May. 2016No.72

SINET5始動全国100ギガで新たな可能性を拓く

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ユーザが語るSINET5移行の意義

プロジェクトの成否のカギはネットワークの力

金子敏明

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構計算科学センター
教授・センター長

中村智昭

准教授
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構計算科学センター

鈴木聡

准教授
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構計算科学センター

ビッグサイエンスにより データ量も膨大に
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左から、中村准教授、金子教授、鈴木准教授

 日本の加速器科学の拠点として、国内外の研究者に研究の場を提供している高エネルギー加速器研究機構(以下KEK)。高エネルギー実験の分野では近年、ビッグサイエンスと呼ばれる最先端大型研究の国際連携が主流になりつつある。大量の実験データが取得され、解析には膨大なコンピュータ資源が不可欠。KEKの計算科学センターは、KEKが取り組む多彩な実験のデータの記録や蓄積、処理、さらに分配を担っている。

 KEKは、加速器を用いて宇宙創成の謎に迫る素粒子・原子核の研究や物性科学や生命科学の研究を行う中核施設だ。なかでもKEKで行われた「Belle 実験」[1]は、平成20年(2008年)のノーベル物理学賞の受賞理由となった「小林・益川理論」の検証に大きく貢献した。また、昨年の梶田隆章氏のノーベル物理学賞受賞の理由となったニュートリノ振動現象は、スーパーカミオカンデ実験で発見されたが、より精密な「T2K実験」[2]は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)とKEKが共同で運営する大強度陽子加速器施設(J-PARC)で作られる大強度ニュートリノビームを使って行われている。

 センター長を務める金子敏明教授が、近年の研究の傾向を説明する。「ヒッグス粒子の発見で知られるジュネーブ近郊の欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、年間数十PB(ペタバイト:ペタは250)ものデータを蓄積しています。こうなると、一カ所の研究機関だけでデータを解析することは不可能です。そのため、研究機関同士で膨大なデータをやり取りして、世界中で分担して解析を進めるのです。グリッドコンピューティングと呼ばれる手法で、KEKでも国際間のデータのやり取りが増大しています」

 理論に合致するかどうかなど何通りものシミュレーションを行う必要があり、生データに加えて何倍ものデータのやり取りが生じる。計算科学センターでグリッドコンピューティングを担当する中村智昭准教授は「解析は実験と同時に終了するわけではありません。論文として発表するためには、その後、解析に何年も費やす場合もある。一方で、即時性も求められています。処理を担う膨大なコンピュータ資源と、それらをつなぐ安定した大容量ネットワークを持てるかどうかがプロジェクトの成否を握っているのです」。

Belle II 実験で新たな発見に挑む
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Belle Ⅱ測定器©KEK

 現在、KEKでは、小林・益川理論の検証に貢献したKEKB加速器を高度化して従来の40倍の性能向上をめざすSuperKEKBプロジェクトが進行中だ。これに伴い、素粒子反応を検出する測定器であるBelleをより高性能なBelleⅡへ改良。来年秋の本格稼動に向けて準備が進む。計算科学センターのネットワークを担当する鈴木聡准教授は、Belle実験におけるSINET5の重要性を強調した。

 「7年間で得る生データは約100PBにも上り、17カ国の計40カ所の研究機関とデータを共有して解析を行います。これにより、素粒子の標準模型を超える新たな発見をめざします。そのためには、KEKと各研究機関を双方向で結ぶSINET5の大容量で安定したネットワークが欠かせません」

 特にSINET5への移行により、共同研究機関が多く存在する欧州と直接回線がつながり、データ伝送の遅延が大幅に減ったことは大きなメリットだという。金子教授は「ネットワークの進展が、研究のあり方自体を変えようとしています。理想は、データがどこにあるかを意識することなく、ユーザが研究に専念できること。そのためにも、クラウド技術をはじめ、さらなるネットワーク技術の進展に大いに期待しています」。

(取材・文=田井中麻都佳)

[1]Belle実験:電子と陽電子を高速で衝突させるKEKB加速器で生じた素粒子をBelle測定器で調べ、「CP対称性の破れ」の研究を行う国際共同実験。

[2]T2K実験:茨城県東海村のJ-PARCのニュートリノ実験施設から岐阜県飛驒市神岡町のスーパーカミオカンデまでニュートリノビームを打ち込み、ニュートリノの未知の性質を解明する実験。

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