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ゲームを量子コンピュータ研究に役立てる (70-3)

根本香絵教授とその研究チームは、量子コンピュータの仕組みを使ってコンピュータゲーム「meQuanics(メカニクス)」を開発し、Web ブラウザでプレイできる体験版を公開中だ。ゲームを始めるとカラフルなチューブが絡んだパズルが出てくるが、このチューブ全体をより小さくすることで高得点が得られる。このゲームの操作そのものが、量子コンピュータの回路をより小さく、情報処理をより速くする仕掛けになっている。今後はモバイル対応なども視野に入れ、より広いユーザー層を取り込むことで、群衆の叡智を研究に結びつけていきたいという。

ゲームの得点を競うことで、量子コンピュータの回路をより小さく

nemoto70-3.jpg根本香絵
NEMOTO Kae
[国立情報学研究所 量子情報国際研究センター長 情報学プリンシプル研究系 教授/ 総合研究大学院大学 複合科学研究科 教授]
パズルゲームで研究を推進
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図 meQuanicsゲームの一場面

3つのパズルピースを、3次元的に動かしたり、カットしたり、つなげたりして、パズル全体のサイズを小さくしていく。現在広く使われている「古典的コンピュータ」と比べ、量子コンピュータは飛躍的に高い計算能力を発揮する。現在、量子コンピュータの実現化が世界中で進められているが、そのほとんどがトポロジカル量子計算モデルに基づく。トポロジカル量子計算モデルには、さまざまなモデルがあるが、meQuanicsが表現しているのは、3次元トポロジカル量子計算モデルである。3次元トポロジカル量子計算モデルでは、多数の量子ビットに量子的な相関(エンタングルメント)を持たせ、そこに誤り符号化された量子ビット(ロジカル量子ビット)を定義する。ロジカル量子ビットが情報を担い、相互に絡ませることで計算が進む。この過程が3次元に広がる図形に見え、トポロジカルな性質を変えない限り同じ計算ができるので、図形を一定のルールに従って変形して図形全体の体積を小さくすることができる。

 根本香絵教授らが開発したコンピュータゲーム「meQuanics(体験版)」には二つの「顔」がある。一つは3次元のパズルゲームとしての顔だ。もう一つは根本教授の主要研究テーマのひとつである量子コンピュータの実現へ向けて、最も期待されている量子計算モデル「トポロジカル量子コンピュータ」※の回路をより小さく、より速く、そしてより作りやすくするために"みんなの智恵"を集める仕組みとしての顔だ。「meQuanicsが目指しているのは、まず多くの方々に楽しんでもらえるゲームを作ること。そして、より多くの人がゲームを楽しむことで、未来へ向けて科学が一歩進展することです」と根本教授は話す。「回路を小さくすると、量子コンピュータを小さくできたり、処理時間を短くできたりする利点があります。つまりこれは量子コンピュータの実現化に直接役に立つことなのです。たとえば回路のサイズを約40%縮小できれば、精度を1桁小さくすることに相当します。1桁というのは、実現化の上では大きな数値なので、回路が小さくなればなるほど、量子コンピュータの開発ゴールが近づくのです」

 meQuanicsが興味深いのは、「量子コンピュータの回路を小さくすることは、計算時間を短くするだけでなく、量子コンピュータを実現しやすくする」という研究課題が、そのまま「3次元パズルゲームを解く」ことと結びついていることだ。「私たちが恵まれていたのは、問題そのものが最初からパズル的な要素を持っていたことでした」と根本教授は振り返る。

 根本教授が研究を進めるトポロジカル量子コンピュータの特徴は、量子計算モデルと誤り訂正の両者が一体となっていることだ。誤り訂正のため、1つの量子ビットの情報を、たくさんの量子ビット(キュービット)を使うことで守る。この守られた量子ビットを絡ませることでアルゴリズムを実行していくのだが、量子ビットが絡まった様子は3次元中の図形として表現できる。この図形が量子回路であり、そのままmeQuanicsのパズルとなっているのである。

 ところが、アルゴリズムから書き起こされた図形はスカスカで、無駄に大きいように見える。そこでまず、3次元モデルを操作できるツールとして、簡易型CADの機能を備えた「Google Sketch」を使ってみることにした。量子回路の正しい変形のためのルールはさほど複雑ではないのだが、間違った操作をすれば、回路を壊すことを意味する。もし量子コンピュータの回路を小さくするための正しいルールを組み込んだゲームがあれば、科学者ではない普通の人が問題解決に参加できる。「コンピュータゲーム開発はまったくの素人。しかし、試しにルールに従った変形だけができるツールを作成してみると、意外にもコンピュータゲームらしく見えてきました」

個性豊かな多国籍チーム

 とはいえ、ゲームとして公開するまでには多くの協力者と尋常ならぬ努力が必要だった。

 ゲーム開発のプロジェクトが始まったのは2013年1月頃のことだ。開発したのは「同じ国の人はいない」という多国籍チームである。オーストラリア人のSimon Devitt 特任助教(現:理化学研究所)と根本教授に加え、デザイナーはフランス人、プログラミングとゲームデザインはドイツ人、バックエンド開発はイギリス人で構成するチームだ。多様で強烈な個性の持ち主が集まったこのチームが激しく議論する様子を、根本教授は「爆発」と表現する。「1~2週間に1度くらいの割合で『爆発』しながら」(根本教授)ゲーム開発は進んでいった。「ゲームとして面白くしたい」、「研究に寄与したい」というまったく異なる立場の才能どうしが激突したからだ。「ゲーム分野の専門家は、ゲームとして魅力的にしたい。私たちはサイエンスとしての正確性を譲らない。それで激しい議論になったのです」

 ゲームの開発を振り返って、根本教授は次のように話す。「スピード感が必要でした。それに、やっている本人たちが面白いと思ってやらないとモノにはなりません」。ゲーム開発の過程の集中と興奮が、結果としてゲームの面白さに結びついた。

 meQuanicsの開発中にビジターの研究者夫婦が、2人の子どもを連れて来たことがある。そのとき、子どもたちが奪い合うようにしてゲームに熱中している姿を見て、「これはいけるかも、と自信を持ちました」と根本教授は笑う。

より広い層の智恵を集める

 meQuanics 体験版は2013年5月に公開された。ゲームの開発と体験版の公開を通して、解決すべき課題が見えてきた。ゲームとしての操作法はまだわかりづらい面がある。たとえば、可能な操作のヒントを表示するような、なんらかの支援が欲しいところだ。また、ゲームをプレイするユーザーの要求は操作性においては非常に高いことがわかった。ゴールをよりわかりやすくすることも、ゲームとしての魅力を高める上では必要だ。

 このような課題をクリアしつつ、モバイル環境もターゲットとすることで、より広い層にゲームをプレイしてもらい、より小さく、速く、作りやすい量子コンピュータに結びつけていくために、根本教授はプランを練っている。研究活動とゲーム開発では、異なる考え方、時間の進み方、資金の使い方が求められることから、クラウドファンディングによる資金調達も視野に入れて検討中だ。

 ゲームをより広い層がプレイするようになり、パズルで高い得点が出るようになれば、トポロジカル量子コンピュータの実現により近づくことになる。群衆の叡智を科学上の成果に結びつける試みは、本格的な出発地点に立とうとしているところである。

(取材・文=星 暁雄 写真=佐藤祐介)

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第70号/2015年12月発行

クラウドソーシング/クラウドセンシング
群衆の力を科学に活かす

・クラウドソーシングが社会を変える
・実世界データ間の隠れた構造を探る
・ゲームを量子コンピュータ研究に役立てる
・社会問題解決に役立つクラウドセンシング

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