Sep. 2016No.73

CPS実社会×ITがもたらす未来

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CPSとは - 解説

国立情報学研究所 研究戦略室 特任教授

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 「サイバーフィジカルシステム(Cyber-Physical System: CPS)」という概念は、今から10年以上前から、米国を中心にリアルタイムシステム、組込みシステム、センサーネットワークなどの研究コミュニティーで議論されてきました。そして、米国の国立科学財団(NSF)によるワークショップを経て分野横断型の複合研究領域として具体化され、平成19年(2007年)の米大統領科学技術諮問委員会(PCAST)の報告で情報通信技術(ICT)研究開発における最優先項目として取り上げるべきとの提言がなされました。

 CPSの基本要素は、実世界に対するセンシング(データ)とコンピューティング(計算、意味理解)、それに基づくアクチュエーション(制御、フィードバック)であり、実世界(人、モノ、環境)とICTが密に結合・協働する相互連関の仕組みとしてCPSを定義することができます(図)。連続的に変化する実世界を取り扱うシステムであることから、特にリアルタイム性はCPSの重要な要件となると考えられます。一方、実世界のさまざまなセンシングデータを扱うため、膨大なデータ量を処理することが求められます。そのため、クラウドコンピューティングや、大量のデータから意味をくみ取るビッグデータ処理を、リアルタイム性を損なわずに取り入れることも大きな課題となると考えられます。

 CPSの実世界センシングの側面に着目すると、CPSは今流行の「Internet of Things(IoT、モノのインターネット)」や、かつてよく使われた「ユビキタス・コンピューティング」の概念と重複するところもあります。ただし、これらは主にデータへのアクセスや交換というネットワーク接続性の偏在化という仕組みについて論じており、情報を分析することにより実世界へのフィードバックまでを完遂すること目指すCPSとは、やや違う概念として捉える方がよさそうです。

 CPSは、実世界とICTの融合、あるいは連関システムとして、多くの分野にまたがる複合研究領域であり、幅広い応用分野に適用できるものと考えられます。例えば、自動車の自動運転(交通システム分野)、ウェアラブルやインプラントの医療デバイスを使って人間のバイタル情報から必要なアクションをフィードバック(ヘルスケア分野)、利用者の電力消費をセンシングして供給電力を最適化(エネルギー分野)、工場での機器稼働状況を監視して生産を最適化(生産分野)など、さまざまな可能性が広がります。

 NIIが北海道大学、大阪大学、九州大学とともに取り組んでいる「社会システム・サービス最適化のためのサイバーフィジカルIT統合基盤の研究」では、CPSの基本要素の技術研究とともに、その応用効果を実証するために大都市でのスマートな除排雪の実行支援、大学キャンパスや都市の公共空間でのエネルギー消費の最適化支援に取り組んでいます。こういった実世界の社会的問題を解決するためには、機器だけでなく人間もセンシングやアクチュエーションの対象となり、同時にCPSのフィードバック制御のループに入ることも必要になります。そのため、人間の行動をナビゲートする仕組みや、除排雪の状況をリアルタイムに伝えて行政の担当者による対応策決定の支援をするなど、ユニークな取り組みにチャレンジしています。

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