Apr. 2026No.107

研究者になるという選択

NII Today 第107号

Article

研究開発の現場に「役立つもの」を届ける

研究系と事業系の双方にかかり、クラウドコンピューティングの研究開発に取り組む、アーキテクチャ科学研究系竹房あつ子教授。自らのソフトウェアを現場に送り出し、役立つことで研究の喜びを感じるという。その研究者への道筋を聞く。

竹房 あつ子

TAKEFUSA, Atsuko

国立情報学研究所
アーキテクチャ科学研究系教授
クラウド基盤研究開発センター長

(敬称略)

現在の研究テーマは、クラウドコンピューティングへの取り組み

 国立情報学研究所(NII)には大きく分けて、研究系と事業系の2つがあり、それぞれに研究者がいます。研究系は各々の専門分野を追究し、学生の指導も行います。一方で事業系は、学術機関に対してネットワーク基盤の提供をはじめ、研究教育活動を支えるさまざまなサービスを提供しています。

 私自身は、その双方にクラウドコンピューティングというテーマで関わっています。事業面では、大学等でのクラウドの利用に関して支援を行ったり、あるいは大学におけるクラウドを活用した教育や研究をサポートするシステムを提供したりしています。研究面では、JST(科学技術振興機構)のCREST(科学技術イノベーションにつながる卓越した成果を生み出すネットワーク型研究(チーム型)というファンドのもと、研究代表者としてIoTのセキュリティ向上を目的としたシステムソフトウェアの研究開発を理論の研究者と一緒に行っています。

 2025年4月からはクラウド基盤研究開発センターのセンター長を拝命したため、その研究開発方針や人員の配置をどうするのかといったことも考えなければならない立場になりました。また、NIIの提供する次世代の学術情報基盤や、それに合わせた事業のアップデートをどうすべきかも考える必要があります。全国の大学や研究機関の皆さまに寄り添い、真に活用されるサービスをどう形にしていくか、日々考えています。

研究者への道のりのはじまり

 私の学生時代は、ちょうどインターネットが普及し始めた頃でした。その中で最初に取り上げたテーマが、ネットワークと計算を組み合わせた分散コンピューティングの研究で、国研や大学の先生方との共同研究がきっかけとなって、この道に進むことを考え始めました。そして、博士課程に進もうと決めた時には、研究者になることを意識していました。

 1990年代後半から、グリッドコンピューティングという、いろいろな場所に散在するコンピュータをうまく組み合わせて計算するという考え方が注目されて、盛んに研究されました。2000年代半ばになると、データセンターに計算機を集約して効率よく管理し、利用者はネットワークにつなげて、必要な時に必要なだけ計算リソースを使えばいいという、クラウドコンピューティングという考え方が出てきました。また、その後のモバイルネットワークの普及により、ネットワークにつながったモノ(IoT)とクラウドの計算機を組み合わせた応用的な研究にも興味を持つようになりました。

 大学院からポスドクの頃にはグリッドコンピューティングシステムの評価基盤となるようなシミュレーターを開発して、それを使って、計算機やネットワーク、データの所在などを考慮したリソーススケジューリングの手法を考えたり、評価をしたりしていました。

 ポスドクから母校での助手を経てNIIとは別の国立研究機関の研究員となってからは、企業との共同研究、国際共同研究、他分野の研究者が関わる大型プロジェクトといった機会を経験することができました。その中で、私の場合は何かシステムを作って動かして実験して、という機会が多くあり、しっかり設計、開発して、そこで想定したものが想定通りに動く──その実証ができた時の達成感は非常に大きいものでした。そうした経験から、研究と事業を両輪で進めていく研究者としての立場があると思っています。

学術フィールドへの実装と結果がモチベーションに

 現在の私たちの研究成果の一つに、IoTシステム構築を支援するソフトウェアSINETStreamがあります。IoTを活用した実験はさまざまな分野で必要とされていますが、計算機やネットワークの専門知識がないと簡単ではありません。そのような人たちの研究を支援するためにSINETStreamを開発しています。

 SINETStreamの利用例として、徳島大学バイオイノベーション研究所で開発・運用している「SINETStreamとモバイルSINETを活用したトレーラー型の動物飼養実験・実験室」1があります。トレーラー内に監視カメラや温度計などを設置し、そこで飼育する動物に異常が生じていないか、状況を遠隔の研究室からリアルタイムでモニタリングするシステムをSINETStreamを使って構築しています。SINETStreamにより自分たちで安価にシステムを構築することができて、監視の負担を大幅に低減できたと感謝の言葉をいただいたことは、とてもうれしかったです。こういう研究現場に「役立った」ということの実感は、次の研究へのモチベーションにもなっています。

研究者に立ちはだかる課題

 研究を進める上での現在の一番の課題は、研究者不足といえるかもしれません。新たに大きなプロジェクトを立ち上げようとしても、研究員を集めるのが非常に難しい状況です。若い人の数そのものが減っているので、今はどこの大学や研究機関でも同じような悩みを抱えているのではないでしょうか。

 また、生成AIの登場によって研究の形やスピードが大きく変わってきています。インターネットやクラウドの登場以来のインパクトです。生成AIをうまく活用しながら、いかに独創的な研究をしていくのか、すべての研究者が向き合う必要があると思います。

未来の研究者のために

 若い研究者は、ポジションが安定していなかったり、一人の研究者として研究の進め方を模索したり、いろいろ不安に思うこともあると思います。ただそれは、私たち先輩研究者による、彼らのサポートが重要だと思っています。NIIでは、教授が助教のメンターを務めるシステムもありますし、事業系の研究員もチームで研究開発を進めるので、若手研究者も安心して研究ができると思います。また、NIIには個性豊かな素晴らしい研究者がたくさんいますので、いろいろな刺激を受けながら好きな研究に全力で取り組めるのではないかと思います。未来の研究者のみなさんを迎えられることを楽しみにしています。

[1]徳島大学SINETStreamとモバイルSINETを活用したトレーラー型動物施設の開発・運用

取材・文:川畑英毅
写真:杉崎恭一
撮影協力:依田豊/水口美穂

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