Jul. 2020No.88

ITを活用した新型コロナウイルス対策教育や研究活動を止めないために

Interview

オンライン授業の歴史と現状

新たな学びのかたちを拓く

古川雅子

Masako Furukawa

国立情報学研究所 情報社会相関研究系 助教

オンライン教育の元祖は通信教育

 現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐ目的で、大学をはじめとする多くの教育機関で、遠隔教育の一形態であるオンライン授業が取り入れられています。オンライン授業は、今に始まったわけではなく、1990 年代にインターネットが世界中に普及して多くのデータベースと教育リソースがオンラインで利用できるようになったことにより、インターネットを介した教育手段として、大学でも広く採用されるようになりました。
 遠隔教育の歴史を遡っていくと、その歴史は古く、インターネットが登場する以前の1800 年代にはすでに、郵便や電話などの通信手段を用いて特定の科目やスキルを学ぶための遠隔教育が提供されていました。大学においても、イギリスのロンドン大学では校外生向けの学位取得プログラムとして通信教育が行われ、アメリカのシカゴ大学では通信教育コースが開設される等、遠隔教育が行われるようになりました。
 その後、通信技術が向上し、アメリカでは1900 年代初頭から教育放送専用のアマチュア無線局やラジオで大学の授業を放送するなど、電波を利用した教育が始まり、1950 年頃からは大学でテレビ通信講座の単位認定も行われるようになりました。
 また同時期に、ハーバード大学のB.F. スキナー教授が、自身の提唱する「プログラム学習」を実践するための「ティーチング・マシン」を開発しました。これが後年、コンピュータ支援教育(CAI)やコンピュータベースのトレーニング(CBT)、インターネットを利用したトレーニング(WBT)といった個別学習方式に少なからぬ影響を与えました。1960 年にイリノイ大学では、最初のコンピュータベースのトレーニングプログ ラムが導入され、学生が授業資料や録音された講義にアクセスするためのイントラネットシステムが提供されました。

一方向だった通信教育が、オンラインで双方向に

 それまでの通信教育システムは、実際には学生に情報を提供するためだけに設定されていましたが、1970 年代に入ると、オンライン教育の進化に伴い、よりインタラクティブ(双方向)なものになり始めました。イギリスのオープンユニバーシティは、世界で最初の高等教育遠隔教育機関として1969 年に開学すると、やがてイ ギリス最大規模の学生を有する大学となりますが、当初は教材を郵送し、学習支援員による学習サポートも郵送で行われました。その後、インターネットが普及すると、学生とのやり取りはメールなどでより迅速に行われるようになりました。

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図1│アメリカおよびカナダの高等教育LMS市場

 1990 年代にはインターネットの商業的利用が根付き始めたことで、多くの企業がインターネットを利用して、エンターテインメント、教育、情報探索の分野を開拓し始めました。この中で、多くのプラットフォームが開発され、現在もシェア争いが続いています。例えば、学習管理システム(LMS:Learning Management System)は、1990 年頃から複数開発されて乱立しています(図1)。日本においても同様に複数のLMS が使われています。
 2000 年代になると、ほとんどの主要大学で、カリキュラムにオンラインコースが追加され始めました。企業でも、従業員の研修にe ラーニングが使用されるようになりました。
 2000 年以降、インターネットは現代社会の重要な基盤として定着しました。従来のビジネスや情報媒体はますますオンライン化し、多くの人がウェブサイトをもつことが当たり前になり、独自の「デジタル・プロフィール」(ソーシャルメディアでのやりとり、閲覧、コメント、買い物などの記録等)を保持するようになり ました。
 そして映像などのメディア通信技術の向上と、パソコンやスマホの普及が進む中で、教育分野もさらなる発展をしていきます。2002 年に、MIT がOpenCourse Ware プロジェクトを通じて無料の教育資源を提供し、2007 年にはiTunes U が登場し、これを活用してスタンフォード大学などアメリカの著名大学が、講義などのコンテンツの提供を開始しました。また、個人レベルでもアメリカの教育者で数学者でもあるサルマン・カーンがカーン・アカデミーを設 立し、YouTube を通じて教育ツールを提供するなど、さまざまな取り組みが始まりました。
 さらに2009 年には、YouTube EDUがサービスを開始し、2012 年にはCoursera、Udacity、edX という巨大なオンライン教育サイトが、大規模オープンオンラインコース(MOOC)を開始し、何百 もの大学教育レベルのMOOC を公開して世界中の学習者に提供するようになりました。
 そして2020 年の今、新型コロナウイルスの感染防止策として、多くの大学で多数同時接続が可能なWeb 会議ツールを使用したオンライン授業が開講されるようになりました。このように、オンライン授業を含む遠隔教育は、それぞれの時代の通信/メディア技術の発展・普及、そして社会的状況に強く影響を受けて変化してきたというわけです。

学習ログを活用して効果的な教育へ

 学習者がLMS などのオンラインのプラットフォームを利用してオンライン授業を受講すると、学習者がどの教材の何ページを閲覧したか、どういうタイミングでページを進めたか、どの問題にどのくらい時間がかかったかなど、日々の学習のプロセスが学習履歴データ(学習ログ)として自動的に記録されます。さらに、かつては紙で管理されていた履修情報や成績情報も、デジタルデータとして取得できるようになります(図2)。このような膨大なデータの利活用を行うのが、「ラーニングアナリティクス(LA)」と呼ばれる手法です。LA によって新しい教育のかたちが見えてくるのではないかと期待されています。

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図2│NIIが進める学習ログを使った教育支援 対面ではない教育で学生を理解するには、学習ログの分析が重要である。
(出典:「学習ログの蓄積と分析でオンライン教育の質の向上を目指す」 古川雅子 NII研究100連発 オープンハウス2017)

 LA を活用する利点としては、学習者にとっては、客観的データに基づいて自分に最適化された学習が受けられることや、学習活動データの保存ができることが挙げられます。教員にとっては、個々の学生に適した指導、教材作成や授業設計、評価やその説明を客観的データに基づいて行えること、作業の自動化によって授業以外の負担を軽減できることなどがあります。保護者にとっては、子どもの日々の学習状況がわかるというメリットがあります。また、教育機関にとっても、効果を可視化することで教育の改善策を客観的に検討でき、よりよい教育環境を整えることや、カリキュラム・教育方針の最適化につなげることができます。
 一方で、LA を効果的に行うためには課題もあります。まず、オンライン授業で使用するツールはLMS を含め多種多様のため、独自の形式で蓄積している学習ログを標準化する必要があります。また、学習ログは個人情報を含む場合が多いため、LA ポリシーの整備や匿名化処理など、個人情報の取り扱いに十分に配慮する必要があります。
 今後、ポスト・コロナの時代を迎えても、オンライン教育は技術の進展と時代の要請とともにさらに進化を続けていくことになるでしょう。その中で環境整備をしてLA を適切に行うことができれば、学習者に即した効果的な教育へつなげていくことができると信じています。

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