Sep. 2016No.73

CPS実社会×ITがもたらす未来

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北海道大学  効率的な除排雪をCPSで実現

公共交通機関や自家用車から情報をリアルタイム収集

北海道大学は札幌市における除排雪の効率化や最適化にCPS 基盤技術を生かし、その有効性を検証するプロジェクトに取り組んでいる。同大学大学院情報科学研究科の田中譲特任教授に、研究の狙いやデータ収集に伴う苦労、データから得られる成果、今後に向けた開発の方向性を聞いた。

田中 譲

TANAKA Yuzuru

[北海道大学大学院情報科学研究科 特任教授/国立情報学研究所 客員教授]

1974 年、京都大学電子工学専攻修士課程修了。工学博士。北海道大学電気工学科教授、同大学情報科学研究科教授、北海道大学知識メディア・ラボラトリー長、京都大学情報学研究科併任教授などを経て、現職。2004年より国立情報学研究所客員教授。データベース理論、データベースマシン、知識メディアなどの研究に従事。

 札幌市の年間降雪量は約6mにもなり、これは世界の百万都市の中で第1位。2位の都市の約3mと比べると、飛び抜けて多いことがよく分かる。「冬の間は、まるで、日々軽微な災害が発生しているような状態です」。
 札幌市は、除排雪のためだけに年間150億円の予算を計上している。大雪になった数年前には、その費用は220億円にまで膨らんだ。この除排雪作業をソーシャルCPSで改善、効率化し、コストを削減することを目指している。
 除排雪の目的は、降雪下でも都市の社会経済活動を大きく低下させず、維持できるようにすること。そこで、田中特任教授は、社会経済活動にとって重要な「クルマの移動」への影響を最小化することを一つの指標に除排雪作業を最適化することをテーマとした。第一段階として、行政が除排雪車両をいつ出動させるかを、基準を一律に適用したり市職員の経験・勘に頼ったりするのではなく、エビデンス(証拠)ベースで決定できる仕組みづくりに取り組んだ。
 昨年11月、札幌市に大雪が降った際、市は「この時期の雪はすぐに溶ける」と判断して除雪車の出動を見送った。しかし、結果は11月としては62年ぶりとなる40cm超の積雪。バスの運休や道路の渋滞など市民生活に混乱が生じた。市役所には多くの苦情が届いたという。
 「経験や勘に頼るのではなく、気象、道路状況、交通の流れについて過去のデータと実時間のデータを組み合わせることで、より定量的な形で判断を下せる。非効率な出動を減らせれば、コスト削減にもつながると考えています」と田中特任教授は言う。

気象や交通のデータを収集

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 田中特任教授らのチームが収集しているデータは多岐にわたる。目的ごとに必要なデータが異なるからだ。「例えば路面の凍結を予測するには、『前日からの気温の変化』などの気象データと、最後に除排雪作業を行った日付が重要になります」
 そこで、気象関連のデータでは、気象庁のメッシュ情報に加えて気象センサー情報(気温、湿度、気圧、降雨量など)、雨量・雪量をリアルタイムに把握できるXバンドMPレーダー情報などを活用する。
 交通状況は、民間企業から自家用自動車の過去のプローブカーデータ(実際に走行する自動車をセンサーとして得るデータ)を提供してもらった。道路ごとの平均速度データや、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が起動した地点のデータなどだ。さらに、タクシー会社2社から、富士通株式会社の位置データサービス「SPATIOWL」を通じて、統計処理した5分ごとのリアルタイム運行データの提供も受けている。
 このほか、北海道警察からは過去十年分の交通事故データを入手。地下鉄の乗降記録、除排雪に関わる苦情のデータなどの提供も受けている。
 この実証実験は、収集できるデータの質と量こそが成否を決める。このため、田中特任教授は札幌市、道警、民間企業に一件一件赴き、データの提供を依頼したという。

スマホアプリで移動履歴を収集

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 これに加えて、プロジェクトとして独自に集めたデータもある。まず、札幌市の公共交通機関の情報を把握するため、位置データを収集できるアプリを搭載したスマートフォンを札幌市の路線バス23台に設置してもらった。このうち1台には、積雪で道幅がどれくらい狭くなっているかを把握するため、前面にレーザーレンジスキャナーを搭載。路面と道路両脇の雪の状況を3次元データで取得している。
 「拡幅除雪は、ロータリー除雪車が道路脇の雪山のすそをかき取り、雪山の上に積み上げて道路の幅を広げます。ところが、上に積んだ雪は徐々に崩れて、また下に落ちてきてしまうため、繰り返し行う必要がある。その際、この3次元データが拡幅除雪の効率化に役立つのです」
 さらに、道路状況を「点」でなく「面」で把握するため、今年からクラウドソーシングの試みも始めた。別のプロジェクトで開発したドライブレコーダーアプリを公開し、同意を得た上で市民ドライバーの移動履歴データを収集している。
 ここまで多様なデータを扱うとなると、データの質も形式もまちまちだ。田中特任教授は「収集したデータを加工・選別し、つなぎ合わせるキュレーション作業には労力をかけている」と語る。
 例えば、プローブカーデータの場合、民間企業から提供される自家用車やタクシーのデータは道路リンクごとの平均速度を示した統計値。一方、アプリを通じて市民ドライバーから収集したデータは、1台1台の移動軌跡を示すデータになる。データフォーマットがまったく異なるため、用途に応じて加工・統合する必要があった。

除排雪の成果を予測する

 こうした過去データと実時間データを分析することで、昨年までに「除排雪をした結果、交通の流れがどれくらい改善できたか」といった数字を取れるようになった。札幌市からは「除排雪の成果を可視化するシステム」として評価されているという。
 田中特任教授は、今後、より高度な分析に取り組む考えだ。除排雪の緊急度を分析し、例えば、「定時運行バスに影響を与える箇所」「交通のボトルネックになりがちな箇所」に優先度を付けて除排雪車を出動できるようにする。加えて、「これを実行したら、何が起こるか」といった予測機能も開発したいという。昨シーズンの実験で得た実データを基に、今年の冬に開発を間に合わせたいと展望を語った。

(取材・文=浅川直輝 写真=佐藤祐介)

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