May. 2016No.72

SINET5始動全国100ギガで新たな可能性を拓く

Interview

次世代ネット「SINET5」の役割

日米欧による国際共同プロジェクト

NII が構築・運用する日本の学術情報ネットワーク(Science Information Network:SINET)が、4月からさらに進化した「SINET5」となって運用を開始した。大学や研究所など約850の機関が利用するネットワークで、これまで地域によってバラツキがあった通信速度を全国的に100Gbps[1]に引き上げた。利用が広がるクラウドコンピューティングにも対応し、セキュリティや情報共有などの面でも大幅に機能を高めている。米国や欧州では学術情報ネットワークの高速化が先行しており、今回のSINET5移行で日本もようやく肩を並べたことになる。SINETの運用を長年担ってきた学術基盤推進部長の漆谷重雄教授に、SINET5への移行の狙いと今後の利用の仕方について聞いた。

漆谷重雄

URUSHIDANI Shigeo

国立情報学研究所 学術基盤推進部長/アーキテクチャ科学研究系 教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 教授

関口和一

聞き手SEKIGUCHI Waichi

日本経済新聞社 編集委員
1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。88年フルブライト研究員としてハーバード大学留学。89年英文日経キャップ。90-94年ワシントン支局特派員。産業部電機担当キャップを経て、96年より編集委員。2000年から15年間、論説委員として主に情報通信分野の社説を執筆。2006年より法政大学大学院、08年より国際大学グローコム、15年より東京大学大学院の客員教授を兼務。09-12年NHK国際放送コメンテーター。早稲田大学、明治大学の非常勤講師、内閣府「総合科学技術・イノベーション会議」評価専門調査会専門委員なども務める。著書に『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』、共著に『未来を創る情報通信政策』など。

関口 まずSINET の生い立ちを聞かせてください。

漆谷 SINETは日本の学術基盤を支えるネットワークとして、平成4年(1992年)に運用を開始しました。平成12年(2000年)のNIIの設置に伴い、前身にあたる学術情報センター(NACSIS)からネットワークを引き継ぎ、日本の大学や研究所などをさらにつないできました。また高エネルギー研究や天文研究などの先端技術研究を担うため、平成14年(2002年)に「Super SINET」というネットワークも立ち上げました。

関口 在来線と新幹線の関係ですか。

漆谷 その通りです。しかしバラバラでは使いにくいため、5年後に両者を統合したのが「SINET3」です。SINET3では通信サービスの多様化も図りました。さらに、それを全都道府県に広めたのが平成23年(2011年)にスタートした「SINET4」です。信頼性も高め、東日本大震災にも耐えました。一方で、日本はSINET3では世界に先駆けて通信速度を40Gbpsに引き上げたのですが、地域によっては2.4Gbpsのところもありました。この間に米国のInternet2や欧州のGÉANTが通信速度を全面的に100Gbpsに引き上げたことから、世界に伍するネットワークをめざしたのが今回のSINET5です。

関口 どんな違いがあるのですか。

漆谷 まずは通信速度の引き上げに伴うサービス品質の向上です。SINET は神戸にある理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を中核に全国に分散する各大学のスパコンをつないだ「HPCI(高機能コンピュータ通信基盤)」のネットワーク基盤を担っています。速度が上がればそれだけ迅速に処理を行うことができます。最近はクラウドコンピューティング技術が広がっており、SINET5はクラウドの利用促進にも大きく役立つでしょう。

関口 高速化はどうやって実現したのでしょうか。

漆谷 一つは「ダークファイバ」の利用です。SINET4までは通信会社の専用回線を利用してインフラを構築してきたので、ネットワークはスター状にならざるをえませんでした。並行して用意した予備回線は、緊急時などにしか使えません。今回は光ファイバ網そのものに適した高速化と高信頼化を図り、全国をメッシュ(網の目)状につないで回線リソースをフル活用できるようになりました。大量の通信容量が必要なアプリケーションにも、ソフトウェア的に簡単にネットワーク構成を変えることができます。この技術は「SDN(Software-Defined Networking)」と呼ばれています。

関口 SDN 技術は具体的にはどんな用途に使われるのですか。

漆谷 たとえば天文研究では複数の観測用アンテナをつないで「仮想電波望遠鏡」をつくって観測することがあります。その際、8Gbps、近い将来32Gbpsといった高速の通信環境が安定的に必要となります。また、クラウド利用時などにもオンデマンドでの回線設定や帯域確保が必要になります。そういった場合に、このSDN 技術が活躍します。

関口 SINET5ではセキュリティや性能も大幅に高まったと聞きます。

漆谷 SINETでは以前から「VPN(Virtual Private Network)」の技術を使い、セキュリティを高めてきましたが、その機能をさらに高めることで、より安全なネットワーク環境を提供できるようになりました。ネットワークの安全性を高めることで、実験データなどの研究リソースを保管し、それを配信するといったオープンサイエンスの基盤ともなると考えています。また、通信速度の向上だけでなく、通信遅延の短縮化、すなわち「Low Latency」を実現し、通信の性能を大幅に上げています。

関口 スパコンには民主党政権時代に逆風が吹きました。SINET5構築には予算確保も必要だったのではないですか。

漆谷 ネットの状況もスパコンと似たようなものでした。しかし、すでに学術の動脈として活用されていたことに加え、ビッグデータ分析や人工知能(AI)といった新しいコンピュータ利用の重要性が叫ばれるようになり、日本学術会議や国公私立大学の団体など学術コミュニティも文部科学省などに働きかけてくださったおかげで、SINET5移行の予算が昨年度に付きました。今年度は安定運用のための予算を付けていただいています。

関口 SINET5に移行したことで、利用者の拡大も見込まれるのでしょうか。

漆谷 はい、さっそく27の機関が新たに加入しています。今回の移行に合わせて、すでに加入している機関にそれぞれのアクセス回線を速くしてもらい、16機関が100Gbps以上、10機関が40Gbpsから80Gbpsになっています。10Gbps以上の機関は100を大きく超えます。ネットワークのノード(接続拠点)も、以前は協力していただける主要な大学や研究機関にありましたが、SINET4からは障害時などに冗長化や給電をしやすいようにデータセンタに置くようにしました。

関口 新たに加わった機能もありますか。

漆谷 SINET5ではクラウド対応に加え、各大学内のLAN(Local Area Network)をSINET 経由で自由に拡張できる「仮想大学LAN サービス」という機能も用意しました。高速データ転送技術も開発しており、北海道の北見から沖縄まで、ほぼ100Gbpsの実効速度が得られることを確認しています。

関口 今後の課題は何でしょう。

漆谷 日本は平成19年(2007年)のSINET3で世界に先駆けて40Gbpsを実現しましたが、その後、欧米や中国などに先を越されてしまい、今回、ようやく再び世界と肩を並べることができたわけです。しかし、海外ではすでに400Gbpsまで高速化する動きが出ていますので、我々としても次のステップを考えなければなりません。まずはSINET5の利用拡大を図り、さらにその次にチャレンジしたいと思っています。

(写真= 土佐麻理子)

[1]Gbps[ギガビット毎秒]:データ伝送速度の単位で、1Gbps は1秒間に10億ビットのデータを伝送できる。

インタビュアーからのひとこと

 「2位じゃだめなんでしょうか?」。民主党政権時代のスパコンの事業仕分けで、蓮舫議員が放った言葉は、日本の科学技術政策における予算と戦略のバランスのとり方の難しさを浮き彫りにした。学術情報ネットワークも同様で、世界初の40Gbpsを実現しながら、気がつけば欧米や中国に次々と先を越されていた。
 同じことは人工知能(AI)研究にもあてはまる。1980年代に「第5世代コンピュータ」で世界の先陣を切ったものの、それが失敗するとかえってトラウマとなり、米国のベンチャー企業などの先行を許すことになった。
 だがビッグデータ時代を迎え、コンピュータとネットワークの重要性がますます高まることは疑いがない。今回のSINET5がそうした日本の競争力強化に資することを期待したい。

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