際会議に出れば、同じような研究をしている日本以外の国の博士や修士もたくさん参加しているので、積極的に交流してほしい。それがきっかけとなり、いくらでも新しい道がひらけてくるのです。
写真:杉崎恭一
撮影協力:依田豊
