Dec. 2018No.82

オープンアクセスへの道これからの学術情報流通システムを考える

Interview

どうなる、どうする、 明日の学術情報システム

持続可能性の鍵としてのオープンアクセス

 この数年、オープンアクセス(OA)をめぐる動きが急だ。かつては絵に描いた餠と言われていた既存誌のOA化が進む一方、欧州諸国は国家戦略としての取り組みを強める。何がどう変わろうとしているのか、それに対して日本はどう備えておく必要があるのか。OAに長く取り組み、急増する論文に対応するためにもOAが不可欠という国立情報学研究所の安達淳副所長にその意味と今後の課題を聞いた。

安達 淳

Jun Adachi

国立情報学研究所 副所長/特任教授

辻 篤子

聞き手Koichi Ojiro

名古屋大学国際機構特任教授。1976年東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業、79年朝日新聞社入社、科学部、アメリカ総局、論説委員などを歴任、科学技術、医療を中心に担当。
2016年10月より現職。名大ホームページでコラム「名大ウオッチ」を連載中。

誰がお金を負担するのか

 OAをめぐって、さまざまな動きがあるようです。どう見ればいいのでしょうか。

安達 学術誌は従来、購読料を払って読んでいたわけですが、その高騰を背景に、無料で読めるかわりに2000ユーロ(約26万円)を平均とする論文掲載料(APC) がかかるOA誌が登場しました。その結果、コストは誰がどう負担するのか、妥当な値段はいくらか、という論点が浮かび上がってきました。そこをめぐって、新たな試みが出てきたり、欧州などでは国レベルで出版社と対決したり、といった動きになっています。

 OAの問題とは基本的に、このカネの問題なのです。ですから実にシビアな交渉が繰り広げられています。この数年で流れは大きく変わっており、これからどうなるのか、目が離せません。

 論文をオープンにするという理念とは別の側面ですね。

安達 はい。国としてOA化を進めようとしているドイツで、こんな試算があります。世界全体で1年に200万本の論文が発表されており、購読料から論文1本当たりの単価を計算すると50.2万円、ところが、OAモデルだと28.4万円ですむ。つまり45%安くなるわけです。5万本の論文を書いている日本は251億円が142億円ですむはずで、100億円以上余計に支払っていることになります。

 一方、学術出版は世界全体で1兆円規模のビジネスで、エルゼビア、シュプリンガー・ネイチャー、ワイリーの大手3社で50~60%を占めています。論文数では40%くらいですから、割高なわけです。それだけ利益率も大きく、例えばエルゼビアでは40%にもなります。ドイツやイギリスなどはこの数年、もっとリーズナブルにせよと強い姿勢で交渉に臨んでいます。それが減れば、別のことにそのお金を使えますから。

 OAを進めたいゆえんですね。

安達 負担が減るだけではなくて、そうしないと増え続ける論文に対応できません。そのうえで、各国が研究者の数に応じて、いわば分相応に負担する、というようにガラリとやり方を変える必要があると思っています。現状では、研究者が少ない国は他の国の論文を読むためだけに高いお金を支払うことになり、こんなことは続けられないというのが先進国の関係者の共通認識です。

 国内でも、東大のようにたくさん論文を書く大学がある一方で、小さな大学はもっぱら読むためだけにお金を支払っています。例えばネイチャー誌で言えば、自分の大学からの論文がまず載ることのないような小さな大学も購読しているのです。

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高エネルギー物理学分野がOA化を牽引

 OA化への試みも進んでいますか。

安達 現状のOA 誌は新たに作ったものが中心ですが、既存の重要誌を変えようという活動の嚆矢がCOAP3(Sponsoring Consortium for Open Access Publishing in Particle Physics)です。高エネルギー物理学分野を対象に、欧州原子核研究機構(CERN)の呼びかけで始まりました。当初は賛同する国が少なく難渋しましたが、米国が参加を決め日本も加わるなどして、2011年頃から本格化しました。

 入札で雑誌ごとの値段を決め、各国が自国の論文著者の比率に即して総額を分担し、その分、出版社は機関ごとの購読料を減らします。その減った分をCERNに集めて出版社にまとめて支払うので、各国とも新たにお金を用意しなくてもいいというのがミソです。 

 ただ、理念に賛同して拠出分を出すかどうかは各大学に委ねられており、積極的な米国に比べると、残念ながら日本はフリーライダーが多く大変まずい状況です。

 日本の雑誌としては物理学会が刊行するPTEP(Progress of Theoretical and Experimental Physics)が入っていて、ダウンロード数が数倍に増え、引用数も増えるという結果も出ています。

 SCOAP3は今後さらに、対象雑誌を広げていこうとしているところです。

 プレプリントサーバー(PPS)が始まったのも高エネルギー物理学分野でした。学術情報関係で先進的な試みが続きますね。

安達 彼らは、巨費を投じた大がかりな実験を行うために、ITをフルに活用して学術インフラを築こうという気持ちが強いと思います。WWW(World Wide Web)もCERNで始まったと言われると、情報分野の人間としては辛いものがありますが、彼らは我々を鍛えてくれる潜在的な競争相手だと思っています。

 査読前の論文を公開するPPS は1991年に米国のロスアラモス国立研究所で始まり、OAの先駆けとなりましたが、連綿と続いて現在はコーネル大学に移ってアーカイブ(arXiv.org)となり、物理学全般からコンピュータ科学、数学、経済学分野にまで広がっています。最近では、グーグルがAIの研究成果を投稿して注目されています。生物学分野などでも同様の動きがあります。

 これらの試みが広がれば、論文を取り巻く状況は大きく変わりそうですね。

安達 注意しなければならないのは、論文はピアレビュー(査読)によって支えられ、評価にもつながっていることです。ピアレビューのやり方に悪影響を与えないように注意深く進める必要があります。PPSと査読付きの雑誌との間にある緊張関係が研究者の評価やピアレビューにどう影響するかにも注目しています。

 物理学では、博士号の審査の際には査読付きの雑誌に投稿するなど使い分けが成立しているようですが、未来永劫そのままかどうかはわかりません。研究者は案外保守的で、専門性を持った仲間うちでのチェックシステムは残るのでは、と思っていますが......。

意識の変革が求められる日本

 こうした動きに対し、国内の対応はどうでしょうか。

安達 研究者の関心は必ずしも高くありません。日本では、大学図書館が頑張って雑誌を買い続けてきたので、キャンパスにいれば空気のように論文が読めます。誰がお金を支払っているかを考えることなく、「実質的にOAは実現されている」、あるいは「雑誌が電子化されたらタダ同然」などという人もいますが、ピアレビューのシステムを運用するコストは必要なのです。

 もう一つ心配しているのは、OA化が一気に進む可能性があることです。そうなれば、有無を言わさず日本の大学にも適用されます。つまり、とたんに論文掲載料が必要になります。研究助成機関や大学が支払う仕組みを作っておかないと、若い研究者は困ります。論文を書くインセンティブが下がり、海外から研究者が日本に来なくなる恐れもあります。ドイツなどではきちんとサポートする仕組みができています。

 重要なことは、研究者が自由な発想で自分の研究に専念できるための、研究インフラとしての学術情報システムの構築です。増え続ける論文という素材をうまく集めて活用する仕組みです。OA化したらおしまい、というわけでは決してないのです。

インタビュアーからのひとこと

学術情報をめぐって起きている世界のダイナミックな動きに思わず引き込まれた。ともすれば難解な構図の理解を、この分野の先達ならではの「OAとはカネ」という補助線が助けてくれた。つまりそこは、高邁な理念と、現実的な計算とが交錯する世界だ。オープン化の前に電子化、さらに英語化もあって日本の課題は山積みだが、明日の研究を支えるより良い学術情報インフラをどのよ うに築いていくのか。待ったなしの課題だと思う。

(写真= 佐藤祐介)

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