Jun. 2022No.95

未知の智を創るSINET6、ついに始動!

NII Today 第95号

Interview

進化するSINET6

5Gモバイル、VPN、 サイバーセキュリティなど先進技術対応

国立情報学研究所(NII)の学術情報ネットワーク「SINET(Science Information NETwork)」が6年ぶりにネットワーク機器を一新、「SINET6」として4月から運用が始まった。新しい学術ネットはどこが新しいのか、新しいプラットフォームで研究者は何ができるようになるのか。NII学術ネットワーク研究開発センター長である漆谷重雄副所長に聞いた。

漆谷 重雄

Shigeo Urushidani

国立情報学研究所
アーキテクチャ科学研究系 教授
同所 副所長

吉川 和輝

聞き手Kazuki Toshikawa

日本経済新聞編集委員
九州大学卒業後、日本経済新聞社に入社。産業部、ソウル支局、科学技術部長、日経サイエンス社長などを経て2015 年から編集委員として科学技術分野を取材。1997~98 年、米マサチューセッツ工科大学・科学ジャーナリズムフェロー。

――SINET5 からSINET6 へのバージョンアップで何が大きく変わりましたか。

 まず通信速度が大幅に上がりました。これまでは東京・大阪間だけが400Gbps で、他は100Gbps でしたが、SINET 6 では沖縄を除いてすべて400 Gbpsになりました。400Gbps という速度はブルーレイ・ディスク1 枚分の情報を1 秒で転送でき、フルスペックの8K 映像を無圧縮で伝送できます。

 SINET への接続点となるデータセンター(DC)も20 カ所増えて70 カ所になりました。DC 間がすべて超高速の論理回線で結ばれるフルメッシュ構造になっており、400Gbps の回線帯域を柔軟に利用可能です。北海道と九州のような離れた場所でも、まるで相手がすぐそばにいるような感覚で大量のデータをやり取りしながら研究を進めることができます。

 こうした超高速かつ高密度の学術ネットワークは海外にも例がありません。米欧も基幹回線を400Gbps にしようとしていますが、基幹回線につながるまでの地域や国単位の回線の速度によって性能が制限されます。SINET6は事実上どこでも直接400Gbpsにつなげられるので、ユーザーからみた通信性能には格段の違いが出ます。

ローカル5Gに対応する計画

――通信速度以外に、SINET6で利用できる特色のあるサービスはありますか。

 SINET5 時代の2018 年末に始まった「モバイルSINET」が、SINET6 でアップグレードされます。フィールド研究や、無線IoTセンサーによるデータ収集に使うことができる、海外に例のないユニークなサービスです。これまでは3G や4G のモバイル回線を使っていたのが、SINET6 からは5G になりました。

 モバイルSINET は、商用モバイルネットワークの中にインターネットとは切り離した専用の仮想網を形成して、これをSINET 側で構築したVPN(仮想専用網)経由で、大学などのサーバーや商用クラウドなどにつなぐ仕組みです。

 一方、大学や研究機関、研究グループがそれぞれ独自の5Gネットワークを構築する「ローカル5G」にも対応する計画で、近くトライアルを始めます。

――モバイルSINET を含めVPNで安全性が高い研究環境を用意しているという印象です。

 研究者の間では、サイバーセキュリティを重視する観点から、一般のネットワークから隔離された閉域網であるVPN で研究ネットワークを構築したいという希望が増えています。

 VPN はコロナ下のテレワークなどでもよく使われるようになりましたが、これらの多くはソフトウェアでVPN を構築するもので、一度に多人数が使うと十分な速度が出ないこともあります。これに対してSINET のVPN はネットワーク機器によって閉域網を形成するので400Gbps の回線であれば同じ400Gbps の通信速度が保証できます。

 SINET のVPN は国内の大学・研究機関だけではなく、欧米など海外の拠点を含め世界規模で構築されています。代表例は高エネルギー加速器研究機構(つくば市)や欧州合同原子核研究機構 (スイス・ジュネーブ)での高エネルギー物理学の実験です。膨大な量の観測データが発生するため、国内はもとより海外の研究グループとも分担してデータを処理しています。

遠隔手術の実証実験にも活用

――VPN の活用例はほかにもありますか。

 「ブロードキャストVPN」という仕組みが地震研究で使われています。全国の大学、研究機関が参加してVPLS( 仮想私設LAN サービス)という大規模なLAN を仮想的に構築し、ある場所で地震が発生したとき観測データを一斉送信します。データを各地域の研究者がスピーディーに共有して研究を進められます。

 また、北海道大学と九州大学の各大学病院を結んで昨年始まった遠隔手術の実験では、VPN で使える通信帯域をオンデマンドで調整しています。国産の手術支援ロボットを使い、通信帯域を変えながら、帯域をどの程度確保すれば問題なく遠隔手術ができるかを検証しました。今年度以降もSINET6 で実験を続ける予定です。

――類例のない高速・高密度ネットワークだけに全体を的確に制御する工夫も必要ですね。

 ネットワーク制御や新サービス実現のため、NFV(ネットワーク機能仮想化)1 という技術を様々に活用しています。NFV はネットワーク機器の機能をサーバー上で仮想的に作るソフトウェア技術です。SINET6 では全国11 カ所の「エッジ」に当たる施設に高性能サーバーを設置してシステムを構築しています。

 サイバー攻撃対策では、例えば、大量のデータ(パケット)を送りつけてシステムをまひさせるDDoS 攻撃への迅速な対処を行います。従来はSINET のオペレーターが、大学などからDDoS 攻 撃発生の連絡を受けて、攻撃パケットを抑制する作業を行っていました。

 希望する大学などに対して、トラフィック観測によってDDoS 攻撃を検知し、自動的にパケット抑制を行います。これまで数時間かかっていた攻撃パケットの抑制を10秒程度まで短縮でき る見通しです。

 また、NII の情報セキュリティ運用連携サービス「NII-SOCS」と連携し、指定した大学間の通信トラフィックをコピーしてNIISOCSの分析基盤に転送する「ミラーオンデマンド」という機能も導入する予定です。

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スパコンとつなげて研究開発も

――SINET6 はNII が開発した研究データ基盤「NII RDC」※ 2と一体的に運用されると聞いています。

 研究を通じて得られるデータはオープンサイエンスの観点からオープンに扱うべきものがある一方で、クローズドで活用すべきものもあります。SINET との一体運用で、オープンにすべきデータはインターネットを通じて公開する一方で、クローズドにするデータはVPN を使って閉じた環境でデータを転送して管理するやり方を考えています。研究者がこのデータのオープンとクローズドの問題でネットワークのことを意識せずに安心して使えるような仕組みにしたいと思います。

――SINET6 のスタートに合わせて始まる象徴的な研究プロジェクトはありますか。

 大容量のデータ転送やデータ解析が必要な研究プロジェクトでは、SINET へのアクセス回線を増強して最大限利用しようとしています。例えば理化学研究所のスーパーコンピューター富岳と、東京大学との間で400Gbps のデータ転送能力をフルに使ってデータをバックアップする計画があります。

 また、SINET6 では既存のDCから離れた場所にあった大型研究施設の近くにDC が新たに設置されたため、これを活用した研究が加速すると思います。スーパーカミオカンデ(岐阜県)、大 型放射光施設のSPring-8(兵庫県)、国際核融合エネルギー研究センター(青森県)などがこれに当たります。

 医療系大学の研究も活発化する見通しです。近年の医療研究は、超高精細画像を送る遠隔医療や、AI(人工知能)による検査画像の読影、ロボットによる遠隔手術の実験など、高速ネットワークを使うメリットが非常に大きい。

 また、小中学生に学習端末を配布した文部科学省のGIGA スクール構想にSINET を開放することも2024 年度を目標に検討されています。

ウクライナ情勢の影響

――SINET6 の構築で苦労したことは。

 ウクライナ情勢が気がかりです。米国、欧州、アジアに伸びているSINET 国際回線のうち、欧州回線は途中ロシアの回線を使っています。ロシアへの経済制裁の影響で、欧州回線が今後使えなくなる可能性があります。

 その場合でも米国回線を経由して欧州とデータのやり取りができますが、転送時間が相当に異なります。データ解析作業を欧州と分担して進めている高エネルギー物理学実験など、グローバ ルな研究活動への影響を懸念しています。

――SINET の利用を民間企業に開放する計画があるそうですね。

 SINET の民間トライアル利用の仕組みを4 月1 日付で整えました。国の科学技術イノベーション基本計画で、SINET は日本の社会基盤インフラであると位置づけられており、これに対応しました。民間企業などが単独でSINET を利用することができます。

 大量のデータ処理を伴う研究開発活動、たとえば医療系の研究開発プロジェクトに参加する企業やAI・ビッグデータの関連業界の利用が想定されます。ただSINET のような超高速ネットワー クは、実際使ってみないとイメージがわかない面もあります。関心を持つ企業とともにSINET の有効な利用法を考えていきたいと思います。

[1]NFV:Network Functions Virtualization
ルータやスイッチ、ファイアウォールなど通常専用機器を用いる機能を仮想化し、汎用サーバー上でネットワーク機能を実現する技術。ハードウェア機器を代替するため設備・運用コストが低減できる。

[2]NII RDC(研究データ基盤)
研究データのライフサイクルを支える基盤として、NIIが2021年に本格運用を開始した。研究データの管理基盤(GakuNinRDM)、公開基盤、検索基盤(CiNiiResearch)から構成されている。

聞き手からのひとこと

 日本に世界の先頭を走る学術ネットワークがあると聞いていたが、その「すごさ」が今一つ呑み込めないでいた。スーパーコンピューターや大型実験装置のような直接の効用が実感できなかったためだが、インタビューで、ネットワークインフラこそがデータ駆動型科学のエンジンであると納得した。

 SINET で膨大なデータをストレスなくさばけるだけでなく、その高密度なネットワークが研究者間の距離を縮め、科学の新たな発想や創発にもつながる。海外勢もそのポテンシャルに当然気づいているはず。SINET のさらなる拡張を見守りたい。

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History - SINETの歩み

1987 学術情報ネットワーク運用開始

SINET の前身。旧7 帝大の大型計算機センター間の接続や目録所在情報サービスの提供のためにパケット交換網として運用を開始。

1992 SINET 運用開始

TCP/IP を用いたインターネット・バックボーン。各地域の大学等を収容するためにSINET ノードを中核大学(ノード校)に設置。IPv4 を基本とし、商用網とも相互接続。最終的な回線速度は最大1Gbps。

2002 スーパーSINET 並行運用

光伝送技術を用いた先端的学術研究用ネットワーク。のちに、光伝送技術の代わりにL3VPN (Layer-3 Virtual Private Network) を利用して研究機関間を接続。回線速度は最大10Gbps。

2007 SINET3 運用開始

SINET とスーパーSINET の両特徴を継承。東京-大阪間を当時世界初の40Gbps で接続。IPv4/IPv6 dual stack、IP マルチキャスト、L2VPN(Layer-2VPN)、QoS(Quality of Service)制御などサービスを大幅に多様化。

2011 SINET4 運用開始

SINET ノード配備を全47都道府県に拡大。札幌から福岡までの主要都市を40Gbps で接続。SINET ノードのデータセンターへの設置(ノード校への設置は廃止)や冗長経路の確保などにより高い信頼性を実現。2011年3月に発生した東日本大震災でもサービスを継続。

2016 SINET5 運用開始

全47 都道府県を当時世界最高速の100Gbps かつ短遅延で接続。仮想大学LAN、L2 オンデマンド、直結クラウド、高速ファイル転送等でサービスを高度化。2018 年12 月にモバイル機能、2019 年3 月に世界初の地球一周100Gbps 国際回線、2019 年12 月に世界初の長距離(東京- 大阪間)400Gbps 回線を導入。2016 年4 月の熊本地震、2018 年7 月の西日本豪雨、同年9 月の北海道胆振東部地震等の激甚災害でもサービスを継続。

2022 SINET6 運用開始
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