Jul. 2020No.88

ITを活用した新型コロナウイルス対策教育や研究活動を止めないために

Interview

新年度から全学展開したオンライン講義の利点と課題

いち早く実施した東京大学の取り組み

 新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、多くの大学が新学期の授業の開始を延期するなか、東京大学は2020年4月、他の大学に先駆けてオンライン講義を全学で実施した。1カ月という短い準備期間で、どうやって実現にこぎつけたのか。講義のオンライン化を主導した東京大学情報基盤センター長の田浦健次朗教授に聞いた。

田浦健次朗

Kenjiro Taura

東京大学 情報基盤センター長 / 情報理工学系研究科 教授
1997年東京大学理学系研究科博士課程を修了。博士(理学)。1996年より同大学で助手、 2001年より講師、2002年より准教授、2015年より教授。2018年より情報基盤センター長。
専門は並列処理、高性能計算、プログラミング言語、システムソフトウエア。高性能、大規模並列処理とプログラミング、利用の容易さを両立させる研究に従事している。

オンライン講義の連絡に学内のITツールを活用

─東京大学は新年度が始まった当初から、他の大学に先駆けてZoom、Webex、Google Meetなど、複数のツールによるオンライン講義を実施していました。どうやって実現したのでしょうか。

田浦 オンライン講義の検討を始めた2020年3月初旬の時点では「できる」とも「できない」とも自信をもって言えない状態でした。100人近くを一斉につなぐような大規模なWeb会議の経験がなかったためです。
 ただその頃、500人超が参加するデータベース関連学会「DEIM2020」(3月2〜4日)をフルオンラインで実施した事例を聞き、これはうまくいくかもしれないと思い始めました。さらに、3月下旬に東大の教員に向けてオンライン講義の説明会をリモートで実施した際には、100人どころか300人、1000人が同時接続しても問題はなく、この経験からも自信を深めました。実際、4月にオンライン講義を全学で始めてからも、システムの問題で「まったく講義ができなかった」といったトラブルはありません。
 全学でオンライン講義を実現する上で最も重要になったのは、個々の講義を受講するのに必要なURLを、東大の学生だけに確実に伝える仕組みづくりでした。東大の学生ではない第三者が講義に入り込んで邪魔をする「乱入」を防ぐ上でも、安全にURLを伝達する方法が必要です。
 東大には学生向けのITツールとしてUTAS(UTokyo Academic affairs System=学務システム)とITC-LMS(Information Technology Center - Learning Management System =情報基盤センター学習管理システム)があります。前者は、学生がWeb経由で履修科目を登録・閲覧できるもので、後者は教材データのダウンロードや課題レポートの提出、テスト、教員との連絡やディスカッションなどに使っています。ここにオンライン講義のURLを書き込むよう教員に依頼することで、URLの安全な配布を実現しました。

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東大の学務システムUTAS

 「乱入」を防ぐ方法として、参加できるユーザーのメールアドレスを東大のアカウントに限定する方法もあります。が、学生が個人のアカウントで入ろうとして接続できなくなるなどのトラブルが予想されたので、それを基本とはせずに、各授業で、参加する学生に十分周知、浸透ができてから使うことを推奨しました。

─3月下旬から4月にかけて、Zoomミーティングへの乱入、いわゆる「Zoom Bombing」が話題になった際、東大の情報基盤センターが即座にZoomを安全に使うガイドラインを公開しました。他の大学もこのガイドラインの存在には助けられたのではないでしょうか。

田浦 米国でZoom Bombingが話題になり、一部の州でZoomの使用が禁止された際、私たちは「不安が広がる前に、情報基盤センターとして文書を早く出すのが大事だ」と考えて、2020年4月6日にガイドラインを公開しました。各講義にパスワードを設定し、講義に参加するためのURLなどの情報が外部に漏れないようにすれば多くの「乱入」は防げます、という内容です。
 このほかオンライン講義の展開にあたって配慮したのが、入学したばかりの1年生へのサポートです。学内から感染者が出ていたこともあり、4月初旬から構内への立ち入りは厳しく制限されていて、今年度の1年生は大学を訪れたことすらなく、ITC-LMSやUTASの存在も知りません。パソコンやインターネット環境がない学生もいたので、彼らには学内のパソコンを貸与することにして郵送したり、モバイルルーターを送付したりして、その対応に当たりました。

オンライン講義を成功させる秘訣とは

─教員がZoomなどを使った講義を成功させるためのコツやノウハウを教えて下さい。

田浦 オンライン講義というと、予備校のCMにあるような「黒板の前で講義し、その様子をカメラで撮る」スタイルを想像しがちですが、それはもともと無理な話です。
 教員が黒板の前で動き回るとパソコンのマイクから離れてしまい、ワイヤレスマイクなしには音声がとれません。また、黒板に書いた文字を全て映そうとすると、文字が小さいため見づらくなります。「板書中の文字にカメラの向きを合わせてズームする」といった操作は人手が必要で、そうした夢は見ないほうがいいでしょう(笑)。
 オンライン講義の最も良い方法は、教員はパソコンの前におとなしく座り、講義資料を映すことですね。学生にとっても、パソコンに講義の資料が鮮明に映るので、大教室の後ろから投影資料を眺めるよりはオンライン講義の方が良いという声すらあります。
 数式の記述など「板書」が必要なケースでは、教員が手元の紙にペンで文字を書くところを書画カメラかWebカメラで映す方法を勧めています。

─オンライン講義でのトラブルや苦労している点はありますか。

田浦 教員にとっていちばん戸惑うのが、学生の反応を表情などで確認しにくいことです。当初は、「目の前に学生がいないと反応がわからないので講義がやりにくい。せめて何人かだけでも教室に呼べないか」という議論もありました。コロナの状況がみるみる悪化してすべて無理になりましたが......。
 ただチャットを使った双方向の講義は可能で、むしろリアル講義よりも質問がしやすく、議論が活発になった例もあるようです。
 より難しいのは10〜20人の学生が参加するゼミ形式の講義ですね。学生が互いに発言のタイミングをつかめず、議論が活発に行われる雰囲気をつくるのには工夫が必要でしょう。
 もう一つ、今後の大きな課題として「成績評価」があります。どうやって試験問題を同時にオンラインで配り、どうやって不正を監視するのか。一人の教員が数百人の学生を監視するのは非現実的で、試験ではなく複数回のリポート提出で評価するなどの工夫が必要でしょう。

MOOCとの違いは学生とのインタラクション

─今回のようなライブのオンライン講義は、MOOC(Massive Open Online Course=大規模公開オンライン講座)とは何が異なるのでしょうか。

田浦 いずれも場所を選ばずに受講できる利点があります。オンライン講義も録画して後から配信できるので、この場合はMOOCと同じく時間も選びません。ただ、MOOCも書籍もそうですが、世の中にコンテンツがただ転がっているだけでは、よほど意識の高い人でない限り、継続して独りで学び続けるのは難しい。学生に対して、なんらかのメンタリングというか、フォローが必要だと思います。また、MOOCはライブでなく事前に撮影する方式なので、撮り直しができます。その分、言い間違いなどでリテイクが続くと、30分の講座を撮るのに3時間を要することもあります。教員にとってはそれが大きな負担で、撮影の前はまったくテンションが上がりません。
 一方、オンライン講義にはライブならではの良さがあります。学生の反応はチャットなどを通じてリアルタイムにわかるので、そこは大きな利点と言えるでしょう。教員にとっても、ライブであれば多少の言い間違いはそのまま流せるので、むしろ手間がかかりません。オンライン講義を始めてみたら、意外に問題なく進められたと感じた教員も多いと思います。
 いずれにせよ、今後、新型コロナウイルス感染症が収束したとしても、オンライン講義がまったくなくなるというわけではなく、その良さをうまく取り入れて、活用していくことになるだろうと思います。

(取材・文:浅川直輝<日経コンピュータ編集長>)

※Zoom Bombing
 Zoomの画面共有やチャット機能を使って、ポルノ画像や不快な動画などを映し出し、講義や会議の進行を妨げる悪質な行為。

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