Dec. 2022No.97

人工知能法学を識るAIと法学が融合した “新学問”

NII Today 第97号

Article

AIはオンライン紛争解決で活用できるか

米国・カナダで広がる 司法への人工知能(AI)応用

紛争解決の手段として、AIが司法制度の中で活用される日が 遠くない将来、来るのではないか。 法学とAIの世界に登場したODR(Online Dispute Resolution)。 米国やカナダではすでに普及し始めているという。 その調査・研究を続けてきた渡邊真由・立教大学特任准教授に現状と課題を聞いた。

渡邊 真由氏

WATANABE, Mayu

博士(経営法)。一橋大学大学院博士課程在学中にスタンフォードロースクールで在外研究した際、ODRは司法にイノベーションをもたらすものだと確信する。それ以降、主に法とテクノロジーに関する研究に従事。法務省ODR推進検討会・ODR推進会議委員、日本ODR協会理事、マサチューセッツ大学NCTDRフェロー、ICODR理事ほか。

 ODRを日本語に訳すと「オンラインによる紛争解決」。主に法廷で争うまでにいたらないトラブルについて、当事者や仲介者がオンラインで状況の診断・交渉・調停をして解決に導く仕組みだ。制度設計だけでなく、情報のやりとりを支援するためのデジタル技術開発、法令の見直しが必要になる。
 「法務省が今年3月にアクション・プランをまとめあげ、社会実装に向けた本格的な議論が始まったところです。知る限りAIを活用したODRは国内にまだありません」
 プランの掲げる最終目標は、スマートフォンが1台あればだれでも紛争解決の効果的な支援を受けられる社会の実現。中期目標は5年以内に世界最高品質のODRを社会実装することだ。先行する欧米はどこまで進んでいるのだろうか。
 渡邊特任准教授はODRが普及しつつあるカナダに足をはこび、今秋、モントリオール大学でAI研究者らに聞きとりをした。弁護士に頼ることなく、トラブルへの対処法を自分で判断するときに役立つAIツールを開発している。たとえば、ネット販売で買った商品がこわれていて業者に補償を求めたいとき、いくつかの質問に答えていくと解決に必要な情報にたどりつく。
  「高度なAIではないが、カナダではすでに利用されています。日本は法的サービスが細分化されていて、必要な情報を見つけられなかったり、提出文書の作成に悩むことが多い。トラブルの初期段階でこのようなAIとチャットのようなやりとりができれば、解決をあきらめる人も減るのではないでしょうか」
 ODRのルーツは米国である。インターネット上で多様な商品の販売にのりだしたeBayは2000年代初頭、国内外の膨大なユーザの苦情処理に頭をかかえた。スタッフの増員では間にあわなくなり、紛争解決を支援するODR第一世代を導入した。
 当初、米国では電子商取引のトラブルの円滑な解決手段として研究が進められたが、しだいに司法の領域にも拡大していった。ここ数年、コロナ禍によって対面での手続きが制限されたため、各地の州裁判所でODR導入が進み、いまでは100カ所以上に増えた。

AIをどのように使うかが課題

  日本では2019年、ODRということばがはじめて政府の公式文書でつかわれた。成長戦略フォローアップにある「裁判手続等のIT化の推進」の一節である。デジタル化の遅れで日本はビジネス環境ランキングの順位が下がり、挽回するねらいがあった。世界の動きから10年以上も遅れ、実証実験の計画も道半ばだ
 ODRに関わる日本の技術レベルが他国にくらべ劣っているわけではない。Wi-Fiもスマホも広く普及し、オンラインやソフトウエア開発のインフラは充実している。壁はどこにあるのか。
 「ODRをどのようにデザインしていくのかというビジョンづくりが弱い。技術よりもそこにもっと力点をおくべきだと思います」
 渡邊特任准教授が課題のひとつとしてあげたのは、AIをどのように使うか。AIは参照データが多いほど、より的確な支援をすることができる。詳細な事実関係を記録した紛争事例のデータベースは必須だ。国内の判決例はデジタルデータとして蓄積され、利用しやすくなってきた。一方、和解例はひろく活用できるデータベースがなく、ブラックボックス状態という。
 カナダにある世界初のオンライン裁判所(審判所)CRT(Civil Resolution Tribunal)は判断例をデータベース化し、固有名詞をふくむ文書をすべて公開している。「CRTは当事者の個人情報を秘密にすることよりも透明性の確保を優先しています。そのため、情報の公開に同意する必要がありますが、弁護士を雇わねばならない一般の裁判より費用が安く、早く解決できるので、利用者は判断内容の公表にそれほど抵抗を感じていないのではないでしょうか」
 日本人は世間の目を強く意識する。カナダの先進的な試みをまねしてもうまくいくとはかぎらない。当事者の匿名化など、日本の文化にあう修正が必要だろう。
 2年前、日本ODR協会が発足した。理事である渡邊特任准教授は、国際会議の開催、ODR研究の国際拠点であるマサチューセッツ大学との連携、人材育成のための研修などに精力をそそぐ。今年2月の協会設立記念イベントでは、目の前に3次元映像を映しだすホログラム技術をつかい、サンフランシスコにいる基調講演者を東京の会場に出現させた。ホログラム演出をしたのは、ODRを進化させる先端技術の可能性を聴衆に実感してもらうためだ。
 表情や身ぶりがホログラム映像ではっきりと感じとれたという。仲裁人が遠隔地にいる証人の尋問でつかえば、喜怒哀楽や発言の真偽を判断するのに役立つ。現状では映像はある程度鮮明だが、設備利用費が高額だ。コストダウンとさらなる画質向上が普及へのかぎをにぎる。
 AIなど新しい技術の導入に際して日本人が見すごしがちなのは、根っこにある目的、そもそも論である。手続きや費用のハードルが高く、国民の2割しか満足な司法サービスが受けられないといわれる。渡邊特任准教授はインタビューで「正義へのアクセスをひらく」「司法の空白をふせぐ」と繰り返した。日本にAIを活用したODR第1号が登場する日が待ちどおしい。

(取材・文 渥美 好司 photo 今村 拓馬)

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