Dec. 2018No.82

オープンアクセスへの道これからの学術情報流通システムを考える

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学術誌をアカデミアの手に取り戻す

オープンアクセスの最新動向と岐路に立つ日本

 「インターネットで論文にアクセスしたら値札がついていて読めなかった」、「自分が投稿した論文なのに読むことができない」、「学術誌が高すぎて購読契約ができないと所属機関から聞いた」。
 こうしたことは、研究者であれば誰しも一度ならずも経験したことがあるのではないでしょうか。出版に一定のコストがかかるのは致し方ないとしても、インターネットがありコンテンツをオープンに瞬時に流通させることができる時代にあって、学術情報をもっと自由に流通させたいというのは多くの研究者の願いでしょう。
 この課題の解決のために進められている「オープンアクセス」について、各国の動きや手法、対策を紹介します。

船守 美穂

Miho Funamori

国立情報学研究所 情報社会相関研究系 准教授

論文の前に立ちはだかる「有料の壁(paywall)」

 学術誌は過去数十年間値上がりし続け、30年前に比べると6倍以上となっています。その価格上昇率は年7~8%です。

 ハーバード大学などの最も裕福な大学ですら、必要な学術誌を全ては買えないという事態が発生しています。さらに、電子ジャーナルへの移行とともに、「ビッグディール」と呼ばれる、出版社ごとのパッケージ契約が主流となり、契約が打ち止めになったときのダメージは甚大です(図1)。

 例えば、最大手のエルゼビア社であればパッケージ契約で購読可能な雑誌は2000誌以上で、これを解約して、同額で雑誌ごとの購読契約に切り替えると、数百誌程度しか読めなくなります。しかも学術誌の価格は毎年上昇するので、予算が据え置きの場合、購読できる雑誌数は毎年減ります。

 学術誌の価格が上昇し続けるのは、世界各国における論文生産の拡大などが背景にあると言われていますが、それ以上に問題視されているのは、学術出版を担う商業出版社のビジネスモデルです。学術誌は価格が高くても他の雑誌で代替できないため、市場原理が働かず、商業出版社が自由に値付けできます。その一方で、現在、世界の三大出版社[1]の利益率はいずれも30~ 40%もあります。

 学術出版の場合、研究者は無償で論文を執筆し、編集や査読も無償で行います。しかも最近はデジタル化が進んでいるので、学術誌の印刷や流通コストは低減しています。学術機関が購読料を負担しきれない事態が発生している状況において、このアンバランスな状態には疑問を呈さざるを得ません。

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学術論文をオープンアクセスにすることで解決する

pic_niitoday_82-4_3.png 学術論文をアカデミアの手に取り戻すために、1990 年代から何度となく商業出版社への抵抗運動が起きてきました(図2)。

 インターネット黎明期の1994 年、インターネット上でオープンに学術論文を公開することで現行の学術出版システムを覆そうとS. ハーナド氏が提案しました。2001年には「学術出版社への公開質問状」に3万4000人が署名をしています。また最近ではケンブリッジ大学数学者のT. ガウアーズ教授がエルゼビア社の出版する雑誌への論文の発表、査読、編集業務をしないというボイコットを、"Cost of Knowledge(知識の代償)" というウェブサイトで呼びかけ、1万7000 人の署名を集めました。

 2002年ブダペストにて、学術論文をインターネット上で公開し、オープンアクセス(OA)にすることで学術誌の価格高騰問題を解決しようということが確認されました(ブダペストOA イニシアティブ)。またOAの方法として、グリーンOAとゴールドOAの二つが定義されました。

 グリーンOAは、論文の著者最終稿を機関リポジトリなどオンラインのデータベースで公開します。なお、印刷版は出版社に著作権があるため流通させることができません。ゴールドOAは、論文が出版されると同時にOAで提供される「OA雑誌」を新たに創設します。OA雑誌の場合、購読料は得られないので、出版にかかるコストは著者からの論文掲載料(APC)で賄います。

 このような努力の結果、現在、論文の約半数がOA で公開されています。しかしグリーンOAはその手間からなかなか進まず、論文全体の1割未満にとどまっています。またゴールドOA によって創設されたOA雑誌の多くは、既存の権威ある雑誌に取って代わることができていません。代わりに、部分的にOAで論文を公開するハイブリッド雑誌の出現を招いてしまいました。

 研究者が既存の権威ある雑誌への投稿を望むことから、商業出版社がこれら雑誌について論文単位でOAとするオプションを提供するようになったのです。

購読料と論文掲載料の二重取り問題に対処する

 ハイブリッド雑誌は、研究者からの論文掲載料と大学図書館などからの購読料の、二重の利益を商業出版社にもたらします。論文が部分的にしかOAとなっていないため、機関は購読契約を取りやめることができません。しかも購読料と論文掲載料はそれぞれ、大学図書館と研究者により別々の財源で負担されているため全体の把握が難しく、一機関内においても、かかる費用のコントロールが効きません。さらに悪いことに、ハイブリッド雑誌の論文掲載料は、ゴールドOAによる完全OA雑誌に比べて一般に2倍くらい高く、大学図書館の財政を圧迫しています。

 ハイブリッド雑誌が完全にOAとなれば、購読料は不要です。このため、Publish and Read モデル(PAR)と呼ばれる契約を通じて、主要な学術誌の大部分を徐々にOAとする方法が提案されています。PAR契約では、機関が自機関研究者が執筆する論文の掲載料と、雑誌内の非OA 論文の購読料を負担します。論文掲載料は機関が負担していた購読料により振り替えます。

 世界の主要学術機関がPAR契約をすれば、非OA論文はほぼなくなり、従って購読料も不要となることが期待されています。このように、冊子体時代の購読料ベースの学術出版から、デジタル時代の論文掲載料ベースのOA学術出版に転換することを「フリッピング」と呼びます。

 2020年までに主要な学術誌をOAに転換するという目標をマックスプランク研究所が呼びかけ(OA2020)、世界の100以上の機関が関心を表明しています。ドイツやスウェーデンはエルゼビア社にPAR契約を求め、交渉決裂し、現在多くの機関が同社の雑誌へのアクセスを閉ざしています。英仏を含む欧州11の研究助成機関は2018年9月、自身が助成した研究プロジェクトにより生み出された学術論文について2020年以降、完全にOAであることを要求する「プランS」を発表しました。

 このプランには、ハイブリッド雑誌によるOA出版は認めないと明記されています。このように、商業出版社との対決姿勢が世界的に強まっているのです。

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日本のOAへの対応と課題

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 学術誌のOA化の必要性に対する日本の研究者や大学執行部の意識は高いとは言えません。1985年のプラザ合意以降の円高の進行が世界の学術誌価格高騰を相殺し、その後は電子化によりアクセス可能な学術誌数が飛躍的に拡大したことなどがその背景にあるとされます。近年の景気低迷や円安の進行により、学術誌の購読契約を取りやめる大学が出てきていますが、この学術誌の価格問題をOAにより解決するという理解は一般には浸透していません。

 またOA2020やPAR契約については、非現実的な手法であると認識されることが多いようです。

 しかし、そもそも学術論文とは、研究者が自身の研究コミュニティと研究を共有するために書き、発信するものです。研究者同士が論文を共有できない状況を変えていかなければなりません。

 日本の大学等が、現在、国外学術誌の購読に費やしている総額は約350億円(図4)。これを全て論文掲載料に振り替え、全論文をOA化するというモデルが世界的に検討されつつあります。学術論文をいかに流通させるかはアカデミアの手にあるのです。

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