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大阪大学  建物内で群衆をセンシングする (73-3)

九州大学では、コンピュータービジョンを専門とする谷口倫一郎教授の研究室に在籍する二十数人の学生らを対象に、人間の行動をモニタリングするプロジェクトを実施している。各種センサーで把握した人間の行動様式に基づいて個人の電力消費量を算出し、そのデータから電力を節約する効率的な方法を探る。人間行動センシングの可能性について、谷口教授に聞いた。

「人間中心」のエネルギー利用効率化へ

higashino73-3.jpg東野輝夫 HIGASHINO Teruo
[大阪大学大学院情報科学研究科 教授/国立情報学研究所 客員教授]
1984年3月、大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了。工学博士。大阪大学基礎工学部情報工学科助教授、大阪大学大学院基礎工学研究科情報数理系専攻教授などを経て、2002年から現職。モバイルコンピューティングや無線ネットワーク、分散協調システムセンサーネットワーク、ITS(車車間通信)などに関連する研究に従事。

 オフィスビルや大規模商業施設は、換気や空調のために多大なエネルギーを消費している。地下街では、消費するエネルギーの3割が換気のためといわれる。排気を怠ると、人間が吐く息で二酸化炭素の濃度が上昇してしまうためだ。

 これまでも、温度センサーの情報を基に空調を制御しようという「BEMS(Building Energy Management System)」の試みはあった。だが、熱や二酸化炭素の排出源である「人」の動きを正確に把握する手段が少なかったため、人がいない場所で空調がフル回転するといったムダが起きやすかった。

 人間の数や動きをセンサーで計測する「群衆センシング(crowd sensing)」が可能になれば、人が多いときは換気量を増やし、少ないときは減らすといった効率化を実現しやすくなる。これが、東野教授が考えた「人間中心」のエネルギー利用の効率化だ。「群衆センシングができれば、エネルギーの効率化のみならず、サービスの改善、地震後の避難誘導などの災害対策にもつながります」と東野教授は語る。

 東野教授は、平成25年(2013年)4月に開業した大阪市北区の複合商業施設「グランフロント大阪」で、群衆センシングの実験を行っている。主に使っているのは、レーザーで人の動きを追跡するレーザーレンジスキャナーだ。検出角270度、検出距離30m、誤差はわずか数cmという精度で人間の動きを正確にトレースできる。

 人間の流れを捉える方法の一つに、カメラの配置がある。だが、東野教授は「公共空間ではカメラは敬遠されるため、目立たず、安価なセンサーでエネルギー削減につなげる必要があります」と語る。

 東野教授が狙うのは、エネルギー利用の効率化だけではない。別の大規模オフィスにも複数のレーザーレンジスキャナーを設置している。これは空調の最適化に加えて、「大規模オフィスの中で、人がどのように動き、どのようにコミュニケーションしているのか」を把握するためだ。大規模オフィス内の会議室に入った、飲食スペースに向かった、といった行動も把握できる。

 大規模オフィスの運営者は、このデータを、オフィス利用者のコミュニケーションが促進されるようにレイアウトを変えるなど、サービスの向上につなげることができる。「エネルギー利用の効率化だけでは、ビルのオーナーやテナント運営者にとってのメリットは大きくない。ビジネスに役立つ付加価値を与えて、初めて実社会への実装が進むと考えています」

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スマホのセンサーで混雑を測る

 東野教授が武器とするのは、レーザーレンジスキャナーだけではない。人が肌身離さず持ち歩くスマートフォンも、複数のセンサーを備えている点で群衆センシングの強力なツールになり得る。東野教授は、スマホを使って、建物内の混雑度合いを推測する実験も行っている。

 人込みの中を歩くとき、人はスピードが遅くなり、他の人を避けるために左右にふらふらと揺れる。スマホの加速度センサーで人のこうした動きを捉えることで、その場所の混雑度を推定できる。

 これに加えて、マイクも混雑度の推定に有効だ。「雑踏の中の靴音などは、2000Hz以下の低周波の音としてマイクに捉えられる」。マイクと加速度センサーを組み合わせれば、混雑度を90%以上の精度で把握できるという。

 スマホで測定した混雑度を、スマホの位置情報と組み合わせることができれば、混雑度の分布をマッピングできる。屋内ではGPSは使えないが、建物内にあるWi-Fiアクセスポイントの情報を使えば、誤差数mの範囲でスマホの位置を算出可能だ。多くの顧客がスマホアプリを使えば、建物内の混雑状況をリアルタイムに把握できることになる。

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レーザーとスマホを組み合わせる

 さらに、スマホによる位置推定技術とレーザーレンジスキャナーの情報を組み合わせると、各フロアでの人の行動をより精緻に解析ができる。

 例えば、ショールームにおいて、顧客が専用アプリで感想を投稿したとする。加速度センサーから得た「いつ曲がり、いつ止まったか」の情報とWi-Fiアクセスポイントから得られただいたいの位置を、レーザーレンジスキャナーで人を追跡して照合すれば、メッセージを投稿したスマホの持ち主がショールーム内をどう動いたか、高い精度で把握できる。「例えばショールーム内のどのブースで立ち止まり、どこに関心を持ち、どこで感想を投稿したか、が推定できるようになります」

貼れるセンサーの実現へ

 群衆センシングを実社会に実装する上で、当面の課題はコストだ。レーザーレンジスキャナーの価格は1台数十万円。今回、施設内のフロアに設置するにあたっては、子どもがいたずらして倒したりしないように円筒形のポールに埋め込む費用も必要となった。

 東野教授が期待しているのは、センサーや制御用コンピューターの小型化・薄型化だ。「例えば、カーボンナノチューブ系のフィルムセンサー、Raspberry Piなどの小型コンピューターは、本プロジェクトを始めた5、6年前にはありませんでした。壁や窓に貼ることができ、太陽光や室内光で動くセンサーやコンピューターがあれば、価格や設置費用を抑えながら、多くの情報を得られるようになるでしょう」と語った。

(取材・文=浅川直輝/写真=佐藤祐介)

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第73号/2016年9月発行

CPS
実社会×ITがもたらす未来

・日本発のCPS基盤づくり目指す
・効率的な除排雪をCPSで実現
・建物内で群衆をセンシングする
・人間行動のセンシングで電力削減
・解説:CPSとは

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