Jul. 2020No.88

ITを活用した新型コロナウイルス対策教育や研究活動を止めないために

Interview

可能性を広げる「未来の教科書」

デジタルアーカイブが拓く新たな学びの場

この春、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、美術館や博物館、図書館などの教育文化施設は休館となったが、オンライン教育は広がった。その中で、図書や文化財をウェブを通じて利用できる「デジタルアーカイブ」への関心が高まった。これまでデジタルアーカイブ関連の研究を数多く手がけてきた高野明彦教授に、文化財情報の活用を促す基盤づくりの現状や、教育コンテンツとしての可能性について聞いた。

高野明彦

Akihiko Takano

国立情報学研究所 コンテンツ科学研究系 教授
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授

保存性が高まり検索・連携も容易に

 2020 年5 月、アメリカのメトロポリタン美術館と人気ゲームソフトのコラボレーションが話題になった。ゲーム内の空間に同美術館の所蔵品を取り込み、バーチャルに" 展示" できるようになったのだ。同美術館は所蔵品について40 万点以上の高画質のデジタル画像を公開し、そのほとんどを著作権フリーのパブリックドメインとしているため、このようなことが実現できた。
 美術館や博物館、図書館や公文書館などに収蔵されているコレクションやアーカイブは、基本的に紙や木や布や標本といったモノである。モノは劣化し、場合によっては失われることもある。そこで進められているのが、文化財や資料のデジタルデータ化である。紙の資料は画像スキャンやOCR で、絵画や立体物、建造物は写真や映像での高精細撮影、色彩計測、3 次元計測などによってデジタルデータに変換し、「デジタルアーカイブ」が構築される。
 私たち人間が連想するように情報空間を探索する連想検索エンジンの技術をベースに、デジタルアーカイブに関する多岐にわたる研究を行ってきた高野教授は、次のようにその利点を挙げる。「①デジタル化することで貴重な資料・情報の永続性を高められること、②どこからでも貴重な情報へのアクセスが可能となること、③多様な切り口の検索が瞬時にできるため、分野横断的な関連情報の連携・共有がしやすくなることです。先述のゲームのように、既存のコンテンツのまったく新しい活用も可能になります」

文化財の利活用を進める分野横断型検索

 日本でも2000 年頃から、文化施設がもっている図書や文化財のデジタルアーカイブ化が進められてきた。当初は施設ごとに個別のアーカイブが存在していたが、それでは利便性が低く、分野横断的な活用も進みにくい。そうしたなか、高野教授は文化庁が運営する「文化遺産オンライン」[1](試作版は2004年、正式公開は2008 年)を構築。全国の文化施設から提供された作品をはじめ国宝や重要文化財などのデジタル情報を集約して、検索や画像の閲覧をワンストップでできるようにした。
 オープン当時、「文化遺産オンライン」は先進的なサイトとして世界でも注目された。その後、EU の「Europeana」(2005年)、アメリカのDPLA(Digital Public Library of America)(2013 年)という、多数の文化施設の情報を一元化したポータルサイトが登場。その圧倒的なメタデータ数を背景に利活用が進んだことにより、これらがデジタルアーカイブの成功モデルとして認知され、現在、「文化遺産オンライン」の存在感は薄れている。
 「注目すべきは、両ポータルサイトに集められたコンテンツの多くが著作権フリーであることです。フリーでなくても、一定の条件下で使用できるものが多く含まれています。これに対して日本のデジタルアーカイブは、資料件数はかなり充実していますが、書籍の内容や高解像度画像があまり公開されていなかったり、説明が日本語表記しかなかったりするなど、オープン化や国際発信の面で遅れをとっていました」
 この状況を改善しようと、内閣府の「知的財産推進計画2015」に基づき、より大規模なデジタルアーカイブの構築に向けた動きが本格化した。そこで、高野教授は本計画を進める実務者検討委員会の座長として、その基盤整備に取り組んできた。特に重視したのは、資料が最大限に活用されるようにすること、すなわち、できる限りオープン化して自由に二次利用できるようにすることだ。その成果が、2019 年2 月にβ版が公開された分野横断統合型ポータルサイト「ジャパンサーチ」[2]である(図1)。

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図1│分野横断統合型ポータルサイト「ジャパンサーチ」のトップページには検索のヒント がある。

 「これは日本がもつ多様な文化資源のメタデータをまとめ、さまざまな角度から分野横断的に検索できるようにしたものです。まだ不十分ではありますが、オープンな資料もかなり増えてきました。検索結果と関連する画像や書籍などの情報も表示されるなど、ユーザーの知的好奇心を刺激するつくりになっています」
 2020 年夏には参加組織やコンテンツを拡充した正規版が公開予定である。

文化財への容易なアクセスが学習者のより深い探求を促す

 資料にアクセスできる経路が増えれば、資料の利用のかたち自体が変わる。例えば、雑誌は基本的に一定期間の情報伝達を目的とする媒体だったが、デジタル化して公開されることにより、バックナンバーもインターネットで検索可能になり、その情報を必要とする人が必要な時に活用できるようになる。
 「紙の本や写真、映像、地図などの物理的媒体を使って行われてきた教育のあり方も、デジタルアーカイブによって大きく変わっていくでしょう。各種のコンテンツを自宅でも自由に閲覧してオンライン学習に活用できますし、教員は自作資料とデジタルアーカイブの資料を組み合わせた教材をつくれるようになります」
 では、具体的にデジタルアーカイブはどのように学習に活用できるのだろうか。
 例えば、生物学や考古学で骨の観察が必要だとしよう。これまでは博物館で骨の現物を出してもらうか、写真などの二次資料で見ることしかできなかった。しかし、デジタルアーカイブを利用すれば、どこからでも博物館の資料にアクセスし、拡大して細部を観察したり、3D 写真を回転させて背後から見たりできるようになる。あるいは、美術史の本で気になる記述があったとき、教科書の小さい写真で確認するのではなく、世界中に散らばるその画家の作品を検索し、調べたい箇所を拡大して一覧できる。それらを年代順に並べ替えるなど、資料を自分で編集すれば、新たな気づきも得られるだろう。
 「教育実践者や学ぶ人の意欲しだいで、いくらでも活用範囲を広げられるのがデジタルアーカイブです。オンライン教育が広がる中で、教材として非常に有用だと考えられます」
 2020 年7 月には、高野教授も参画する技術者チームで新しいポータルサイト「カルチュラルジャパン」[3]を公開する(図2)。

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図2│「カルチュラルジャパン」で近江国絵図を検索すると、国立公文書館所蔵の正式版とは別に、前年作成の同サイズの地図をスタンフォード大学図書館が所蔵していると判明した。2つを並べて比較して、記載内容の微妙な差異から新たな知見が得られる。

これは世界中に散らばる日本文化関連の情報を検索できる、約100 万件のコンテンツが閲覧可能なサービスである。海外の博物館等の所蔵品も日本語で検索できるうえ、画像は高精細画像公開の国際規格であるIIIF に準拠しているため、肉眼では見えにくい細部まで拡大して確認できる。検索結果と似たタイトル(テキスト情報)だけでなく、似た形の画像を探せるのも面白い。
 「興味の赴くままに検索し、出てきた画像を眺めるだけでも、他国と日本の意外なつながりなど、新たな発見があるでしょう。日本ではまだ情報をオープンにしたがらない傾向がありますが、公開されることで多様な展開が可能になりますし、それが収益につながることもあります。デジタル教材での著作物の利用に関する法整備も整いつつある現在、日本でもデータのオープン化が進むことを期待しています」
 より深い探求を実現しうるデジタルアーカイブは、今、" 未来の教科書" としての活用が大いに期待されている。

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図3│高野教授は、街の記録・記憶を地域にアーカイブする活動にも取り組む。お茶の水の文化発信拠点「お茶ナビゲート」[4]では、自分だけの見どころ地図をつくるサービスや、古地図と古写真を多角的に閲覧できるシステムを提供。過去と現在をつなぎ、新しい記録も蓄積する場となっている。

(取材・文=桜井裕子)

[1] 文化遺産オンライン
[2] ジャパンサーチ試験版( 内閣府知財本部Digital Archive Japan推進委員会)
[3] カルチュラルジャパン(7月中旬の公開を目指し準備中)
[4] お茶ナビゲート

【そのほかの主な研究成果は以下の通り】

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