Dec. 2018No.82

オープンアクセスへの道これからの学術情報流通システムを考える

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オープンアクセス普及のカギを握るさまざまな取り組み

グリーンOA、ゴールドOAは学術誌を救うか

 1980年代以降、学術誌の価格高騰を受けて、大学図書館で購読できる学術誌の数が減ってきた。この状況を変えたのが、2000年代から広がってきた電子ジャーナルの存在だ。複数の学術誌を一括で契約するパッケージ契約や、大学図書館がコンソーシアムを組んで出版社と集団交渉を始めたことで、大学で読める学術誌は大幅に増加。しかし、その後も電子ジャーナルの価格上昇は続く。
 こうした状況を打破しようと登場した「ゴールドOA」や機関リポジトリを通じた「グリーンOA」、プレプリントサーバーなどの取り組み、さらには機関リポジトリの新たな役割と課題、今後の展望について語ってもらった。

市古 みどり

Midori Ichiko

慶應義塾大学信濃町(医学)、理工学および日吉メディアセンター事務長を経て現職。
2017年4月から、JUSTICE 運営委員会委員長。国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC Japan)運営委員会委員。

尾城 孝一

Koichi Ojiro

国立情報学研究所 オープンサイエンス基盤研究センター 特任研究員

――いま電子ジャーナルに起きている問題について教えてください。

尾城 電子ジャーナル問題を理解するには、まず学術誌(ジャーナル)の歴史をさかのぼる必要があります。1665年に世界初の学術誌が創刊されましたが、それから第2次世界大戦までは、学術誌の出版元は専ら学会でした。戦後、科学研究に投入される国家予算が膨らみ、学術論文の数も急速に増えました。このため、学会が出版する学術誌だけでは全ての論文を出版できなくなり、そこに目をつけた出版社が学術出版ビジネスに乗り出した結果、新たな学術誌がどんどん創刊され、さらに学会が出版していた学術誌を買収する形で市場を独占していきました。

 研究者にとって、学術誌は代替がきかない商品です。「Nature(ネイチャー)」「Science(サイエンス)」にはそれぞれ異なる論文が載っているので、どちらかを購読すればよいという選択はありえません。必要があれば両方とも購読しなければならないのです。さらに出版社は論文の著者から著作権の譲渡を受けており、出版社は自由に学術誌を値付けできます。

 この結果、1980年代には学術誌はどんどん値上がりを続け、大学図書館の予算が追いつかず、購読できる学術誌の数がどんどん減りました。「シリアルズ・クライシス」、いわゆる「学術誌の危機」と呼ばれる世界的な現象です。

 日本でも1990年をピークに、大学で読める学術誌の数が大幅に減りました。その一方、2000年くらいから広がってきたのが、学術誌を紙媒体ではなく、電子的に配信する電子ジャーナルです。電子ジャーナルの契約モデルは「ビッグディール」と呼ばれるパッケージ契約が主流で、一つの契約で多くの種類の電子ジャーナルを購読できます。

 この電子ジャーナルの普及と軌を一にして、世界の各地域で大学図書館が広域のコンソーシアムを作り、出版社と集団交渉を始めるようになりました。日本では2000年に国立大学図書館協会のコンソーシアムができ、その後、2006年に私立大学と公立大学によるコンソーシアムができました。この二つが2011年に統合して大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)が生まれました。

 コンソーシアムによる交渉とビッグディールという特殊な契約方式により、大学で読める学術誌のタイトル数は2000年以降、大幅に増加しました。平均すると1大学あたり6000を超える学術誌にアクセスできる状況です。また、大学の規模による情報格差も縮まりました。シリアルズ・クライシスは、電子ジャーナルの登場とコンソーシアムによる新たな契約で、一旦は回避されたと言えます。

 ですが、その後も電子ジャーナルの価格は、毎年4~5%ほどのペースで上がりが続けています。世間では「電子ジャーナルの高騰」と言われますが、高騰かどうかは別として値上がりが続いているのは間違いありません。購読料の交渉は、論文の著作権を持つ出版社側が主導権を握っているので、大学側としてはどうにもできない面があります。値上げ率を少しでも抑えることくらいしかできません。

 このような状況は大学の財政にダメージを与えています。パッケージ契約を維持できなくなれば、以前のような個別のジャーナルごとの契約に戻らざるを得ません。インパクトファクターの低い、あるいは利用率の低いジャーナルから購読を止めることになるでしょう。

 そうなると、読めるジャーナルの数は一気に減ります。このまま行けば、第2次シリアルズ・クライシスが起こるのではないか、という危機感が強まっています。

世界各国のオープンアクセスへの動き

――なぜ電子ジャーナルが継続して値上がりしているのですか。

尾城 出版社側は値上げの理由として、論文の掲載数が毎年3~4%ずつ増えている点を挙げています。また、少数の商業出版社による市場の独占も、値上げの原因の一つとして指摘されています。

――論文の数は確かに増えているのでしょうか。

尾城 増えています。特に中国やインドの論文数が大幅に伸びています。アメリカも伸び続け、ヨーロッパ諸国は少しずつ増え続けていて、その中で日本だけが少しずつ減っている状況です。論文数が増えているのと同じくらいの割合で、雑誌の種類も毎年増えています。

――この迫りつつある二度目の危機に、国内外の大学はどのよう対応していますか。

市古 実は今、電子ジャーナルの契約モデルについて世界で大きな動きが始まっています。「購読」ではなく「編集・出版」にお金を払うモデルです。現在、商業出版社の利益率は40%ほどとされています。こうした高利益率の購読サービスにお金を出すのではなく、編集や査読依頼などの出版業務の委託にお金を向けていこうという流れが世界的に広がってきています。この場合、誰でも広く論文が読めるオープンアクセス(OA)方式で配信します。著者や出典を適切に表示すれば、論文の無制限の再利用も可能です。2020年までに主要な学術誌をOAにすることを目標に、ドイツのマックスプランク研究所のデジタル図書館がリードして世界に広げています。

 現在、著者が学術誌に掲載される論文をOAにするには、出版社に論文掲載料(APC)を支払う必要があります。図書館は購読料を支払い、著者はAPCを支払うので出版社の二重取りの疑念が残ります。全ての論文がOAになっているゴールドOA誌も増えています。JUSTICEが2016年の出版関連データを調べたところ、研究者が支払ったAPCの総額は、数十億円にも上ると推計しています。この費用の多くは研究費や大学からの補助で賄われています。これまで図書館側は、研究者がこれだけの金額をOAのために払っていることに気づきませんでした。研究者は論文を広く流通させたいので、自分の研究費からOAの費用を拠出していました。

 現状を明らかにし、購読料をAPCに置き換えることで、研究者、出版社双方が納得のいく適正な価格になるとみています。

――世界の先進諸国は、この問題にどう対処していますか。

市古 ドイツは、図書館だけではなく大学のディレクターまで含めた強力なチームを作って、大手のエルゼビア社などと交渉しています。

尾城 ドイツも含め、欧州は完全OAの実現に向けて動いています。英国や米国にどう対抗するかという観点もありますが、中国の動きに先んじたいとの思惑もありそうです。

市古 米国の場合、カリフォルニア大学がマックスプランク研究所と同様に、OAに向けたメッセージを強く発しています。  ただ、中国の動きはまったく読めませんね。「Nature」に論文が載ると高額のインセンティブが支払われるという噂も聞きますが......。

尾城 中国が動くと世の中ががらっと変わってしまうかもしれません。日本は、世界の動きをにらみつつ慎重に道を探っている状況と言えるでしょう。

物理学や数学、AI分野のインフラとなりつつあるプレプリントサーバー

――OA運動として他に、コーネル大学が運用する「arXiv.org(アーカイブ)」などの論文速報サイト(プレプリントサーバー)がありますね。

市古 arXiv.orgでは、物理学や数学、コンピュータ科学、ディープラーニングなどの人工知能(AI)などの分野で盛んに情報交換が行われており、これらの分野ではもはや必要不可欠な存在となっています。Natureが新たなAI学術誌の立ち上げを表明した際、AIの研究者は「我々は投稿しない」とボイコットを表明したことがありました。arXiv.orgがあれば、学術誌はいらないということですね。

――あれは大変面白い動きでしたね。

尾城 あとプレプリントの利用が増えているのは生物分野ですね。「bioRXiv(バイオアーカイブ)」が急成長しています。

――あまり表だって言える話ではないかもしれませんが、本来は有料の電子ジャーナルをタダで公開している海賊版論文サイト「Sci-Hub」などの動きはどう見ていますか。

市古 海賊版サイトを使うことの倫理的な是非は別として、研究者が海賊版サイトを使うことに慣れている現状があるのは確かです。OAの未来を見せてくれたようなものですから。

尾城 ただ、有料購読にせよOAにせよ、学術出版には絶対にコストが掛かります。Sci-Hubは商業出版に寄生した存在で、コスト負担を全く考えていません。宿主が死ぬと寄生生物も死ぬように、持続性がある仕組みではないでしょう。

市古 OA運動の結果として全ての論文が閲覧可能になれば、海賊版サイトは要らなくなりますね。

グリーンOA、ゴールドOAとは

――大学や研究所ごとに論文を集めた機関リポジトリも大きな役割を担っています。

尾城 日本初の機関リポジトリと言われているのは、千葉大学の「学術成果リポジトリ」です。2005年に正式に運用を始めたもので、実は私も千葉大学の図書館で立ち上げに関わりました。

 その少し前に、OA運動が世界で始まりました。2002年にブダペストでOA推進の宣言が採択され、そこで「グリーンOA」と「ゴールドOA」という二つのOA方式が提唱されました。グリーンOAは、研究者自身が、自らのホームページや、リポジトリと呼ばれるインターネット上の電子アーカイブに自著論文を掲載する「セルフ・アーカイブ」によってOAを実現する方式です。機関リポジトリもグリーンOAの受け皿の一つとなります。一方、ゴールドOAは、学術誌自体をインターネット経由で誰もが無料で読めるようにする方式です。

 グリーンOAは大学図書館などが主体的に進めることができます。機関リポジトリのサーバーを立ち上げ、大学に所属する研究者にOA版の論文を登録してもらう。この活動が広まれば、いずれは高い電子ジャーナルを購読しなくても、誰でも論文を読めるようになる。そんな世界を実現したいとの思いから、千葉大学で機関リポジトリを立ち上げました。

 その後、NIIによる支援活動もあり、日本で800ほどの機関リポジトリが立ち上がりました。恐らく世界で一番多い数です。ただ、機関リポジトリに登録される論文の数はまだまだ少ない。この点は想定通りに進んでいるとは言えない状況です。

――なぜ登録論文が少ないのですか。

尾城 理由は二つあります。一つは、論文の著作権を持つ出版社による制限です。多くの出版社は、出版社のサイトで公開される公式なバージョンを機関リポジトリに登録することを認めていません。機関リポジトリに登録できるのは、著者の手元にある査読後の最終稿です。また、登録の時期についても、「出版の6カ後ないし1年後であれば、登録してもよい」といった制限を課しています。

 もう一つの理由としては、研究者にとって機関リポジトリに論文を登録するインセンティブが乏しい点があります。研究者は有名な雑誌に採択されて出版されれば満足で、その後にわざわざ手持ちの最終稿を探して機関リポジトリに登録することにメリットを感じてくれない。そこが問題ですね。

大学の紀要や学位論文などは機関リポジトリを通じ、世の中に広く流通するようになってきました。ただ、本来の学術論文のOA化には期待されていたほど貢献できていないのが現状です。

市古 もちろん、進んでいる大学もあります。例えばマサチューセッツ工科大学(MIT)では多くの論文が機関リポジトリに登録されています。研究者が簡便に登録できる仕組みがあると聞きます。

尾城 MITのようにいくつかの大学はがんばっていますが、まだ散発的という印象ですね。

機関リポジトリの新たな役割

――そこを打開し、グリーンOAを本格的に普及させる方策はありますか。

pic_niitoday_82-3_3.jpg尾城 世界で機関リポジトリは3000以上あると言われています。これらをネットワークで結び、一種のインフラとして活用する構想が持ち上がっています。商業出版社の電子ジャーナルとは全く別の、オープンな学術論文の流通プラットフォームを作ろうという試みです。

 これまで機関リポジトリと言えば、査読後の論文を載せるのが一般的でした。そうではなく査読前のプレプリントを掲載し、さらに査読や編集など質を保証する仕組みを機関リポジトリのネットワーク上に組み込むことで、これまで商業学術誌が担ってきた機能を代替できるシステムを構築するという構想です。

――それはarXivのようなイメージでしょうか。

尾城 まさに、arXivに査読の機能などをプラスしたようなシステムですね。

市古 査読の形も昔とは変わってきていますね。

尾城 そうですね。いったん出版した後に査読する「ポストパブリケーションピアレビュー」や、複数の研究者がオープンに査読する「オープンピアレビュー」などの試みが始まっています。大事なことは、商業学術誌に頼らずに、学術コミュニティが独自に論文の出版、流通、質の保証ができる代替手段を持つことです。それは、出版社との交渉でカードの一つとしても使えますから。「これまでのような値上げを続けるなら、我々はもうあなた方の学術誌システムは使いません」と言うこともできるわけです。今まではこうした代替手段がなかったので、交渉の主導権を握ることができなかったのです。

 こうした構想を実現するための標準的な機能要件や技術要件をとりまとめようという動きも進んでいます。

――学術界の共通インフラとして情報システムを構築するようなイメージでしょうか。

尾城 まさにそんな感じです。

商業出版社の抵抗策

尾城 ところで、コーネル大のarXivについて懸念しているのは、商業出版社に買収されるのではないかということです。  実はそのようなことがすでに起こっています。SSRNという社会科学系で最も有名なプレプリントサーバーを、2016年にエルゼビアが買収したのです。その後、SSRNは社会科学だけでなく他の分野のプレプリントサーバーとしても使われるようになっています。

――出版社はプレプリントサーバーを買収した後、どのように利益を上げるビジネスモデルを考えているのでしょうか。

尾城 まずプレプリントを集めておいて、優れた論文は査読に回した後に、自社の有料電子ジャーナルに掲載する、といったことを考えているのではないでしょうか。

市古 ヒントになる取り組みとして、エルゼビアには「ミラージャーナル」と呼ばれる学術誌発行の仕組みがあります。編集者もレビュアーも同じですが、一つは通常の商業学術誌、もう一つはOA版の論文を載せた学術誌という、二つのバージョンを発行するものです。それにより、エルゼビアは「購読費とAPCの二重取り」という批判を回避できます。

OAに向けたNIIの取り組みと課題

――機関リポジトリの新たな可能性として、NIIはOAの問題にどのような貢献をしていきますか。

尾城 私が所属するオープンサイエンス基盤研究センターで、新しいリポジトリのソフトウエア「WEKO3」を開発しています。そこに新たな学術出版システムを実現するための機能や技術を実装していく予定です。WEKO3は、クラウド型の機関リポジトリシステムである「JAIRO Cloud」に搭載されます。JAIRO Cloudと日本では科学技術振興機構(JST)が運用している電子ジャーナルの出版プラットフォームである「J-STAGE」をうまく合体させると、日本発のこれまでにない新たなオープンアクセス学術出版プラットフォームが生まれる可能性があります。

――出版社の機能をITで代替するシステムと言えそうですね。

尾城 そうです。ただ論文の質を保証する仕組みをどう構築するかが最大の課題です。優秀な編集者を育成することと、優秀な査読者のリストを維持することは、学術界に対して出版社がしてきた一番大きな貢献で、そこは評価すべきです。出版社に頼らずに、学術コミュニティが質保証のシステムを作れるかどうかが問われます。

 もう一点、SNS的なコミュニケーション機能も重要になりそうです。単に論文を載せておくだけのサーバーでは、研究者は積極的に使ってくれません。

市古 研究者のモチベーションを喚起する点で、例えば研究者向けSNS「ResearchGate(リサーチゲート)」はよくできていますね。自分の論文が引用されればすぐに分かる。研究者にとって大変うれしいものです。

尾城 先頃公開された次世代リポジトリの機能要件には、SNSを意識した機能も取り入れています。

市古 やはり研究者にとってのインセンティブをしっかり考える必要がありますね。やる気が出る、うれしい、手間がかからない、そんな基盤が求められています。

(取材・文=浅川直輝〈日経×TECH/日経コンピュータ副編集長〉/写真撮影=佐藤祐介)

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