Mar. 2023No.98

情報学が導く世界挑戦と進化の10年

NII Today 第98号

Interview

ダイバーシティが情報学を進化させた

予測不可能な「次の10年」を乗り越える 先駆的取り組みとは

国立情報学研究所(NII)は 比較的小さい規模でありながら、情報学の基礎から 社会実装を目指した民間企業との共同研究まで、 日本における情報学の中核研究機関として 非常に多様な研究において成果をあげてきた。 そうした活動を支えるのが多様な人材と研究者が 自律的に研究に取り組める自由な環境だ。 研究と教育におけるNIIのこの10年の歩みと特色に関し、 相澤彰子副所長と越前功研究主幹に語ってもらった。

相澤 彰子

AIZAWA, Akiko

国立情報学研究所 副所長
コンテンツ科学研究系 教授

越前 功

ECHIZEN, Isao

国立情報学研究所 研究主幹
情報社会相関研究系 教授

基礎研究から、産学協働まで

――NIIの研究面でのこれまで10年間の成果と実績を振り返ります。この間、情報技術の発展と深化には著しいものがありました。NIIも研究領域を大きく広げたと推測します。

相澤 研究分野を広げたのは確かですが、同時に基礎分野重視の姿勢が一貫して存在しました。科学研究費助成金(科研費)の審査区分で情報分野は3つの区分があります。そのうち1番目の「情報科学・情報工学」が基礎分野と言えます。具体的にはアルゴリズムや数理情報学などの「基礎理論」、基盤ソフトウエアや高性能計算など「基盤」にあたる領域で、そこに常に充実・強化の目配りをしてきました。
 情報学は物理や化学などに比べて歴史が浅い一方で、急速に周辺領域が広がり分野として俯瞰的な地図が絶えず変化している側面があります。そうした中でコアな学問基盤に力を注ぐのは重要なことだと思います。

越前 まさにこういう時代だからこそ基礎が大事です。NIIは長期的な視点から情報とは何か、その本質を突きとめる研究を進めてきたと思います。
 基礎を骨格としてしっかり取り組む一方で、産学協同を積極的に推進してきました。例えば、LINE株式会社と共同で「ロバストインテリジェンス・ソーシャルテクノロジー研究センター」を設立しました。頑強な知識基盤の実現とそれを活かした社会課題の解決を目指す研究組織で、NIIがハブであり、また目利きとなって研究テーマに取り組む優れた研究者を見つけ委託研究・共同研究を進めます。民間とアカデミアを結びつける点で先駆的な内容だと言えます。
 三井住友DSアセットマネジメントとは金融スマートデータ研究センター、日本IBMとはコグニティブ・イノベーションセンターを設立するなど産学連携センターをいくつも立ち上げました。また医療ビッグデータの活用で複数の医療系の学会と協働しました。時代の要請に応えて研究コミュニティを育て、新たなコミュニティを作り上げる。喜連川所長のリーダーシップによるものです。

――これから先を見越した時の課題は何でしょうか。

相澤 私たちは本当に予測不可能な混沌とした時代にいます。これから先どんな研究が求められるのかを今ここで言うのは難しいことですが、NIIは常に新しい分野の人を採用できる仕組みを持つのが強みです。優れたPI(PrincipalInvestigator=研究室を主催する研究者)を中心に時代を見極めつつ領域を広げてきました。
 情報分野は人材不足だとよく指摘を受けますが、周辺分野に人材が出ていってしまえば中心が空洞になります。情報分野の中核を担うところに人材をキープすることが今後も重要です。これは喜連川所長から受け継いだ私たちの思いでもあります。

越前 NIIには若手研究者にとって理想的な環境があります。十分な研究時間が与えられ落ち着いて腰を据えた研究ができます。これも喜連川所長の強い方針ですが、若手に十分な時間を与えて本人の研究テーマに寄り添う形で、研究主幹をメンターとして指導します。定期的に所長面談もありアドバイスが得られます。本人がやりたいと使命感を感じるものに寄り添いながら研究してもらえる環境があります。

――若手の採用や育成での特色は?

相澤  2000年の設立時から組織構造が非常にフラットに設計されています。大学の講座制とは違って、新しく参画する人が助教であっても、みなひとりの自立した研究者になります。大学院博士課程で学ぶ若い人たちの憧れは研究室を主宰するPIになることだといいますが、NIIに来たらその瞬間からだれもがPIです。自分の好きな研究を自分がデザインした方法でできる自律性こそがPIです。そういう環境が実現されているのが、NIIの魅力です。

越前 私自身NIIに来たばかりで慣れていないころ、例えば科研費をどう取ればいいのかわかっていなかった。NIIには挑戦的な研究テーマを個別に支援する所内研究公募制があります。喜連川所長が面白いと判断したら予算を出す。提案する側も直接、所長に説明できる。私も所内プロジェクトを経て外部資金を得られるようになりました。これはNIIの良い伝統です。喜連川所長は交流の場を積極的に設け、この仕組みをさらに効果的に高めました。

――「NII20年の歩み」によれば、全教員中、若手研究者(42歳未満)が3分の1、女性研究者は5人に1人ですが、女性比率は高い方ですか。

相澤 情報分野としては破格の高さです。講座制ではないので毎年公募して複数名を採用する。性別や国籍を問わず、研究分野にも縛られず募集した結果が女性採用につながっています。
 ただ政府が女性研究者の採用の数値目標を掲げて女性比率の引き上げを促しています。大学や研究機関による多様性人材の奪い合いが激しくなりそうです。

越前 女性研究者に限らず全体状況を言えば、AIやデータの分野は大学院で学位をとった人が必ずしもアカデミアに進まなくなっています。テックベンチャー などを起業する人も多い。NIIだけでなく大学を含めた傾向ですが、その中でもNIIの位置は悪くない。優秀な方々に応募してい ただいています。

――海外からの人材獲得はいかがですか。

相澤 海外の研究機関と交際交流協定(MOU)を結ぶなど国際交流に力を入れていて、海外から教員公募に応募される方も多くいます。協定締結先のパートナーには公募に関する情報を提供しています。

越前 MOU締結機関数は着実に増えています。また国際インターンシップも多く、100人以上の大学院生を海外から受け入れています。コロナ禍で一時中断していましたが、再開しました。NIIで研究してNIIの良さを知って教員に応募するケースが多いと感じます。
 国際アドバイザリーボードがあり世界的に著名な研究者の前で若手に発表してもらう機会を設けています。金出武雄先生(カーネギー・メロン大学教授)やジェフリー・デイヴィッド・ウルマン先生(スタンフォード大学名誉教授、チューリング賞受賞者)らと直にコミュニケーションする機会です。これも喜連川所長の発案で世界に人的ネットワークがあるので実現できることです。

相澤 NIIにはネットワークやコンテンツにかかわるサービスの提供といった事業をメインに担当している教員が大勢います。人材不足と言われる中でも、より数が限られた貴重な方々です。この方々のキャリアパスをどうするか。他の組織と連携して人材交流を考えなければできないことがたくさんあり真摯に検討しています。また数年をかけて職に応じた複数の評価軸を作りました。

越前 論文数や被引用数だけで評価するなというのは喜連川所長の持論です。研究者当人が熱意を持ってやりたいことをやるのならそれに沿う方向感で評価しキャリアパスを考える。そうすることでNIIの魅力も高まります。

研究成果を社会に還元

――AIやビッグデータなど情報技術が社会に光と影をもたらし ています。

越前 私たちが開発したフェイク顔映像をAIで自動判定するプログラムが企業に採用され社会実装に至りました。研究だけでなく社会実装もNIIの重要な役割です。NII は大学の一学部に満たない規模ですが、非常に多様な研究が行われています。

相澤 私は長年、学術論文を解析する研究に取り組んできましたが、近年、AIによる研究者支援や研究DX(デジタルトランスフォーメーション)が注目分野になりました。例えば、質問に適切な答えを返すソフトも驚くほど賢くなりましたが、回答に根拠のない間違いも混じります。AIの推論の誤りをどう校正するか、検証技術が追いついていないのが現実です。

――まさに信頼できるデータ、情報とは何かという本質的なテーマですね。今日はありがとうございました。

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