Dec. 2017No.78

ネットワーク解析で世界を読み解くERATO「河原林巨大グラフプロジェクト」

Interview

情報科学で明らかにする 生物のダイナミクスとネットワーク

アリの動きから、生命に共通するダイナミクスのパターンを探りたい

「河原林巨大グラフプロジェクト」では、現実世界における人間の活動や生物の社会などの複雑ネットワークも研究対象としてきた。複雑ネットワーク・地図グラフグループの阿部真人特任研究員が研究対象としているのは、アリの動き(ダイナミクス)だ。働きアリの活動を動画とコンピュータ解析による自動追尾システムで調べ、卵や幼虫を世話するアリが働きづめとなることを突き止めたほか、オスとメスが効率的に出会うための動きのパターンなどを探った。生物のダイナミクスを探ることで、生命に共通する力学や構造に迫ろうとするユニークな取り組みを紹介する。

阿部 真人

Masato Abe

国立情報学研究所 ビッグデータ数理国際研究センター JST ERATO「河原林巨大グラフプロジェクト」 複雑ネットワーク・地図グラフグループ 特任研究員
*肩書は取材時

関係性を定量的に理解する

 阿部真人特任研究員は、数学的な手法を使って生物集団のネットワークや動きを理解する研究を行っている。生物に興味はあるものの分子生物学にはピンとこなかった阿部特任研究員にとって、数理モデルを使って生態系の多様さや関係性を定量化する数理生物学や、進化のダイナミクスをシミュレーションしたりする進化生態学の手法は、とてもしっくりきたという。

 観察対象は社会性昆虫であるトゲオオハリアリ。沖縄に生息する1cm程度の大型アリで、コロニーの規模は数十から数百個体程度と扱いやすい。巣の構成員はみな同じくらいの大きさと形だが、順位争いで勝ったアリが繁殖権を得て女王となり、それ以外は働きアリとなる。働きアリは若いうちは卵をケアしたり幼虫に餌を与えたりするナーシングを行うが、加齢が進むと外に出て餌を取ってくる係になる。

 阿部研究員らは観察したデータをネットワーク科学の手法で解析し、働きアリの中の序列関係を明らかにした。いわば中間管理職的な立場のアリがいるのだ。このような関係性は一個体だけを観察していても見いだすことはできない。個体と個体の関係性から、集団全体のパターンを理解できるのがネットワーク科学の魅力だ。

1対1の出会いにも効率的な移動の法則が

 動物の特徴は「移動することにある」と阿部特任研究員は語る。いつどこにいるのか。それを情報学で定量化し解析するのが、阿部特任研究員の仕事の一つだ。生物に標識をつけて追跡するバイオロギング技術が発展した近年では客観的な定量化が可能になった。そこから行動の普遍的な法則を見いだすのが阿部特任研究員のモチベーションだ。

 例えば、オスとメスなど1対1の出会いにも効率的な出会いの法則があるという。動き回って目的対象を見つける課題はランダム探索問題と呼ばれている。動物、鳥、バクテリア、狩猟民族、果ては人体のなかの免疫細胞に至るまで、生物はランダム探索問題を解いている。

 生物は通常、短い距離だけ直線的に移動し、すぐに方向転換するような動きを繰り返しているが、時々、長い距離を直線的に進むことがある。この一連の動きは「レヴィウォーク」と言われ、目的物の位置がわからないときの生物の移動パターンだとされている。肉食動物の獲物探索も、体内に侵入してきた病原体を迎え撃つ免疫細胞もレヴィウォークによって標的を見つける機会を増やしている。

 では、オスとメスの出会いのように、お互いが出会いたい場合はどうか。阿部特任研究員たちは互いに探索しあう状況を想定した理論モデルを構築し、その場合は異なる動きをするペアのほうが遭遇率を最大化できることを見いだした。片方が一定時間ごとに不規則な方向に移動するランダムウォークで、もう片方がレヴィウォークのほうが良いという。互いに相手を探している場合は、オスとメスが異なるパターンで動くほうが、最適な探索戦略になり得るのだ。

 そしてこれが「オスとメスの非対称性が生まれた理由の一つではないか」と阿部特任研究員は語る。卵子と精子のように動きのパターンが全く違うものが生まれた理由、すなわち性が生まれた理由がここにあるのかもしれない。

アリの活動時間は育児需要によって変化する

 阿部特任研究員がアリのネットワーク構造を調べている理由は、実際にデータが取れるネットワークとして優れているからだ。個体数が数十から数百程度と観察しやすく、個々のアリは賢くないけれども、全体としては集団的意思決定を行い、洗練された振る舞いを示す。なぜうまく振る舞えるのか。「今の人工物にはない冗長性、頑健性を解き明かしたい」と阿部特任研究員は言う。

 具体的には、動画とコンピュータ解析で自動的に個体の位置を取得するアリの自動追尾システムを開発し、画像解析を行っている。最近、阿部特任研究員たちは働きアリの概日リズム(約24時間周期で変動する生理現象。体内時計)が、世話が必要な卵や幼虫と一緒にするとなくなってしまい、ずっと働きづめになることを見いだした。通常はアリも昼夜のリズムを持っている。だが小さな容器に1匹ずつ入れて、餌やりやグルーミングをしなければ死んでしまう卵や幼虫と一緒にすると、ずっと活動を続けていた。一方、それほどの世話が必要ではない蛹と一緒だと、またリズムが復活した(図)。

 「仕事が何であるかによって、概日リズムが柔軟に変化するところが面白いのです」(阿部特任研究員)

 アリの巣の中では卵や幼虫の数は動的に変化する。特定の個体が世話係になっているわけではなく、仕事の量全体によって動的に役割分担を切り替えているらしい。

生命の力学を見いだしたい

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 生物集団は柔軟かつロバスト(頑健)で、まとまりのある活動ができる。例えばサバの群れやムクドリの群れは、まるで一個体であるかのように振る舞う。多くの物理学者たちが集団行動の解析に参入した後、群れの中の同期部分、相関領域の大きさはスケールフリー(集団の大きさに依存しないこと)であることや、生物システムは「臨界点」(気体から液体になるような相転移が起こりうる変化の境目)にあるのではないかという考え方が提案されている。さらに、脳の神経細胞集団や、細胞内の遺伝子の発現状態なども、相転移するギリギリの状態、臨界点にあるのではないかという仮説が提案されている。

 阿部特任研究員は、生物学的臨界点は生物システムに共通する仕組みかもしれないと考えている。物理学的な相転移を引き起こすのは温度や圧力だ。では生物的臨界点における温度や圧力にあたる変数は何か。アリならばさまざまな外乱を与えて調べることができる。

 阿部特任研究員は今後、NIIから理化学研究所に移り、人間行動も調べようとしている。認知症になりかけの人の徘徊パターンから、健常者との違いを明らかにしたいと考えている。

 生物の動きの面白さは自発性にある。ロボットはインプットがあってアウトプットを返すが、生物は勝手に動く自発性を持つ。「そのような自発性が生き物にとっては大事なのではないかと思う。生物全体に共通する力学、法則性、生物特有の力学を見つけ出したい。生命たらしめる力学を見いだすこと、それが一生の目標です」

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