Mar. 2019No.83

SINETが支える「Society5.0」機能強化で広がる研究可能性

Interview

学術情報ネットワークの歩みとこれから

より速く、大量に、セキュアにデータを送受信するために

学術情報ネットワーク「SINET5」が大きな進化を遂げている。2018年度は、国際回線の強化により、米国に加え欧州とアジアを100Gbps回線で接続する環境を整備。国際間の研究情報の流通を円滑に進める体制を構築する一方、モバイル通信環境と直結した「広域データ収集基盤」の運用を開始。より広範な研究データの収集、活用を可能とした。日本の最先端研究を下支えするSINETのこれまでとこれからを、学術ネットワーク研究開発センター長である、国立情報学研究所の漆谷重雄副所長に聞いた。

漆谷 重雄

Shigeo Urushidani

国立情報学研究所 副所長/アーキテクチャ科学研究系 教授/学術基盤推進部長/学術ネットワーク研究開発センター長 総合研究大学院大学 複合科学研究科 教授

学術情報基盤として不可欠な存在

「SINET(Science Information NETwork)」は、日本全国の大学や研究機関などが利用する学術情報基盤として、NIIが構築し、運用を行う情報通信ネットワークである。

 国内では、47都道府県を100Gbpsの回線で接続。各ノード間をメッシュ状に結んでいることから、最短経路での接続が可能で、遅延を最小化しているのが大きな特長だ。障害時には即時に経路を切り替える堅牢性や、両端のノードの設定だけで新たなサービスを導入できるといった柔軟性も兼ね備えている。

 現在、利用機関は全国86のすべての国立大学をはじめ、公立大学、私立大学、短期大学、高等専門学校、大学共同利用機関、独立行政法人など、910機関以上におよぶ。さらに、米国Internet2や欧州GÉANTをはじめとする、多くの海外研究ネットワークとも相互接続しており、国内だけでなく、国際間の学術情報の円滑な流通にも不可欠な存在となっている。

機能更新のこれまでの歩み

 SINETの前身となる学術情報ネットワークが運用を開始したのは、1987年のことである。1992年には、インターネットバックボーンとして、29拠点を結んで、SINETの名称で運用を開始。2002年には光伝送技術を利用することで、14拠点を最大10Gbpsで接続したスーパーSINETを並行運用させた。

 2007年に運用を開始したSINET3では、SINETとスーパーSINETの両特徴を継承するとともに、IPサービスだけでなく、L2VPN(Virtual Private Network)やQoS(Quality of Service)制御などにも対応する形でサービスを多様化。ノードを34都道府県に配備し、東京-大阪間を40Gbpsで接続した。

 2011年には、ノード配備を全47都道府県まで拡大し、札幌から福岡までを40Gbpsで接続したSINET4へと進化。ノードのデータセンターへの設置、各回線の二重化、コアノード間の冗長経路の確保などによって高い信頼性を実現し、2011年3月に発生した東日本大震災においては、ネットワークが途切れることなくサービスを継続させることができた。

 2016年4月から運用を開始している現行のSINET5は、全47都道府県を100Gbpsで接続して、最先端研究や地方創生などのために十分な帯域を確保しており、クラウド、学術コンテンツ、セキュリティ機器などを、ネットワークで有機的に結んでいる。

高性能と高信頼の両立を実現

 学術ネットワーク研究開発センター長を兼務する漆谷重雄副所長は、大学などからの要望をもとにSINETを進化させてきた。高性能、高信頼のネットワークであるSINET5の特長を次のように語る。

 「全都道府県を100Gbpsでカバーしているだけでなく、任意の拠点間で遅延時間を極力抑えていることから、高性能な通信が可能です。また、インターネットに加えて、セキュアな通信環境を実現する各種VPNサービスや、機動的に通信環境を設定するオンデマンドサービスを利用できるなど、豊富な通信サービスを享受できます。アクセス回線を用意するだけで、多様な通信環境を、高性能、低コスト、迅速に整備することができるのは、SINET5ならではと言えます」

 堅牢性も大きな特長の一つだ。SINET5の各ノードは、耐震性と電力供給に優れたデータセンター内に設置し、光伝送レイヤ、パケット伝送レイヤ、IPレイヤの階層ごとに冗長化構成を導入。インターネット、VPN、オンデマンドサービスなどを論理的に分離したネットワークで実現することで、サービスの多様化にも対応している。また、パケット伝送レイヤにおいて、各ノード間を、最短パスとその冗長パスで接続することで、高性能と高信頼性を両立した。

 ここ数年、日本では大規模災害が相次いでいるが、2016年4月の熊本地震、同8月の北海道豪雨、2018年7月の西日本豪雨、同9月の北海道胆振東部地震では、いずれも被災によって光ファイバーが切断したが、SINET5は、瞬時に経路を切り替えて、安定した運用を継続している。

次世代SINETに向けて

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 さらにSINET5は、ここにきて大きな進化を遂げている。

 一つは、国際回線の強化である。これまでにも、東京から米ロサンゼルスまでは100Gbps回線で接続していたが、2019年3月からは、ロサンゼルスとニューヨーク間を100Gbps回線で接続。2019年2月には、東京とアムステルダムを100Gbps回線で接続し、さらに、アムステルダムとニューヨーク間も100Gbpsで接続した(図)。

 「新たに大西洋回線を増設することによって、太平洋回線や欧州回線が切れても、米国、欧州に継続して接続でき、需要の変動にあわせた負荷分散も可能になります」と漆谷副所長。また、2019年3月には、東京とシンガポールも100Gbps回線で結び、アジア各国との連携も強化した。

 もう一つは、2018年12月から開始したモバイル通信環境と直結した「広域データ収集基盤」の運用である。3社のキャリアモバイル網のなかに、SINET専用の仮想ネットワークを構築した。このモバイル通信環境とSINET5が提供しているVPNサービスを直結させることで、有線のネットワーク回線では接続できなかったエリアや、海上などの遠隔地からも、研究データを直接、収集することが可能になった。現在、農林水産業、自然インフラ、医療 / ライフサイエンス、社会システム、情報インフラの領域において、22組織の31テーマが採択され、実証実験が開始されている。

 「SINET専用の仮想ネットワークはインターネットとは切り離されており、その中に研究プロジェクトごとにVPNを形成するため、非常にセキュアな通信環境でモバイル機能を活用することができます。まだ速度は遅いのですが、次のステップとして5Gへの対応を図ることで、速度の課題も解決できるでしょう」と漆谷副所長は話す。

 2020年度には5Gの導入を計画しており、大容量データや高精細画像などを高速に伝送できるモバイル環境の実現によって、より広範囲な活用が可能となり、研究の幅が広がることになりそうだ。

 さらに、2019年度中には、東京と大阪を結ぶ400Gbps回線を導入する予定だ。400Gbpsという極めて大きな帯域を自由に使える長距離回線の導入は世界初となる。

 「東京と大阪間では、スーパーコンピュータ関連の利用が活発であり、100Gbpsの帯域を使い切る場合もあるので、これを改善する狙いがあります」

 次期SINETの具体的な動きについては、現時点では明らかにはなっていないが、400Gbps回線を全国的に導入し、一部拠点間では、1T(テラ)bpsの回線導入も視野に入りそうだ。さらに、エッジコンピューティングの機能を導入することで、新たなサービスにも対応するなど、大学や研究機関の要望をもとにネットワークを進化させていく。次期SINETは、各大学や研究機関からヒアリングを行って、2019年度には基本コンセプトを固め、2022年度にはサービスを開始することになるだろう。

 学術情報基盤として進化を続けるSINET。日本の先進的な研究活動をしっかりと下支えする役割は、これからも変わることはない。

(取材・文=大河原克行 写真=相澤 正)

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