Interview
DX、AIを大学の進化の駆動力にする
基盤は共通化し、独自のビジネスモデルに注力
日本の大学が教育・研究などの質を一段と高め進化していく上で、情報通信技術(ICT)を活用した変革、いわゆるデジタル・トランスフォーメーション(DX)は避けて通れない。さらに生成AI(人工知能)の登場は変革を飛躍的に加速する可能性を秘める。200以上の大学や研究機関が参加する大学ICT推進協議会(AXIES)は大学が抱えるDXの共通課題の解決や人材育成に取り組んでいる。東北大学副学長でプロボスト、CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)でもある青木孝文AXIES会長と黒橋禎夫国立情報学研究所長が大学DXの背景や課題、AIのもたらすインパクトなどについて語り合った。

青木 孝文AOKI, Takafumi
大学ICT推進協議会 会長
東北大学 理事・副学長
同・大学院情報科学研究科 教授
東北大学 大学院工学研究科修了。博士(工学)。信号処理、画像認識、コンピュータビジョン、バイオメトリクス認証、法歯学と個人識別、高性能計算機システム、暗号とセキュリティなどの研究に従事。2002年より東北大学教授、2012年より副学長併任。多数の学会役員などを経て2023年より大学ICT推進協議会(AXIES)会長。

黒橋 禎夫KUROHASHI, Sadao
国立情報学研究所 所長
京都大学特定教授

聞き手滝 順一TAKI, Junichi
科学ジャーナリスト
早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。1980年代半ばから科学技術の研究開発現場と科学技術政策の立案プロセス、気候変動、エネルギー政策などを取材。2024年、日本経済新聞社退社後、日本科学技術ジャーナリスト会議事務局長を務める。
(敬称略)
大学経営の成功の方程式は多様
──青木先生はご講演などで「高等教育は成長産業である」と話されています。世界を眺めると、その通りだと思いますが、日本国内では少子化などの課題が先立ってしまい、そうした指摘はあまり耳にしません。
青木 「知識経営体」として進化していくのが世界の大学の潮流です。高等教育機関を大事にしなくてはならないとの認識を世界のどの国も強めています。米国のトランプ政権が今、ハーバード大学など一流大学の経営を揺るがしています。米国では以前から大学授業料の高騰など社会的な問題を抱え、大学への信頼が揺らいでいました。大学は研究や教育、スタートアップの育成などを通じて、国のあり方や政策に大きなインパクトを与える重要なプレーヤーになっています。米国の現状やその過熱する報道は、結果的に、大学が果たす役割の重要性を浮き彫りにしているとも言えます。
日本がモデル(規範)としてきた米英の高等教育はビジネスとして発展してきた側面があります。日本ではハーバードやスタンフォード大学がよく話題になりますが、大学のビジネスモデルは多様です。成功の方程式は一つではありません。例えば、「スキルファースト」という方向性があります。従来の大学のように広い知識を学ぶのではなく、特定のスキルや知識を学びたい学生に小さな履修単位での学びの機会を提供し、「マイクロクレデンシャル」という形で習得証明を与える。米国のアリゾナ州立大学は「学生の選抜」よりも「幅広いアクセス性」を重視する大学として有名です。学生登録者数は約18万人、うち7万人以上がオンラインというデータがあります。
── ICTの活用ですね。
青木 日本では履修単位の半分までしかオンラインは認められていません。通信課程と通学課程を分ける特有の制度だからです。両者は講義の提供形態、デリバリーモードが違うだけです。また単年度の損益均衡を重視した会計規則が大学の戦略的な投資を妨げてきた面もあります。少しずつ改革は進んでいますが、こうした規制を見直していくことが、大学の成長にとって大事です。
AIの活用と大学間での共通の教育コンテンツが鍵
黒橋 規制の影響は確かにありますね。ただこれからAIが変革の大 きなチャンスになると思っています。AIを大学の研究や教育、経営に採り入れていくときに、制度面での見直しを順次進めていくことになると思います。
今この瞬間は、ハルシネーションなどAIそのものの課題の方が大きいですが、半年か1年くらいで(課題を克服できる人工知能が)相当できてきます。研究はドラスティックに変わります。AIがエージェントとして、何が必要か考えてサイバースペース上で情報を取ってきて分析し、研究テーマを提示できます。早晩、フィジカルに実験し結果を出して論文を書くようになる。そういう世界が実現したら、どういう研究をするか、どのような教育をしたらよいのか、教育課程の見直しをアジャイルに(変化に適応して素早く)進める必要が出てきます。AIの利用を前提にすると、教育コンテンツをすべての大学がそれぞれ用意して同じように提供するのは意味がなくなります。いかに共通のものを作るかが大事になります。
──その点で、青木先生が会長を務めるAXIESはどんな活動をしているのですか。
青木 ICTを利用した高等教育機関・学術研究機関の教育、研究、経営の強化を目指しています。方法論や支援ツールの共有、教職員や学生がICTを活用できる力を高めていくことが目的です。DXを進める上で課題を抱えた大学が国公私立問わず入会しています。参加機関の数が増えており、現在206機関です。ビジネスチャンスということで企業も入会しています。東大や京大のような大きな大学とは違ったビジネスモデルを目指す小規模大学も多数参加しています。スーパーコンピュータの活用から、研究データ基盤、オンライン教育、さらには業務改革までさまざまなテーマがあります。最近では、大学事務職員のみなさんが業務改革をテーマとして、部会や年次大会で発表するケースも増えています。
DXは全方位だという認識が大事です。教育、研究、産学連携、スタートアップ育成、経営など大学が担うすべての事業に関わります。大前研一さんが著書で「DXはデジタルテクノロジーを活用したビジネスモデルの革新である」と書いていらっしゃいますが、大学のDXも同じで、大学のビジネスモデルの革新だと考えます。
ICT分野では人材が不足しています。共通化できる基盤は一体で解決を図るべきだと思います。日本の大学は制度的に均質で教育などの質が保証されています。その強みを活かすのがいい。課題を法人ごとにつぶすより、共通化できるものは横断的に解決し、個々の大学はそれぞれに固有のビジネスモデルを伸ばすべきです。AXIESの活動の狙いはそこにあり、NIIのキーパーソンにも参加してもらい、多くの協力をいただいています。研究データ基盤や認証基盤の提供・運営でNIIは大きく貢献されていますが、さらに広範な情報基盤の共通化、業務統合などでのNIIの役割に期待しています。
黒橋 NIIにとって大きな挑戦ですので、覚悟を決めて取り組んでいく必要があると思います。NII単独ではなく、多くの大学の研究者の方々に参加していただき議論しています。現在策定が進んでいる第7期科学技術・イノベーション基本計画でも方向性は出されていますが、ICTとAIの進歩で共通化の必要性は高まっていきます。それに応えられる体制を少しずつ作っていきたいですね。
青木 そういう意味で、今は、日本の高等教育を進化させる上で、たいへん重要な時期に来ています。
黒橋 一般論ではなく、どこから始めるかも大事で、東北大学のDXの取り組みには勢いを感じます。業務のイノベーションに取り組むチームが誕生して、その成果が日本全国の大学に展開されていますね。
青木 現在100を超える大学などから職員の方々が参加するアライアンスもきています。同じ課題に直面しているので、草の根的に早く広がりました。業務のDXを進めるなら経営層や財務部門を巻き込むことが必須です。そこに意識の高い人がいるかどうかが展開のスピードを左右します。いったん横展開できる体制ができれば、動きは早いです。
大学共同利用機関であるNIIへの要望とその取り組み
──青木先生に伺いますが、NIIに今期待することはなんですか。
青木 国民がいちばん気にしているのは、日本は世界に伍していけるようなAIを作れるのか、私たちのデータは守られるのかということだと思います。「データ主権」とか「ソブリンAI(自国のデータや計算機インフラなどを活用し独自にAIを開発、主権を持つ)」と呼ばれる課題ですね。私は均質な日本の大学の研究データは統合しやすいと考えています。世界と伍していく際に、基盤の統合がポイントになります。またデータやAIを活用するルールも大学がそれぞれ作るより、一つの場所で考えた方がよい。そうした日本特有の一体的な強みが NIIのソブリンAI開発の駆動力になって、他国にないような大きな分野横断的な価値がそこから生まれるはずだと考えています。
黒橋 まさに青木先生が指摘されるような、そういう意識で私たちは取り組んでいます。Googleなどとも互角にできますというわけではありませんが、日本としての主権性を担保するならこれくらいの枠組みでなければと考えて、日本のトップ研究者に集まってもらって開発に取り組んでいます。頭脳集団としては世界的に見ても、すごいものが日本にはあります。
現状では国立国会図書館所蔵の書籍の電子化されたデータをAIには活用できません。著作者の心配があるからですが、そこはデータの使い方が重要だと考えています。使わせていただいたデータは教育など明確な目的にきちんと使います。丸々コピーが出力されることはないと、著作権者の皆さんに理解していただき、ソブリンモデルで学習したデータは小学生をはじめ教育や研究に使って、しっかり主権性を確保したいと考えています。このような取り組みの手始めとして、国立国会図書館との協定に基づき官公庁出版物の電子データの提供を受けAI学習の実験を始めています。
AI for Science の時代ですから、データが分野横断であることは非常に大事です。私たちが直面する社会課題は一つの学問分野だけでは解決できません。人文・社会科学のデータも入れていく必要があります。
その国の固有の価値を生み出すためにデータが要ります。データを使わせていただく上では透明性が求められます。こういう形で利用されているのだと、データ提供者が見守れる状態にしなければいけません。透明性確保を前提に、新聞社などにはあまり高い値段でなくデータを提供していただきたい。事前学習にデータを使わせていただくことで、新聞を愛読する博学な人を作るという開発イメージです。日本の教育に資することになると受け取っていただき、日本のデータを入れ、セキュリティも確保して国民が安心して使える。どんなデータで学習したか、誤りなくちゃんと振る舞うか、そうした安心感のあるソブリンAIを教育、医療などの社会的サービスに使われるようにしたいですね。
青木 新しい価値を生み出すミッションが大事です。DXで日本独自の価値を生み出すことが求められます。その一方で、効率化を図らないと生き残れない、生産性を上げる必要があるという課題ももちろんあり、その面でもNIIが貢献できる部分も大きいはずです。その両面で大学のDXを支えていただきたい。
聞き手からのひとこと
国立大学法人化からほぼ10年が経過した2017年に、日本学術会議は提言「国立大学の教育研究改革と国の支援」を発表した。国の財政が厳しさを増す中、国立大学が社会に貢献し続けるには、大学の高度なネットワーク化が必要だとした。財政制約下で改革の余力をひねり出すには、財務会計システムやカリキュラムの共通化などICTの活用以外に道はないと結論付けているように読める。
「DX」というと、今や使い尽くされたバズワードの感すらある。しかし今回の対談を通じて、大学改革の文脈においてDXは紛れもないキーワードだと改めて認識した。DXにAIが加わることで、大学が自身の成長モデル追求を超え、社会全体に貢献する知識サービス基盤を育む役割を果たすことを期待する。(滝 順一)
写真:盛 孝大