Dec. 2015No.70

クラウドソーシング/クラウドセンシング群衆の力を科学に活かす

Article

社会問題解決に役立つ クラウドセンシング

環境音マップを観光や防災の政策立案に

岡山大学の阿部匡伸教授とNIIの曽根原登教授は共同で、現在、クラウドソーシングおよびクラウドセンシングによる環境音収集システムの構築を手掛けている。クラウドセンシングとは、サービスの参加者が利用するスマートフォン(スマホ)や車に搭載されたデバイスがセンサとなり、データの収集を担うこと。阿部教授らは、市民の参加を募り、スマホで街の環境音を集めることにより、にぎわい創出などの観光政策や防災、防犯など、社会課題の解決に役立てようとしている。

阿部 匡伸

ABE Masanobu

岡山大学工学部副学部長 教授
1984年早大修士。同年日本電信電話公社入社。NTTサイバーソリューション研究所プロジェクトマネージャを経て、2010年より岡山大学大学院自然科学研究科教授。博士(工学)。

曽根原 登

SONEHARA Noboru

国立情報学研究所 情報社会相関研究系 教授・主幹/総合研究大学院大学 複合科学研究科 教授

政策立案に市民の力を

阿部 たとえば、住宅の広告に「閑静な住宅街」と書かれていたとして、それがどの程度の静けさなのか、定量的に示されることはありません。住んでみたら時間帯によってはうるさかったなどということはよくあります。あるいは、宿泊したホテルの壁が薄くて、隣室のシャワーの音や話し声まで聞こえるということもある。街並みの視覚情報なら、Googleストリートビューなどである程度確認できますが、音の情報は意外に少ない、というのが出発点です。

曽根原 現在、私は地域の観光や防災などの政策立案に関わることが多いのですが、その中で音の情報を活用したいという声が挙がっています。宮城県大崎市は東日本大震災で地震による被害の大きかった地域ですが、復興が進み、にぎわいが戻りつつあります。その街のにぎわいを実感してもらうために、市ではにぎわいマップをつくりたいという。観光で訪れるにしても、どこがにぎわっているのか、どの店が繁盛しているのか、事前に知りたいですよね。そうした音の情報を収集できないかと、音声処理の研究者として、ライフログや地域の見守りシステムなども手掛けてこられた阿部先生に声をかけたのです。─その環境音の収集に、スマホを活用されているのですね。

阿部 スマホを使い、大勢の人に参加してもらうことで、月に1度といった定点観測ではなく、時間的にも空間的にもまんべんなく情報を収集できます。従来の計測方法とは、"解像度"がまるで違うのです。

曽根原 しかも、クラウドソーシングというのは、観光開発に馴染む手法です。たとえば、どういうわけかタイの人だけが訪れる日本の観光スポットがあるのですが、日本を訪れたタイ人観光客がTwitterなどのSNSに投稿するうちに人気になったという。このようにクラウドソーシングは観光スポットの発掘にも有効です。Facebookの「いいね!」ボタンのように、「綺麗だね」「静かだね」「汚いね」といった多様な情報が収集できれば、訪れた人の心象を反映した観光マップを簡単につくることもできるでしょう。

 同様に、こうした市民の力は、政策立案にも活用できる。たとえば、「道が汚れている」、「橋の欄干が破損している」といった市民の声をクラウドソーシングで吸い上げることができれば、行政サービスの優先順位をつけるのに役立ちます。しかも、従来のように勘と経験に頼るのではなく、科学的な根拠データに基づいて対応できる。このようなITなどのテクノロジーを活用した市民参加型の政策決定を「シビックテック」と言いますが、地方財政がひっ迫する今、財政圧縮の切り札として期待されています。その情報の一つに環境音を加え、定量的に示すことができれば、騒音対策や街の活性化、見守り、安心安全、防災など、さまざまな場面で役立てることができるでしょう。

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受動参加と能動参加

─具体的には、どのようにして収集されるのですか?

阿部 環境音の収集には二種類あって、一つは音の大きさ(デシベル)をセンシングします。ユーザーがスマホのアプリ、たとえばTwitterやLineを利用している間に、バックグラウンドで我々の開発したアプリが自動的に周囲の音の大きさを計測し、時間と場所とともにアップします。その際、プライバシーに配慮して、会話の内容や何の音であるかといった情報は集めません。もう一つは、音の収集です。川のせせらぎや蟬の鳴き声など、参加者に印象に残った環境音をアップしてもらい、環境音データベースを構築しようとしています。受動的な参加と能動的な参加の両方を備えているわけです。

 能動的な参加で集める収集音に関しては、雑音度や混雑度など、5段階の主観評価ボタンを用意しました。そうすることで、同レベルの音であっても、時間帯や場所で感じ方が違うことがわかる。音というのは、人間の心身に少なからず影響を与えるものです。本人は不快だとは思っていなくても、騒音に晒されているうちに体調を崩すといったこともあります。主観評価を含めた騒音マップを作成すれば、健康管理に役立てることができるかもしれません。

 すでに岡山市の中心街で試作アプリを使って実験的に収集を始めていますが、4~5人の収集結果を見ても、昼の12時と夕方6時では、環境音の大きさが場所によって大きく異なることが明らかになりました。夕方になると繁華街がにぎわい出すのが一目でわかります。

データの保護と活用のメリット

─クラウドソーシングでは、データの信頼性の担保が課題となっています。

阿部 そこにこそ、クラウドセンシングが役立つと思っています。単なる書き込みではなく、物理的な音や位置情報を重ね合わせることで、実際にその場にいたことの証拠となり、情報の信頼性を高めることができます。

曽根原 もちろんプライバシーへの配慮は欠かせません。プライバシーに配慮しつつ、データの価値をいかに高めていけるかが課題です。地域振興や防災に役立つというメリットが明確になれば、市民の協力も得られるのではないでしょうか。割引したり、ポイントを付加したりするなどのインセンティブにより参加を促すこともできるでしょう。

阿部 ビッグデータというと量に着目されがちですが、じつは情報の多様性にこそ価値の源泉があるのです。さまざまなデータの重ね合わせで、思いがけない価値が生まれる。しかも、クラウドソーシング、クラウドセンシングでは、計算機にできないことを人間の力で補塡し、多様な情報収集を可能にするという意味で、非常に有用な手法だと思います。

曽根原 こういう研究をアカデミックじゃないという人もいますが、私たちの試みは生のデータで社会課題を解決するためのプラットフォームを提示することにあります。今後はますます、社会の要請に応えることが、我々の大きな役割になっていく。その際に、市民の力は一つの重要な柱になっていくでしょう。

(構成=田井中麻都佳 写真=小山一芳)

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