Jul. 2020No.88

ITを活用した新型コロナウイルス対策教育や研究活動を止めないために

Essay

新しい社会のあり方を思い描く

Mariko Hasegawa

総合研究大学院大学 学長

 少しはおさまってきたものの、コロナに明け暮れる毎日である。今年の1月の時点で、世界がこんな様相を示すようになるとは、誰も予測していなかったのではないだろうか。
 今回の経験は、私たちの文明が拠って立つ基盤について、全世界の人々に考えさせる機会となったと思う。文明について考え直す機会はこれまでにもあった。原発事故、地球温暖化、プラスチックごみなど。しかし、世界は、つねに目先の経済発展に重きをおいて、文明を考え直しはしなかった。今回は違うかもしれない。先進国も途上国も、誰もがおしなべてこれまでの生活と行動を変えることを余儀なくされ、この文明における経済活動というものがどれほど脆いかも、知らされたからだ。

 それはさておき、総合研究大学院大学の学長としての、コロナ禍に対する対応である。私は、3年前の学長就任時に、本学のミッションとして学生支援を最重点とし、研究に関しては、基盤機関である各研究所等にまかせるという方針を決めた。それゆえ、今回の新型コロナウイルス感染症の拡大に対しても、本学としては、学生自身の感染防止、学生の自宅待機に備えてのテレビ会議システムなどIT環境の整備、そして感染拡大に伴う生活困窮対策を最重要事項として扱った。
 まずは学生たち自身を感染から守るため、全国に緊急事態宣言が出されたあとは、全学生に自宅待機にしてもらった。本学の各専攻は全国に散らばっており、地方ごとに状況は大きく異なっている。専攻によっては、総研大生だけが自宅待機ということで不満の出たところもあったようだ。それは仕方がないかとは思うのだが。
 自宅待機になれば、実験もできなくなるし、講義も対面で行うことはできない。そこで、研究指導や講義のために、テレビ会議システムの自宅配置が必須となる。もともとそのようなIT環境が整った場所に住んでいる学生はよいが、そうでない学生は、新たにそのような環境を整えねばならない。そのための支援を総研大として行った。各基盤機関で整えていただいた部分もあるが、多少の役には立てたのではないだろうか。
 そして、生活困窮の問題である。緊急事態宣言もあり、多くの経済活動が止まった。アルバイト収入や家庭からの仕送りの激減などにより、学生生活を続けられなくなったという学生の窮状が全国で報道された。国による支援も打ち出されたが、本学でも、コロナ関連で生活が困窮した学生に対する修学支援の募金を行い、それを原資に、返還免除付き奨学金の緊急貸与を行った。短期間に多くの方々からご支援をいただき感謝している。

 さて、感染拡大はピークを越した感はあるが、まだ楽観は禁物だ。こうして2、3カ月が過ぎたところで、テレビ会議を使った在宅勤務、ウェブによる講義や研究指導について、さまざまな利点も限界も見えてきたのではないだろうか? 仕事のやり方をもっとIT化しようという提案はあったが、誰も本腰ではなかったような気がする。一方、IT化した社会をむやみに理想化して描く向きもあった。
 アメリカでは、大学の講義がすべてオンラインになった経験をもとに、「学費を半減しろ」、「求めているのは知識だけではない」という意見が多数寄せられているようだ。大学生活というものは、高度な知識を得るだけではなく、一緒に考え、議論した経験をもとに、生涯にわたる社会関係のつながりを築く場でもある。それはオンラインでは難しい。
 今回、すべての人が経験したことをもとに、よりよいIT化社会のあり方をみんなで議論していけるようになれば幸いと思う。

 

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