Mar. 2023No.98

情報学が導く世界挑戦と進化の10年

NII Today 第98号

Interview

学術研究プラットフォーム構築への道

事業系4センターの提供するサービスと可能性

国内の情報基盤を構築するため、 この10年の喜連川所長の牽引のもと事業系の4センターが設置され、 国立情報学研究所(NII)におけるオープンサイエンスやサイバーセキュリティ、 クラウド化などあらゆる角度から研究の土台を支えてきた。 その基盤構想とはどのようなものだったのか。さらにその先に何を見据えているのか。

漆谷 重雄

URUSHIDANI, Shigeo

国立情報学研究所 副所長
アーキテクチャ科学研究系 教授
学術ネットワーク
研究開発センター長

合田 憲人

AIDA, Kento

国立情報学研究所
学術基盤推進部 部長
アーキテクチャ科学研究系 教授
クラウド基盤研究開発センター長
医療ビッグデータ研究センター
副センター長

高倉 弘喜

TAKAKURA, Hiroki

国立情報学研究所
アーキテクチャ科学研究系 教授
ストラテジックサイバーレジリエンス
研究開発センター長

山地 一禎

YAMAJI, Kazutsuna

国立情報学研究所
コンテンツ科学研究系 教授
オープンサイエンス
基盤研究センター長

 NIIの「研究」と「事業」の両輪。このうち、「事業」の核となっているのが学術情報基盤で ある情報通信ネットワーク「SINET」である。大学・研究機関、その他研究コミュニティと連携しながら、超高速かつ高信頼、高機能なネットワークを構築・運営し、学術研究や教育活動への貢献を続けている。
 特にこの10年は、喜連川優所長のもと「学術ネットワーク研究開発センター」の強化に加えて、「クラウド基盤研究開発センター」(2015年4月)、「ストラテジックサイバーレジリエンス研究開発センター(旧称:サイバーセキュリティ研究開発センター)」(2016年4月)、「オープンサイエンス基盤研究センター」(2017年4月)が次々に発足。学術研究プラットフォームを担う4センターが揃った。
 またこの間、SINETもSINET4からSINET5へ、そして2022年4月にはSINET6へと進化・発展を遂げた。SINET5では、研究・教育データの流通需要拡大に対応するため、全国をメッシュ状につないで100Gbpsのネットワークを構築。SINET6では、全国100Gbpsから世界最先端の400Gbps回線に増強するとともに接続地点も増加。5Gなどのモバイル網への対応、国際回線の増強なども果たしている。加入している大学・研究機関数も、2013年度には802機関だったが、2022年10月には1,000機関に到達。加入率は、国立大学および大学共同利用機関では100%、公立大学は92%。国公私立大学を合わせると、約76%に達している。
 機能強化や規模の拡大だけでなく、SINET6のスタートに合わせ、これと研究データを管理、蓄積、流通するための革新的な研究データ基盤「NII Research DataCloud(NII RDC)」を融合し、進化を遂げている。
 ここでは、喜連川所長のもと「学術研究プラットフォーム」構想の実現に向けた事業系4センターの各センター長に、各々のセンターが担う役割や、発足以来の変遷や苦労、そしてこの10年が導く未来への展望などについてお話を伺う。

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日本の学術情報基盤を担う事業系センター

――まずはNIIが構築運営する学術情報基盤を担う事業系4センターのそれぞれのミッションや発足の経緯について、各センター長にご紹介いただければと思います。

漆谷 私がセンター長を務める学術ネットワーク研究開発センターは、ごく簡単に言えば、SINET(NIIが構築運用している学術ネットワーク)それ自体を研究開発するところ、ということになります。SINETの加入大学・研究機関は現在1,000以上、人数としては300万人以上の方に使っていただいています。
 学術専用ということで、SINETに求められるものは一般の商用ネットワークとはだいぶ違っています。大型の実験施設やスーパーコンピュータなどを結んでいるため、扱うデータ量 が非常に大きい。またデータそのものの秘匿性が高い場合も多く、そのために高速でセキュアなVPN環境を提供できるといった特色があります。
 そのようなSINETのサービスを展開するにあたって、その設計や機能の開発を行うのが我々のセンターです。学術ネットワーク研究開発センター自体は今から16年以上前、SINET3スタート前に発足していますが、その後、特に直近10年で他の事業系3センターが相次いで開設されています。それらのセンターとの関係でいうと、我々はネットワークの基盤部分を担うのに対し、ネットワークの利活用に関しての特定の切り口から深掘りしていくのが3センターで、そのため、我々は他のセンターと最も密に連携しているセンターであるとも言えます。

合田 クラウドを活用した高度な研究教育基盤を整備することを目標にしているのが、我々のクラウド基盤研究開発センターです。
 もともとは2014年に、日本学術会議から出されたSINETに関わる提言の中で、今後我が国にとって、クラウドの利活用は不可欠であるとされたことが背景にあります。当時は、産業界の一部でようやくクラウドの先行利用が始まった段階で、一般にはまだ「クラウドって何?」と いう時代でもあり、それらの推進を図るとともに、大学などをサポートするところが必要であろうということで発足したのが、このセンターなのです。我々のミッションとしては、「クラウドを作る」というよりも、それをどう研究に活かしていくか、大学などにとって使いやすい環境をどう実現するかに重きを置いています。
 具体的には、クラウドを使いこなすための基盤ソフトウェアの開発やさまざまな実証実験の実施、あるいは大学などがクラウドを活用する際に気をつけるべきポイントに関するチェックリストの作成などを行っています。

高倉 もともと、SINETのサービス拡充にあたり、各大学・機関に要望を聞いたところ、特に「クラウドとセキュリティ」に関するものが多かったというのが、我々のセンター(ストラテジックサイバーレジリエンス研究開発センター、旧称:サイバーセキュリティ研究開発センター)設立のきっかけであったと聞いています。特にこの前後には、日本年金機構に対するサイバー攻撃や、大学における情報漏洩の事故なども起き、セキュリティに関する関心が非常に高まったというのも背景にあります。そこで、当時名古屋大学にいた私が、喜連川所長に呼ばれました。
 ミッションとしては、単純にサイバー攻撃に備えるとか、被害が出たときにどう対処するとかではなく、我々が運用するSINETをインフラとしてみた場合に、「仮にサイバー攻撃があってもSINETを止めない」、ひいては「大学の運営を止めない」というところを中心課題に置いています。
 そうした意味もあり、単に「サイバーセキュリティ」ではなく戦略的に強靭性を保つとの意味で、2022年度に組織改組と合わせ、ストラテジックサイバーレジリエンス研究開発センターと改称しています。もっとも名前が長くなりすぎて、いちいち名前を読むのが面倒なのか、所内では「長い名前センター」とか、喜連川所長からは「高倉君のところ」で済まされてしまっています(笑)。

山地 オープンサイエンス基盤研究センターは2017年に発足しています。その数年前から、日本においても政策的にオープンサイエンスを推進していこうという議論が進んでいて、そのためには何かしらの基盤がいる、となると、それを担うのはNIIだろう、というのが発足の経緯です。ミッションとしては、一言でいえば、オープンサイエンスを推進するデータプラットフォームを整備する、ということになります。
 具体的には、さまざまな研究に関し、研究中のデータを管理する「データ管理基盤」があり、さらには研究成果をまとめた「データ公開基盤」がある。そしてそれらを包括的に検索できるようにする「データ検索基盤」がある。この3つの基盤を、研究データのライフサイクルに沿った基盤としてまとめ、研究データを流通させていくわけです。

攻めの姿勢でSINETの発展を支える

――特にこの10年、あるいはセンター設立以降で大きく変わったこと、またその活動の中で苦労した点などについて伺えますか。

漆谷 喜連川所長就任以前にもSINETはSINET3、SINET4と代を重ねていたものの、実を言えば、その運用経費は徐々に削減され苦しい状況に陥っていました。そこから、特に喜連川所長体制の発足後で大きく変わったのは、いわば"攻めの姿勢"への転換です。
 2016年4月のSINET5への代替わりに先立っては、従来のように単に文部科学省に概算要求を出すのではなく、学術コミュニティの中で合意を得て進める、具体的には、日本学術会議のマスタープランや、文科省作成のロードマップに、SINETの推進を載せていくことで、発展・充実に弾みをつけていく方向に転換しました。特にこれらの課程で、喜連川所長が精力的にプレゼンテーションや関係各所の説得を行っています。
 当然ですが、こうした基盤整備は一度予算がついたらそれでいいというものではなく、運営にはコストがかかり続けますし、それだけでなく、機能の強化を図っていかなければたちまち陳腐化します。
 研究開発・運営を担う側としては、ブレーキを掛けられると場合によってはモチベーションが下がってしまうのですが、喜連川所長は、むしろアクセルを踏み続ける。もっともそれはそれで大変で、毎年、概算要求の時期は戦々恐々としていました。喜連川所長から「次は何をするんだ、周りを説得するための"弾"を出せ」と言われ続けるので(笑)。それがこの10年続いた感じです。

山地 オープンサイエンスに関して言えば、従来から研究成果のリポジトリや、その検索サービスはあったのですが、先述の「データ管理基盤」、つまり研究中の学術情報、研究資源を扱う新しいサービスへの着手は、NIIの事業にとっても非常に大きな挑戦だったと思います。
 基盤の性格としても、特にこれは研究中に使われるものだけに、1年365日、24時間決して止めることができない。また従来のリポジトリは、例えば図書館司書などが介在していましたが、この管理基盤は研究者に直接提供するもの。それだけに「こう使いたい」という要望も個人差も大きい。僕らがこれに取り組み始めたときには、そんなものはできるわけはない、やめておけ、という声も大きかった。ただ、あえてそこに取り組んだからこそ、今のNIIの事業の大きな変革があるという自負も持っています。

合田 クラウド基盤研究開発センターが活動を進めるにあたっては、相手は学術だけではなくて、産業界、特にクラウド業者の方とも密に連携していく必要があります。そうした意味では、大学と事業者のバランスもそうだし、事業者間のバランスにも注意が必要です。そんな点には気を遣ってきました。
 特に苦労した点は、やはり当初、暗中模索だったということに尽きます。とにかく、「クラウドというものが出てきて、みんな変わらないといけないし、変わることで良くなっていく」とは言われるものの、そこで大学が何を望んでいるかがわからない。そんななかで、勉強しつつ、いろいろな人に助けてもらいつつ、各サービスを立ち上げていったというのが最大の苦労でした。

高倉 苦労はいくつかありますが、ひとつには予算。大きな予算をつけてもらったとしても、100の大学にならすと、ひとつの大学では100分の1になってしまいます。じゃあクオリティを100分の1にすればいいのかというとそうはいかない。その限られた予算の中で最大限のクオリティを維持するアイデア出しには苦労しました。
 あとは、人材面ですね。当初は俗にいう「ひとりセンター長」状態で、メンバーはセンター長の私、あとはゼロ、という具合でした。発足後にすぐに公募を出し、有り難いことに優秀な何人かの応募があり、来ていただいたのですが、それでも慢性的に不足気味です。
 もちろんサイバーセキュリティのことはわかっていてほしいのですが、サイバー攻撃の解析をしましょうとか、攻撃ツールを調べましょうとか、いう研究ではなく、実際に攻撃を受けたときにレジリエンス(教育・研究の継続)を確保するためにどう対応するのか。いわば、「本業としてサイバーセキュリティをしている人」ではなく、「本業をするためにサイバーセキュリティをしている人」がもっと欲しいですね。
 また、ひとりセンター長時代にセンターのコンセプトを書き上げたので、この枠組みを完全に理解しているのが私しかいないのが、厳しいですね。かなり先駆的なアイデアを満載しましたので、「こんなんで守れるんですか!?」というのをイチから説明しなきゃならないのには苦労しています。

進化し続けた10年と、これから

――これまでの10年を受けて、今後の展望について伺えますか。

漆谷 ネットワーク基盤に関しては、この10年ずっと攻め続けてきていますが、これからもやはり攻め続けていくことになるのだと思います。今後SINET6、7と続いていく中で、超高速化はもちろんのこと、無線化も大きなポイントになっていくのではないでしょうか。

山地 我々が作ったオープンサイエンスの基盤は2021年から運用を開始、文科省から支援を受けて機能を追加していますが、さらにこの基盤、「NIIRDC」を全国の大学に普及させていかねばならない、というのが第一ですね。
 管理基盤はゼロからスタートし、60機関から利用申請をいただいていますが、まだ内部で小規模に使っているのが現状と言えます。これを、大学のデータポリシー制定とともに全学展開し、どの研究者も当たり前に使う環境へと持っていく。これが目標です。
 一方で、我々は当然ながら高等教育機関を対象にサービス展開をしてきましたが、オープンサイエンスの発展を考えると、産業界や一般市民の方々にも部分的には使ってもらえるようにしていきたい。これはまたおそらく、NII の事業としても今までになかった大きな転換点となっていく気がします。

高倉 サイバーセキュリティ分野に関して言えば、今後5年程度は現在の枠組みの延長で行くと思うのですが、おそらく10年後には、枠組み自体が変わってしまう気がしています。
 モバイルの台頭、オンライン授業の拡大などもあり、SINETの使われ方にしても変わってくる。当然、サイバーセキュリティの組み方も変わってきて、「新しい守り方」の模索が必要になってくるのではと思います。

合田 クラウド基盤研究開発センター長としてだけでなく、学術基盤推進部長として事業全体を見ている立場から言うと、10年前と今とで最も違うのは、「事業サービスに携わる人への評価」ではないかと思います。
 NIIに限らず、10年前には、情報インフラをやっている人の評価は必ずしも高くありませんでした。研究者としてみると、それで論文が書けるわけでもない。インフラは動いてあたりまえ。そんな見方です。しかしそれがこの10年、喜連川所長のリードのもと、さまざまな意見に耳を傾けながらサービスを発展させたことで大きく変わり、NIIの中での事業サービスの重要性の認知度は大きく上がってきました。
 とはいえそれはまだ途上で、今後の10年を考えると、さらにその認識を高めていく必要があります。それは単に自分たちがその分野にいるから言っているわけではなく、そうでなければ日本に情報インフラを担う人がいなくなってしまうという、差し迫った危機があるからです。現に今日でも、優秀な人の海外流出は続いています。さらに状況を改善するのは急務だと思います。

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