Mar. 2019No.83

SINETが支える「Society5.0」機能強化で広がる研究可能性

Interview

SINET「広域データ収集基盤」始動

Society 5.0時代に求められる学術情報ネットワーク

人間中心の高度な情報化社会「Society 5.0」の実現に向けて、学術研究はどのような貢献ができるか。それに答えるように、NIIでは、SINET「広域データ収集基盤」を構築し、モバイル通信網を活用した実証実験を開始した。これにより、物理世界とサイバー世界をシームレスに結ぶ、データ駆動型社会の先進事例を示したい考えだ。新サービスの概要について、基盤構築に尽力してきた笹山浩二特任教授に聞いた。

笹山浩二

Koji Sasayama

国立情報学研究所 学術ネットワーク研究開発センター 特任教授

 Q  SINET「広域データ収集基盤」について教えてください。

 A  SINETは、1992年に運用を開始して以来、改良を続けながら、大学や研究機関に提供してきた学術情報ネットワークです。新サービスの「広域データ収集基盤」では、固定網であるSINETにモバイル通信環境を直結しました(図)。

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 今、日本は「データが人間のために活かされる社会Society5.0」をめざしています。そのためには、まずデータを"収集する" 必要があります。というのも、次世代技術として期待されるIoTもAI(人工知能)も、ビッグデータがなければ新しい価値を見いだすことはできないからです。

 今回、モバイル通信環境をSINETに直結したことで、従来とは比べものにならないほど広域からデータを集めることができるようになりました。山の中や洋上などの遠隔地からでも可能です。これまでもモバイル端末とSINETをつなぐことはできましたが、インターネットを介していたため、ウイルス感染などの危険性がありました。広域データ収集基盤では、SINETの仮想専用線(VPN)とモバイル通信環境を直結し、閉域網を構築しています。データをセキュアに収集できるのです。

 Q  新基盤は学術界にどのような展開をもたらすでしょうか。

 A  無線通信の世界では、2020年の5Gの開始が話題になっています。5Gでは通信速度が10Gbpsと速くなります。これは4K映像の視聴にも支障のないレベルで、無線でこれほどの高速通信が可能になるのは驚きです。5Gには、ほかにも1キロ四方のエリア内で100万個のデバイス処理が可能になる、送受信のレイテンシ(遅延)が1ミリ秒以下になるといった特徴があります。こうした通信機能の向上により、あらゆるモノがインターネットにつながるIoT 社会がよりいっそう進展し、例えば安全な自動運転が現実味を帯びてきています。ほかにも革新的な活用が可能ですが、実のところ産業界では、いかにビジネスに有効活用するか、またキャリア各社は顧客の多様な活用に対していかにサービス提供をするかで悩んでいるようです。

 一方、学術界には世界に冠たる日本の頭脳があり、5Gの活用に関してアイデアが溢れています。しかし、たとえ研究者たちが画期的なアイデアを持っていても、皆が研究インフラ資源を十分には持っているわけではないため、大量のデータを収集したり、処理したりする研究がなかなか効率的に進められていないのが現状です。

 そこで両者をマッチングさせようと考えました。複数のキャリアやクラウド事業者に「広域データ収集基盤」の意義をご理解いただき、データ処理環境をアカデミック条件で提供してもらいました。NIIが提供するデータ収集基盤および転送ネットワークと組み合わせることで、画期的な研究テーマに容易に着手、効率的に実施できます(9頁)。これは、ここで得られた研究成果が産業界のビジネス活性化に繫がることを企図するもので、学術界がSociety5.0実現に貢献する取り組みの一環と言えます。

 Q  すでに実証実験が始まっているのですね。

 A  2018年12月から31件のテーマを採択してスタートしています。注目は、農林水産業に関するテーマが多いことです。モバイル通信が可能になり、これまでコンピュータや通信とは無縁だった分野を取り込む結果になりました(10頁)。

 さらなるアイデアを求め、現在も実証実験のテーマの募集を続けており、2020年3月までの今期間内に、できるだけ多くのテーマが実証されることを期待しています。テーマの中から画期的な研究成果が出れば、新サービスの意義が認められるでしょう。さらにそこから産学連携やビジネスが生まれ、社会に役立てることができれば、Society5.0がめざす、データ駆動型社会に一歩近づくことができるのではないでしょうか。

(取材・文=池田亜希子 写真=相澤 正)

「 広域データ収集基盤」とは - Commentary

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 SINETで初めて提供するモバイルサービスである「広域データ収集基盤」は、学術用ネットワークサービスとして、次の四つの特徴を持つ。①急速に拡大するIoT系研究の推進を目的に、研究活動領域を面的に拡張するため国内三大モバイルキャリアの電波を収容したこと、②インターネットとは切り離されたSINET専用の閉域仮想ネットワークを形成してセキュアな環境を提供していること、③研究プロジェクトごとに仮想専用ネットワークを構築して研究データをセキュアかつ高性能な転送を可能にしたこと、④収集・転送された研究データを処理する多様な計算機環境を提供していることが挙げられる。

 IoT系データは「収集」するだけでは不十分であり、超多量データを取り出しやすい形態で「蓄積」し、分析に適した形に「整形」したうえで、既存データと「集約」して初めて価値が創出できる。したがって、こうしたデータ処理プラットフォームの機能が必要である。さらに、「分析」結果を研究者にわかるように「可視化」して示し、その内容を「検証」するためのデータ処理を経て、追加で「収集」すべきデータを抽出して、次のデータ活用にフィードバックするという一連のサイクルの構築が求められる(図1)。

 SINETではこれらを実現するデータ処理環境として、既設の大学計算機環境や商用クラウド環境へ接続する機能に加え、新たに「協力事業者環境」を提供する。これは、本施策に協力する8社(下表)のキャリア / クラウド事業者が、アカデミック条件で研究者に提供する処理環境である。NIIが提供するモバイルサービス、バックボーン専用線サービスと連携して活用することによって、効率的で迅速に研究に着手することができる。こうした取り組みにより、学術界が有する優秀な研究者の独創的なアイデアを着実に実証することが可能となり、「Society5.0」を学術界が先導する有効なビジネスモデルとして示すことができると考えている。

(文=笹山浩二)

SINETのモバイル網で多様なIoT研究の実現を

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 SINET「広域データ収集基盤」の実証実験スタート前日の12月20日、NIIは記者会見を行い、新サービスの概要や特徴について説明した。冒頭、喜連川所長は、「政府が進めるSociety5.0とは、データ駆動型社会のこと。その実現には、社会全体から染み出るデータを集めることが重要であり、それを可能にするのが、SINETの広域データ収集基盤になります。研究対象を細かくモニターし、そのデータを活用するといった多様なIoT研究を、SINETのモバイル網によって実現することができるのです」と、サービスの狙いを述べた。次に、漆谷重雄副所長が、広域データ収集基盤のサービスの特徴を挙げ、「端末から解析基盤までを非常にセキュアな環境に置くことで、安心して研究活動を行っていただくことが可能になります」と説明した。

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 また、今回の実証実験に協力いただく民間事業者8社の担当者が、それぞれのデータ処理環境について解説。会見に出席した記者からは、「このサービスは研究者にとってどのようなメリットがあるのか」「従来のIoT サービスとの違いは何か」「どのような社会課題の解決が期待できるか」といった質問が出るなど、SINETの新たな取り組みへの高い関心がうかがわれた。

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