Interview
「マイクロクレデンシャル」が駆動する大学変革
少子高齢化のもとで社会を発展させるために、もはや生涯学習とリスキリングを避けて通ることはできない。そのための切り札として、特定の知識やスキルの習得を目的とした短期学習の成果を証明する「マイクロクレデンシャル」や、その成果をデジタル上で可視化する「デジタルバッジ」に対する期待が高まっている。高等教育政策を研究してきた野田文香教授と、オンライン教育を研究してきた堀真寿美特任教授に、国立情報学研究所(NII)長岡千香子特任助教が、マイクロクレデンシャルやデジタルバッジをめぐる世界と日本の現状、および課題と今後の可能性を聞いた。

野田 文香NODA, Ayaka
大学改革支援・学位授与機構
研究開発部 教授
米国ジョージワシントン大学にて博士号(教育学)を取得。立命館大学講師、大学評価・学位授与機構(当時)准教授、フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)客員研究員、東北大学准教授を経て、現在は独立行政法人大学改革支援・学位授与機構で大学認証評価や国際的な質保証連携に取り組む。中央教育審議会生涯学習分科会臨時委員。

堀 真寿美HORI, Masumi
大阪教育大学
学長補佐/特任教授
奈良女子大学大学院理学研究科情報科学専攻修士課程修了。NPO法人コンソーシアムTIES附置研究所主任研究員、大阪教育大学理数情報教育系特任教授として教育研究に従事。専門分野はウェブ情報学・サービス情報学、学習支援システム。情報処理学会論文誌デジタルプラクティス「ITと教育」編集委員長、情報処理学会IOT研究会運営委員。

ファシリテータ長岡 千香子NAGAOKA, Chikako
国立情報学研究所
オープンサイエンス基盤研究センター
特任助教
(敬称略)
変化するライフコース、変革を迫られる大学教育
長岡 これからの大学は、DX推進によって、さまざまな課題を乗り越えることになりそうです。先生方は高等教育やオンライン教育がご専門ですが、これまで、どのような研究と取り組みをされてきたのでしょうか。
野田 私の専門は、高等教育政策と国際比較教育です。米国で博士学位を取得し、国内外の大学や政府関連機関などで、高等教育の質保証や評価に関する研究を続けてきました。
現在は「若い時期に教育を受け、その後、職業人としての数十年が続く」という人生モデルが成り立たなくなっており、教育と労働の接続の重要性が高まっています。そのため、公的な資格枠組みの整備が不可欠です。近年はこうした分野の研究を進め、また、日本の教育資格枠組みの制度設計にも関わっています。
堀 私は、オンライン教育の可能性を理論と実装の両面から追究してきました。学習履歴を安全かつ信頼できる形で可視化するため、ブロックチェーン技術を応用した学習経済モデルや、マイクロクレデンシャル、デジタル学習歴証明書、オープンバッジの設計・運用を中心に研究を進めています。
大阪教育大学では、オンライン研修システム「OZONE-EDU」を開発・運用し、初等中等教員のリスキリング支援と教育委員会研修のマイクロクレデンシャル化を推進しています。また、大学連携を通じて、教職課程科目や研修成果を相互に単位化・共有できる仕組みを構築し、教職単位の流通を実現する取り組みを進めています。
長岡 高等教育の場でのオンライン教育と成果の証明について、理論的な研究から運用の実際まで、幅広く取り組んでこられたわけですね。
コロナ禍で"化けた"マイクロクレデンシャル
長岡 特に2020年の新型コロナ感染症パンデミック以来、大学教育の世界で「マイクロクレデンシャル」という概念が世界的に注目されるようになり、パンデミック後も注目が高まっていますね。
野田 Google Trendsの世界データによれば 「micro credentials」という用語は2013年ごろから検索結果に現れ始めていたことが確認できます。MOOC(大規模公開オンライン講座)が注目されるようになった時期です。注目度が爆発的に高まったのは、コロナ禍の時期です。失業やスキルギャップの問題が深刻になり、各国がリスキリング推進政策を打ち出さざるを得なくなる中、労働・雇用政策として注目されるようになりました。
先進国の多くで少子高齢化が進み、20歳前後の人口が減少しているので、大学は経営戦略的にも社会人層にアピールしていくことが必要です。伝統的な「クレデンシャル」である学位などの資格を細分化して「マイクロクレデンシャル」と呼んだり、あるいは社会人が対象の短期間のコースを創設し、その学修証明を「マイクロクレデンシャル」と呼んだりしています。学習者にとって、学位プログラムは時間的にも費用的に負荷が大きいので、職業に直結した短期間の学びやオンラインでの柔軟な学びへのニーズが高まりました。政府と学習者の方向性が一致したことから、マイクロクレデンシャルが急速に注目を集め、現在に至っています。さらに2020年初め、新型コロナパンデミックの直前に世界経済フォーラムが「リスキリング革命」を提唱し、関心がいっそう強まりました。
長岡 どのような効果が期待されているのでしょうか?
野田 2020年にEUが発表した方針では、主な目的は雇用促進やスキルギャップの解消でした。
大学では、イノベーション推進や就職実績向上のため、現役の学生にマイクロクレデンシャルコースの受講を推奨する場合もあります。例えば院生が弱点を補強するため、「プレゼンテーション力」「ライティング」といったマイクロクレデンシャルを受講することもあります。卒業するとき、学位とともに具体的な職業スキルがデジタルバッジで証明されていれば、好条件での就職の可能性を高めることができるでしょう。
家庭の事情などで一度職業から離れた人が、必要な知識やスキルをピンポイントで学んで復帰に役立てる、セカンドチャンス支援としての可能性もあります。
もちろん、労働市場で評価されるスキルベースの学びに限定されません。学術的な学びを小さい単位に分割したマイクロクレデンシャルを積み重ねれば、時間はかかるけれど学位が取得できるというパターンもあります。幅広いニーズに対応することは、大学の経営戦略としても有効です。
長岡 どのような内容でも、大学は「マイクロクレデンシャル」と呼べるのでしょうか。
野田 いいえ。あくまでも、マクロな「学位」だと見えにくいものを、小さな単位に分割して可視化するということです。
「なんでもあり」にしないために、「マイクロクレデンシャルではないもの」という逆の定義も必要です。得られた知識やスキルを確認するアセスメントが組み込まれ、学習成果が適切に可視化されていなければ、「マイクロクレデンシャル」 とは呼べません。例えば単純な受講証明や参加証明は「マイクロクレデンシャル」ではありません。現在、国際的にも議論が進んでいます。
長岡 大学や学術研究の意義は、何なのか。その問いに答え続けることにもつながりますね。
野田 米国では、私学中心で学費が高額なため、大学で学ぶ意義が厳しく問われる傾向があり、学位よりも短期間でスキルを得られる学びを選ぶ学生が増えています。程度の差はあれ、同様の動きは多くの先進国でも見られます。いずれの国でも、効果がすぐに可視化されにくい学位プログラムのみでは、大学が持続しにくくなりつつあります。
企業の現場に、あらゆる人に、「大学」が届く未来へ
長岡 日本は日本で、社会にも大学にも多様な課題があります。マイクロクレデンシャルは、打開の鍵になるのでしょうか?
堀 今の大学教育は、どうしても18歳前後の若者を対象にした仕組みになっています。大学で培われた知や教育プログラムは、本来もっと幅広い世代に活かせるはずなのに、社会に出た人が学び直そうと思っても、アクセスの仕組みや制度が十分に整っていないのが現状です。大学の持つポテンシャルは、在学生に限られて活用されており、社会人にはまだ十分に届いていません。こうした状況を変える鍵になるのが、マイクロクレデンシャルだと思います。短期間で学べるオンライン講座を大学が提供し、その成果をデジタル証明として発行できれば、社会人が自分のペースで必要なスキルを獲得し、キャリアに結び付けることができます。大学にとっても、学びの成果を社会に還元し、教育資産を活かす新しい形になります。
長岡 産業界から見て、魅力はあるのでしょうか?
堀 実際に、半導体企業が多い地域では、大学と企業が連携して教育プログラムを共同で開発し、社員が受講してマイクロクレデンシャルを取得し、それを社内評価や昇進に反映する取り組みも始まっています。こうした仕組みが広がれば、大学の教育が在学生だけでなく、社会に開かれたリスキリングのプラットフォームとして機能するようになります。マイクロクレデンシャルは、まさに大学と社会をもう一度つなぎ直すための橋渡しになると感じています。
野田 地方創生や成長産業などの文脈から、国はマイクロクレデンシャルのコースを創設することを推奨しています。産業界側にも、処遇や昇進に反映するよう各企業に働きかける動きがあります。大学と産業界が断絶して接続されていなかった状況は、大きく変わりそうです。今は、エコシステムができて循環し始める前の過渡期かもしれません。
堀 大学も、これまでのように18歳人口を前提にした教育の枠組みから脱し、社会人を含む幅広い層に学びの機会を広げていく必要があります。つまり、大学の役割そのものを見直し、知を社会に還元する仕組みに転換していくことが求められています。ただし、それは学部や学科を増やすといった組織的な拡張ではなく、教育の考え方や手法を根本から変えることを意味します。現場の実務家が抱える課題を理解し、業種や職域ごとに必要な知識やスキルを、マイクロクレデンシャルのような柔軟な形で届けることが大切です。教育、医療、行政など、それぞれのドメインで求められる専門性やスキル構造は異なります。だからこそ、大学は分野ごとの特性に応じた学びの形をデザインしていく必要があります。大学の変革は簡単ではありませんが、確実に新しい方向へと歩み出していると感じます。
野田 大学には、知と研究の蓄積によってしか提供できないリソースがあります。地元企業と協力して収益化する取り組みも、すでに進められてきています。大学から得る知識やスキルが、大学ブランドのマイクロクレデンシャルやデジタルバッジとして可視化され、メリットが発信されるようになっていけば、社会の認識も変わっていくでしょう。
システム基盤の整備に関するNIIへの期待
長岡 成功事例は多数あるけれど個別ケースにとどまっており、地域と大学の交流のあり方や、マイクロクレデンシャルに適したパッケージの作り方を、これからシステム化していく必要があるということですね。
堀 オンライン教育の内容や質については、各大学が責任を持って設計し、独自性を発揮すべきだと思います。ただし、その学びを証明する仕組み――例えば修了証やデジタルバッジの形式――については、大学ごとの独自仕様である必要はありません。そこは共通の規格を整え、どの大学でも相互に利用できる形にしていくことが大切だと思います。
長岡 学んで証明を受け取る人も、その証明を示される企業も、共通化されていないと困りますね。
野田 学ぶのはあくまで個人であり、学修歴や成績は個人情報です。学びの質を担保する機関には、中立性が期待されます。学んだ証しであるデジタルバッジが、日本で社会に評価されるためには、政府の関与が必要だと思います。政府が認可した「大学」のブランドのもとで発行、承認されたバッジであるということは、価値や信頼の裏付けとして重要です。アジア各国も、日本と同様に政府の関与を重視する国が多いです。日本の大学のマイクロクレデンシャルに政府が関与していれば、留学や就職の際、より信頼される証明となるでしょう。そのためには、質保証や情報の標準化が必要です。少なくともデジタルバッジには、学びの内容やレベル、得られた知識・スキル、アセスメント方法、(習得にかかった)時間数などを示す必要があります。また、アセスメントの有効性のチェックも必要です。2025年10月23日設立の「一般社団法人日本マイクロクレデンシャル機構」で、そういうルールを作ろうとしているところです。
長岡 そのルールを使いやすいシステムに実装し、運用し、システム開発のための人材を育成することも必要になりそうですね。
堀 実現すると、日本のマイクロクレデンシャルを国外向けに提供し、日本の大学教育を海外に販売して外貨を稼ぐ可能性が生まれますね(笑)。留学生も増えそうです。国内の18歳人口を見つめてきた日本の大学が、大きく転換してジャンプする契機になると思います。
野田 今でも、日本のコンテンツに魅力を感じ、他国から日本の大学に来てサマープログラムに参加する学生はいます。教育コンテンツをオンラインで国外に提供する可能性は、大いにあると思います。質担保が機能していれば、国外の大学との単位互換も盛んになるでしょう。
堀 学校制度そのものを変える可能性もあります。今の学校の形は、産業革命の時代に確立された「子どもを一定年齢ごとに集め、集団で同じ内容を教え、教育を終えたら社会に送り出す」というモデルを基本にしています。この仕組みは、実は200年近くほとんど変わっていません。マイクロクレデンシャルのような新しい学びの仕組みが広がれば、こうした前提そのものが見直されていくかもしれません。
野田 「いつ勉強してもいい」「どのような組み合わせで勉強してもいい」ということが世の中の常識になれば、例えば不登校も問題にされなくなるかもしれません。学習の主体は個人であり、学習成果の所有権も個人にあり、学校や大学はそれをサポートする存在。そういう世界になる契機でもあります。
長岡 大学共同利用機関のNIIとしても、学び方変革の一助となるよう貢献できればと思います。
取材・構成:みわよしこ/写真:杉崎 恭一