Dec. 2023No.101

若手研究者と研究環境

NII Today 第101号

Interview

多様性で築く研究と事業

世界トップクラスの研究とともに、学術研究を支える事業を担う国立情報学研究所(NII)では、ベテラン、若手、女性、外国人研究者やインターン生等のコラボレーションもあり、多様性がイノベーションの源泉ともなっている。急速に変化する社会と情報学の分野で、若者の科学離れが叫ばれる中、NIIにおける若手研究者の現状と未来について、安浦 寛人 副所長に聞いた。

安浦 寛人

YASUURA, Hiroto

国立情報学研究所
副所長/学術基盤チーフディレクター/特任教授
九州大学名誉教授

山本 佳世子

聞き手YAMAMOTO, Kayoko

日刊工業新聞 論説委員

日本の大学・研究機関を支えるNIIの研究者

──安浦副所長は、NIIだけではなく、九州大学やJST(科学技術振興機構)などでも、若手研究者の育成に携わられてきたということですが、まずは、若手研究者を取り巻く状況をどのように感じられていますか。

今は、日本全体で研究者を志望する学生が減っています。これはもちろん、情報学だけではなく、あらゆる分野においてです。OECD(経済協力開発機構)加盟国の欧米各国や中国などは増えているのに、日本だけが減少している。これは極めて憂うべきことだと感じています。

──安浦副所長はNIIの「学術基盤チーフディレクター」だと伺いました。NIIにおいて、どのような形で若手研究者と関わっているのかをお聞かせください。

学術基盤というのは正確には「学術情報基盤」のことです。NIIは情報学の学術総合研究所で、研究に加えて事業も抱え、それを両輪と位置付けるユニークな機関です。事業活動の柱は、日本の学術研究領域の全てに関わる通信基盤と、データ基盤です。これに計算基盤を合わせて学術情報基盤と呼びます。

そのチーフディレクターといっても、個別のサービスや技術のことは若い先生や研究員たちにお任せしていて、若手の方々の働く環境やキャリアパスをどうしていけばいいか考えていくことが私の一つの役割です。

──NIIには、どのような研究者が所属されているのでしょうか。

まず、情報学における基礎論からAIやビッグデータ、IoTといった最先端のテーマまで、幅広い領域で研究を進める「研究系」の研究者。また、学術情報ネットワークSINET(サイネット)をはじめ、日本全国の大学・研究機関の研究や教育活動に不可欠な学術情報基盤の構築・運用、学術コンテンツやサービスプラットフォームの提供といった多彩なサービスを提供する「事業系」の研究者も所属しています。

──日本の大学や研究機関をつなぐ、支える役割を、大学共同利用機関であるNIIが担っているのですね。

そうですね。大学共同利用機関は全国に17機関あり、大型機器など各機関が持つ研究資源を国公私立大学や他の研究機関に提供する役目があります。その中でも、例えば加速器の研究施設などは、特定分野の研究者が共同で利用し、研究する場なのですが、NIIは全ての学術分野に貢献するインフラを担っています。あらゆる学術分野、ひいては社会全体とつながる部分を担っているのです。

そういう意味では、NIIで活躍する研究者は「どんな分野の人とも話せる」ということが適性の一つと言えるかもしれません。特に事業系は、生命科学でも基礎物理学でも、社会科学でも、あらゆる分野の研究者とコミュニケーションを取る可能性がありますから。また、研究系でも、例えばAIやコンピュータが世の中を変えていく時には、社会制度なども関わってくる。ですから、情報学の研究所といっても計算機科学、情報工学など限られた領域だけのものと考えないでほしいと思っています。

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あらゆる専門の研究者を受け入れる潜在力がNIIにはあります。実際に物理学、生命科学、社会科学などを背景とする多様な研究者も活躍しています。

国際色豊かで多様な人材が集まる場に

──情報学一筋という人だけではなく、多様なバックグラウンドを持つ人材が活躍されているのですね。その中で、若手研究者の評価、採用などはどのように行っているのでしょうか。

NIIは世界的にも情報学分野における数少ないトップクラスの日本の研究機関と認識されています。研究系の人材は、若手を含め、研究者の共通の評価指標である論文業績や研究成果を中心に評価・採用されます。

対して事業系は日本全体の学術を支えるという特殊なサービスを担っているため、人材の評価やキャリアパス構築は簡単ではありません。通信基盤、情報基盤というのはインフラであり、電気や水道などと同じく、少しでも利用に不具合が起こると厳しい目が向けられるもの。そうした中で、国が求める類のない新しい事業を立ち上げる業務を遂行している点を、勘案する必要があります。

さらに優秀な人ほど民間企業からも採用の声がかかります。それでも、NIIの大規模なシステムづくりに関わることに魅力を感じる人を集めなくてはなりません。NIIでの任務を選んでくれた研究者の思いに応えるため、しっかりとした評価の体系を整えたいと考えています。

──NIIにおける研究者の状況を改めて教えてください。

まず教授、准教授、助教といった常勤の教員が、無期・有期雇用を合わせて約80名います。うち約60名が研究系、約20名が事業系です。これに加えて、プロジェクト予算による有期雇用の研究員が120名ほどいます。若手が多いですが、特任教授の称号を持つベテランもいます。

その他にNIIの特徴の一つとして、MOU締結機関である海外大学等の大学院生を「NII国際インターンシッププログラム」により、大勢、受け入れていることがあります。世界35の国・地域から常に100人超のインターン生を、プロジェクトに応じて3カ月から半年間受け入れています。所内でエレベーターに乗ると、必ずと言っていいほど、1人くらいは外国人学生に出会うと感じています。このように国際色が豊かで刺激が多いため、「インスピレーションが得られる」と日本人の若手研究者からもよく聞きます。NIIはコンパクトな研究所で、主として千代田区の学術総合センターの建物一つにまとまっているため、お互いに顔を合わせることが多いからかもしれません。こういうところに、大規模な研究機関とは異なる良さが あると感じます。

性別でいうと女性の比率は2割ほどでしょうか。情報学分野で他の大学と比べると比率は高いのですが、もう少し増やしたいところです。以前は「女性はコンピュータが苦手」といった偏った見方もありましたが、今の子どもはデジタルネイティブですし、早晩、状況は変わってくるでしょう。

生成AIの期待と脅威に社会が沸き立つ中で

──ChatGPTをはじめ、大規模言語モデルによる生成AIの可能性と脅威に、一般社会も沸き立っており、情報学に興味を持つ若者は増えてきそうでしょうか。

そうですね。生成AIはインターネット上で、誰でも使える形で提供されて、急速に利用が広がっています。それが若い人の発想でさらに加速し、芸術やデザイン、新しい表現など、さまざまなシーンで活用され、世の中を変えていきます。

そうした様子を見ていると、情報学は研究における常識が絶え間なく変わっていきますから、他の学術分野以上に若手が活躍できる分野だと感じます。

──伝統的な研究者イメージ、研究一筋のタイプではむしろ難しそうですね......。

私はJSTの若手研究者支援事業で、プログラム・ディレクターをしていますが、ここでも研究力以外の多彩な力を付けることを目標の一つとして掲げています。特定分野を飛び越えた対話力、コミュニケーション力、リーダーシップ、マネジメント力などです。ともに研修を受ける、分野の異なる30名の仲間に、自身の研究内容を伝える訓練などで鍛えられます。こうしたスキルは、NIIが研究者に求める資質と重なるように感じます。

──これからの若手研究者に向けて、メッセージをお願いします。

データ基盤の事業を進める上で、一緒に新しいサービスを手掛ける民間企業がもっと必要だと感じています。なぜなら、NIIと関わる1,000ほどの機関のうち、文系大学など、情報の専門家が乏しいところが700ほどはあると思われるからです。

ここを支援する新たな市場ができると私はみています。1大学が情報の専門家を雇用すると負担が重くなりますが、50校以上の大学を顧客とする企業が支援サービスをしてくれれば、費用を大幅に抑えられるでしょう。NIIで学術情報基盤の事業経験を積んだ若手なら、こういった企業に移り、医療現場や法曹界など他分野でのデジタル変革(DX)を先導することもできるかもしれません。このように、NIIと企業の間でアクティブな人材が行き来して、日本社会の構造を変えられるのではないか、と期待しています。

研究系も事業系も、NIIは本当に、さまざまなバックグラウンドを持つ若手人材が集まっています。多様性が力となる時代だけに、潜在力を存分に発揮してもらえるよう、NIIの環境整備などを通じて応援したいと思っています。

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聞き手からのひとこと

私が注目したのは、安浦副所長が九州大学で情報担当理事を12年間務め、経験豊富な点だ。研究機関は大学ほど若手支援策を意識しないもので、放任が創造性につながることも確かにある。しかし安浦副所長の場合は、社会の新たなニーズや仕組みを踏まえて、若手の潜在力を引き出してくれるのではないか、と期待している。

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