Jul. 2020No.88

ITを活用した新型コロナウイルス対策教育や研究活動を止めないために

Interview

逼迫するネットワーク環境にいかに対応するか

コロナ禍で急増する在宅活動を支えるために

 在宅勤務や在宅学習が急速な広がりをみせており、インターネットトラフィック(通信量)の急増によるネットワーク環境への負荷が懸念されている。新型コロナウイルス感染拡大による影響が出始めた3月から増え始め、5月には2月下旬と比べて平日夜間のピークトラフィックは約1.5割増加、平日昼間のトラフィック総量は約5割も増えている※1。今後、オンライン教育が本格化するに伴い、この傾向は加速することになるだろう。社会生活がネットワークに大きく依存するなか、これからは、ネットワーク資源を有効に活用することが求められる。NIIの福田健介准教授に、逼迫するネットワーク環境への対策を聞いた。

福田健介

Kensuke Fukuda

国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 准教授
総合研究大学院大学 複合科学研究科 准教授

在宅勤務の広がりで昼間の通信量が増加

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、インターネットトラフィックが増加している。
 総務省によると、在宅勤務などが本格化した4月以降の国内インターネットトラフィックは、2月下旬に比べて、昼間が1~2割程度、夜間が1割程度増加したという。
 また、インターネットサービスプロバイダー(ISP)大手のNTTコミュニケーションズによれば、特に平日の昼間(9時~17時)におけるネットワーク利用が急増。2月下旬に比べると、約5割増となる。
 総務省の高市早苗大臣は、「通信ネットワークは、利用ピークに耐えられるように設計されている。ピークとなる休日夜間の通信量は、多少の増加傾向にあるが、引き続き、問題はないと考えている」と発言。緊急事態宣言により、全国規模で外出自粛が徹底され、トラフィックが増加すると見られたゴールデンウィーク期間中も、実際にバックボーンネットワークに問題は起こらなかった。
 福田准教授は、「在宅勤務により昼間のトラフィックが大きく伸びている。だが、夜間のトラフィックは1割程度の増加であり、十分吸収できる。国内のトラフィック量は、これまで年率15%ほどで増加しており、それを基準にISP各社が設備投資をしていると想定すれば、今回の増加分は想定の範囲内にあるとの試算が成り立つ。そして、昼間のトラフィックのピークも、設計のベースとなっている夜間ピークを上回る状況ではない。だからバックボーンネットワークが溢れる心配はない」と断言する。
 さらに、NIIが構築・運用している学術情報ネットワーク「SINET」に関しても、「4月8日以降は、オンライン教育を実施する大学が増加したことで、昼間のビデオ会議アプリケーションのトラフィックが大幅に増加しているが、回線の容量にはまだ余力がある」とする。
 一方で、移動体通信は、夜間だけでなく、正午過ぎにもピークを迎えるという独自のトラフィック傾向をもつが、移動体通信のキャリア各社が、在宅学習やオンライン教育を受ける学生を対象に、月間容量不足を補うための無料追加施策を展開していることからも、キャリアの通信能力には余裕があると想定される。

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出典 「新型コロナウイルスのフレッツトラフィックへの影響」(IIJ Engineers Blog:https://eng-blog.iij.ad.jp/archives/5536

オンライン教育で課題となる通信環境の格差

 しかしながら、ネットワーク環境が盤石だとは言えない。新型コロナウイルスの感染拡大を機に、生活や仕事の方が大きく変化し、社会には、新たな生活様式が広がろうとしている。それに合わせて、ネットワークへの依存度は、ますます高まりつつある。
 学び方も同じだ。感染終息までは、平常時のような登校が見送られ、それを補うためにオンライン教育を採用する大学も増加するだろう。終息した後も、新たな学びのスタイルとしてオンライン教育を並行して利用するケースが増えると想定される。
 福田准教授は、「大学では、ハイブリッド型の教育が前提となる可能性が高い。教員が自宅から配信し、自宅にネットワーク環境がない学生が大学で受講することも想定される。逆に、実技や特定の設備が必要な教科の場合は、場所や設備がある大学から教員が配信し、学生は自宅で受講するというやり方もある」と語る。 こうした新たな社会において、福田准教授は、ISPやキャリアによるネットワーク環境については安定した環境が維持されるものの、配信サーバーや宅内等のクライアントといった末端の環境の帯域確保に関しては、懸念があると言う。
 例えば、配信サーバーにおいて、大学内で独自にシステムを構築、運営している場合に、トラフィックの負荷が集中すると、授業内容をオンラインで配信できなくなる可能性がある。学内のリソースに不安がある場合には、CDN(Content Delivery Network)※2の活用や、ハイパースケーラーと言われるクラウドプロバイダーの活用などを検討する必要があるかもしれない。
 それ以上に深刻なのが、クライアント側での帯域確保だ。
 夜間になるとネットワークの速度が落ちたり、つながりにくくなったりという経験をしたことがある人も多いだろう。
 その理由の一つに、集合住宅では1本の光回線を共用するため、利用者が増えると通信速度が遅くなる状況がある。また、 「多くのISPが、NTT東・西などが提供する有線通信回線を利用しており、その有線通信回線とISPをつなぐ網終端装置にアクセスが集中することでインターネットが輻輳ふくそうし、トラフィックが抑制されるという問題も指摘されており、対策が議論されている。
 これらが、各住宅におけるネットワーク環境に大きな差が生まれる要因であり、その解決のためには、集合住宅内の光回線を拡張したり、網終端装置を増設し、ISPへの割り当てを広げたりする必要がある。だがそれは、利用者の立場からこの課題を簡単に解決できないことを意味する。それだけに事態は深刻である。
 福田准教授も、「住宅のネットワーク環境の差が、オンライン教育を安定した環境で受けられるか、受けられないかの差につながる」と課題を指摘する。
 代替措置として、移動体通信ネットワークを利用する手もあるが、現在のように容量制限がベースにあり、それを超えると従量課金となる契約では、学生の費用負担が大きくなりすぎる。外出自粛要請の下では、大手の移動体通信キャリアは25歳以下を対象に、50GBまで追加料金を無償にする支援策を実施しているが、今後は、学生が安定したネットワーク環境で学習できるような仕組みや料金制度が必要になるのは間違いない。
 「これまでは、コストが高い移動体通信ネットワークをできるだけ使わないようにしてきたが、今後は、固定通信ネットワークのオフロードとして、移動体通信ネットワークを活用するための仕組みも必要だろう」と提案する。
 固定通信ネットワークの増強だけでなく、テザリング利用を含めたスマートフォンによるオンライン教育活用のための仕組みづくりにも期待したい。

ネットワーク資源を有効に使う仕組みを

 一方で、安定したオンライン教育を実現するには、配信側となる大学にも工夫が必要だ。
 福田准教授は、「インターネットでは帯域予約や、優先制御は困難である。アクセスが集中しないよう、トラフィックを増やさないように工夫することが大切だ」とし、いくつかの方策を提示する。
 例えば、映像による授業ではなく、静止画や音声だけで授業を行うのが一つの方法だ。
 福田准教授は、「理想はHD画質の映像で配信することだろう。鮮明な画像を使いながら、リアルタイムに双方向型の授業ができる。しかし、映像と音声を使えば、仮に1Mbpsの帯域が必要だとすると、それを100万人が利用すれば、1Tbpsもの帯域が必要になる」と言う。
 短大を含めて大学生数は約300万人。さらに、約640万人の小学生、約320万人の中学生、約320万人の高校生がオンライン教育を利用することを仮に想定すると、この使い方ではいくら帯域があっても足りない。さらに、各家庭でのネットワーク環境を考えると、一定時間にトラフィックが集中する形での教育利用は新たな課題を生む。
 「だが、音声だけの配信なら約100kbpsですむため、使用する帯域は10分の1に収めることができる。また、早朝の時間帯のトラフィックは極端に減少するため、この時間帯に教材を自動的にダウンロードするといった仕組みも有効だろう」
 リアルタイムや双方向にこだわらなければ、ビデオストリーミングや映像のダウンロードによる学習も、トラフィックの集中や容量を緩和する点で効果がある。
 このように、オンライン教育の実現においては、ネットワーク資源を有効に活用するための方策を、これから検討する必要がある。ネットワークインフラの拡張はすぐにはできない。まずは仕組みから変えていく必要があるだろう。
 オンライン教育の広がりに向けて、ネットワークを軸にした議論が進み、ネットワーク資源を有効に活用するための方策が浸透していくことを期待したい。

(取材・文=大河原克行)

※1出典 https://www.ntt.com/about-us/covid-19/traffic_archive.html#0526

※2 CDN(Content Delivery Network)
 大容量のコンテンツをインターネット上で高速に配信するために最適化されたネットワークのこと。

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