Dec. 2023No.101

若手研究者と研究環境

Essay

研究を活性化するコミュニケーション

Takeaki Uno

国立情報学研究所
情報学プリンシプル研究系 教授

職場のコミュニケーションは大事だと常に言われながら、優先度は常に低い。研究でも、大きなアイディアはよく他者との議論から生まれるが、研究者は部屋にこもりがちである。そんな情報研でも草の根的な取り組みがある。人々はそこで多くのものを得ている。

ドーナッツフライデー

もう10年も前になるか。当時、副所長だった東倉先生が他界された。数名の若手教員が葬儀を手伝い、解散後に集まって飲んだ。そこで生まれたのがドーナッツフライデー(ドナ金)である。月に1回、午後に1時間程度、お菓子を出し、皆が集まれる場所を作る。雑談でき、交流できる機会にという狙いだ。東倉先生はとても面倒見のいい先生で、その言葉に助けられた、導かれた、という人は何人もいる。研究所を良くしたい、そんな東倉先生の気持ちを継ぎたいと思ったのかもしれない。

普通、人々は知らない人と話すためにわざわざ出てこない。でもお菓子があるとちょっと違う。ときに80人くらい集まる。先生と話したら、仕事が気楽になった、知らなかった情報が入る、などの声も聞く。時がたつにつれ、インターンや留学生など、外国出身者が増えた。異国の地で人とふれあう機会に飢えているのは、むしろ彼らなのだろう。うちの研究員はドナ金でリクルートした。こんなこともあるのである。

最近は、ドナ金の参加者が減ってきた。しかし、悲しいことではない。留学生のSNSグループ、秘書や若手教員の集まり、事務方のSlackなどができ、多様な交流の機会ができてきた。ドナ金はきっとそのさきがけだったのだろう。今後は、コミュニケーションのセーフティネットや、目的を持って深い話をするなど、ドナ金の役割も変わっていくのだろう。

NII研究ラジオ

2020年、コロナの猛威により情報研も在宅中心の仕事形態への変更を余儀なくされ、職場の仲間と関係性を作り、発展させる交流の機会が激減した。結果、困りごとをなかなか相談できない人、仕事のペースが作れない人、仲間意識を持てない人、仕事が苦しくなった人、思ったように進まない人も出てきた。何かをしなければ、と強く思った。

オンラインでしか交流できない。でも単に話すのはつまらない。人々はどうやって関係を作っているのだろうかと考えた。たぶん、話すことで、相手の「人となり」を知るから関係性ができるのではないか。だから、「人となり」を直接伝えるイベントを作ろう、仲間意識、モチベーション、ペースを作ろうと企画したのが「NII研究ラジオ」である。

毎回1人ゲストを呼んで、その人の仕事の話を聞く。仕事や研究の内容ではなく、何を面白い、難しい、有意義だと思っているのか、気持ちや内面を聞く。そして、その気持ちが育った歴史を聞く。できたら、将来の夢や仕事への想いを聞く。ゲストが緊張しないように、事前に打合せをして内容をざっくり決めておく。

やってみると大人気であった。普通の研究セミナーは10人程度の参加だが、ラジオは事務・事業部・秘書や学生など含め60人以上来る。研究ラジオとは言うが、事業部、事務、URA(University Research Administrator)の方々もゲストになってもらう。皆、人を惹きつける内面を持っている。

人は他人の内面に興味があり、惹かれると思う。そして会いたくなる、助け合い、がんばりたくなる。コロナで失われたものは、交流ではなくこの気持ちなのだと思った。

秘書の日

 秘書の日は、年1回サンドウィッチなどの軽食を用意して、秘書や事務の方をお招きするイベントである。教員や学生も参加できる。欧米のイベントで、4月の第4水曜に秘書の方々に感謝の意を表す日を、情報研に持ち込んだ。

ほぼドーナッツフライデーと変わらない立て付けなのだが、いつもは参加しない秘書さんがたくさん来る。「秘書の日だから自分が来てもいいと思えた」と秘書さん達は言う。そして、日頃のしゃべり足りなさを思いっきり解消して帰っていく。会の参加しやすさは、こんなちょっとしたことでも大きく変わるのだ。

PCにはいろんなアプリがある。音量や明るさ、いろんなことが調整できる。マウスも椅子もいろんなものがある。仕事の環境や道具は多様な工夫がされ、調節できる。職場のコミュニケーションにはなぜそれがないのだろうか?交流イベントは紋切り型でトップダウンである。良くしようとしたらきめ細かさが必要、と全ては現場の人のノウハウに丸投げになる。誰でも上手にできる良いやり方を考えるなら、それはもう新しい研究だ。研究者が積極的に探求すべきものなのだろう。

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