Mar. 2023No.98

情報学が導く世界挑戦と進化の10年

Column

エジンバラからこんにちは

坊農 真弓

BONO, Mayumi

国立情報学研究所
情報社会相関研究系
准教授

 2022年9月、私は英国エジンバラ空港に降り立った。するとどうだろう、街全体が世界遺産に登録される美しいはずのエジンバラの街がゴミにあふれていた。

 今回の渡英の目的は、英国と日本の国際共同研究プロジェクトを進めることである。このプロジェクトはイギリス手話と日本手話を対象としており、コロナ禍によって私たちの世界に浸透したオンラインミーティングが、手話話者の言語世界をどのように変えたのかを追求するものである。いまなお行動制限が続くコロナ禍において、オンラインですべて進めることも考えた。しかし、手話は対面言語である。2次元世界であるオンラインミーティングで、プロジェクトのすべてを進めることは困難であると判断し、今回の渡英を決めた。

 ビザ取得や住居の契約など数多くの課題を乗り越え、待ちに待った渡英の日を迎えた1。しかし渡英直後、数々の困難に見舞われた。銀行を契約しようにも口座開設に1ヶ月かかり、銀行のカードが郵送されてくるのにさらに1ヶ月を要した。電車に乗ろうにもいとも簡単に運休になる。私の受け入れ大学も帯同した娘の中学も息子の保育園もすぐ休みになる。

 何が起きているのか......ストライキである。郵便、交通、教育機関のみならず、ナースや救急隊員も昇給を求めるストライキを計画的に実施している。到着したときのゴミにあふれたエジンバラの街は、清掃業者のストライキが原因だったと後から知った。

 世界的なインフレやコロナによる混乱はこの国に大きな影響を与えていることは明らかである。物価はどんどん上がっている。生活に欠かせない食品などの物価上昇幅はそれほどでもないが、コロナ前を知っている人々には大きな痛手らしい。ガス・電気料金も上がり、現在は政府が各家庭のガス・電気料金の一部を負担している。

 こんな状況だが、街ですれ違う英国国民の表情は暗くない。私の印象では英国国民はとても忍耐強い。誰かがストライキを実施して、生活に不便が生じても「それは権利だから」と一時的な不便さを受容し、応援している雰囲気も感じられる。ストライキの影響で電車がキャンセルになって、通勤通学に倍以上の時間がかかっても、みなその困難を受け入れている。ストライキは悪影響を受ける人にとっても、その業務やサービスが当たり前のものではなく、血の通った人間の尊い労働の上に成立していることを実感する機会になる。

 では、日本はどうだろう。日常生活に欠かせない業務やサービスに関するストライキはあまり多くない。日本国民はストライキによって困難を被る経験が圧倒的に少ないのである。ある日突然、一切郵便物が届かなくなったら、ある日突然、すべての交通機関が運休になったら、私たちはやっと気づくのかもしれない、私たちの当たり前は全く当たり前ではないことを。

 連日さまざまなストライキが展開される2023年の年明け、英国初のアジア系首相スナク氏は年頭演説で「18歳まで数学必修化」を発表した。スナク氏は16歳から19歳のうち半数しか数学を学んでいない状況を問題視し、なんらかの形で1歳まで数学に触れる機会を作るというのだ。渡英後、中学1年生となった娘は数学の授業でよくできると評価されている。直前まで日本の算数に手を焼いていた彼女にとって思いがけない評価だった。アジア人は計算に強いとよく言われる。忍耐強く、他者を理解する姿勢を持った英国が、アジア系首相の旗振りのもとにどのような国になっていくのか注目していきたい。

[1]詳しくはこちらにまとめている。
https://note.com/mayumibono

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