Mar. 2021No.91

NII Research Data Cloud 本格始動へオープンサイエンスを支える研究データ基盤

Interview

次世代研究データ基盤「NII RDC」への期待

オープンサイエンスを推進し、イノベーションを促すために

政府の「統合イノベーション戦略」や「科学技術基本計画」はオープンサイエンスの推進を強調する。研究成果を社会や科学界に還元するなかで、研究データを積極的に公開して分野横断的な研究を育みイノベーションを促す。研究の透明性を確保する狙いもある。国立情報学研究所は、大学などがもっている研究データを適切に蓄積・管理・利用する研究データ基盤の提供を始める。文部科学省研究振興局で情報分野を担当する橋爪淳参事官に、データ基盤整備の意義を聞いた。

橋爪淳

Hashizume Atsushi

文部科学省研究振興局 参事官(情報担当)
1994年早稲田大学卒業、旧科学技術庁入庁。
文部科学省において産学連携、原子力損害賠償、科学技術・学術に係る制度改革などを担当し、在カナダ日本大使館一等書記官、広島大学教授を経て、2019年4月より現職。

滝順一

インタビュアーTaki Jun-ichi

日本経済新聞社 編集局編集委員
早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社に入り地方支局や企業取材を経て、1980年代半ばから科学技術や環境分野を担当してきた。著書に『エコうまに乗れ ! 』(小学館)、共著に『感染症列島』(日本経済新聞社)など。
写真=佐藤祐介

データのオープン化とDXで研究環境の活性化を

─まずオープンサイエンスがいま、加速する背景についてお聞かせください。

橋爪 研究成果やデータを共有、公開してさまざまな人の力を結集して科学を進めていくことが重要になっています。これまでに得られた成果を活用しながら効果的に研究活動を進めていくことができるからです。研究者個人のレベルにとどまらず、学術の領域を超えて異なる分野の研究者も気づきを得る。学際的、分野融合的な研究活動を促します。「第4の科学」という呼び方もされますが、観察や理論、シミュレーションといった従来の研究手法とは異なる、新しい「データ駆動型」のサイエンスの進展にも貢献すると思います。
 またデータの公開は、職業的な研究者ではないが科学に強い関心を抱く多くの人々の力を結集することにもつながり、いわゆる「シチズン・サイエンス(市民科学)」の視点からも重要だと思います。さらに、研究プロセスの透明化、研究の公正性の確保にも貢献していきます。

─ここ数年、日本の研究力の低迷が問題視されていますが、研 究力の向上につながるのでしょうか?

橋爪 研究力の低下にはさまざまな要因があり、オープンサイエンスだけで簡単に解決するとは思いません。ただオープン化とは車の両輪の関係にある「研究のデジタルトランスフォーメーション(DX)」を含めて考えれば、日本の研究環境を再活性化する大きな力になるのではないかと思います。
 文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が公表した分析のなかで、私が注目しているのは、新たな研究の芽となる可能性のある研究の割合が日本は他国に比べて少ない点です。日本の科学研究は既存の主流をなす研究分野に集中する傾向が強いのではないか。科学の進展のためには、やはり新しいことへのトライアルが重要ではないかと思います。そのためにはいろいろなデータや成果を共有し、皆がアクセスしやすくする。異分野の人の参入をしやすくし、気づきの機会を増やすことが研究力の強化につながります。

デジタル化によって新しい研究スタイルを生み出す

─DXは政府の第6期科学技術・イノベーション基本計画でも重視されていますね。

橋爪 新型コロナウイルス流行以前からIT技術の活用は重要な課題でしたが、コロナ禍で抜き差しならない課題になりました。政府全体ではデジタル庁を設けて社会の変革に取り組みます。文科省でも萩生田光一大臣を本部長とするデジタル化推進本部を設置し、研究・教育やスポーツ、文化の世界のデジタル化を進めていきます。
 デジタル化といっても、既存の情報を単純に「0」「1」のデジタル情報に置き換えるのではなく、新しいスタイルの活動を生み出し研究や教育の環境をレベルアップすることが重要です。先ほど述べたデータ駆動型の新しい科学の振興はその1つです。一方で、大型の研究設備や研究室をリモート化、スマート化して研究者がポストコロナの時代を迎えた後も時間と場所の制約を超えてアクセスし、利用できるようにすることも重要です。
 そうした研究環境をしっかり整えていくことを通じて、研究者がそれぞれのライフスタイルに合った働き方ができる「働き方改革」に貢献する部分もあります。また、自動化で実験の検証を容易にしたり、実験をサポートする技術者の匠の技、たとえば細胞培養のテクニックなどを所属や場所に縛られることなく、さまざまな場所で再現したりできる可能性が広がります。

─データ基盤整備では海外が先行していますか?

橋爪 欧州連合(EU)が「欧州オープン・サイエンス・クラウド」と名付けた大規模なデータ基盤をつくろうとしているなど、さまざまな動きがあります。また、2016年の主要国首脳会議(G7)茨城・つくば科学技術大臣会合で、日本が提案してオープンサイエンスの推進を決議するなど各国で問題意識を共有しています。このような状況を踏まえ、日本としてもデータ基盤の整備を加速していく必要があると思います。

課題はリポジトリの連携、ルールづくり、人材育成など

─NIIが取り組む次世代データ基盤整備に期待するところは?

橋爪 地球環境分野など従来からデータの蓄積と共有が進んでいる分野もある一方で、データを蓄えるリポジトリをもたない分野もあります。全体をつなぐ基盤づくりとサポートが重要です。大学共同利用機関であるNIIが大学全体に向けたデータ基盤のサービスを始める、しかも既存の基盤と競合するのではなく全体のメタデータ連携による緩やかな統合をめざすというのは、日本全体のデータ基盤をつくる上で非常に重要な取り組みであり、大いに期待しています。文科省としても、NIIとともにしっかり取り組みたい。

─では逆に、データを駆使したオープンサイエンスを広げていく上での課題はどこにあると考えますか。

橋爪 先ほどの発言と裏腹の関係になりますが、まずデータを安心・安全に保管できるリポジトリの整備が重要です。閉じたリポジトリではなく相互に連携できるものでなくてはいけません。そこは次世代の「学術情報ネットワーク(SINET)」整備のなかでNIIと文科省が連携して実現に向けて取り組んでいきます。それが1つ目の課題です。
 2つ目は、基盤ができたら各分野の研究者が情報分野の研究者と協働して、データ活用による新しいサイエンスをいろいろな分野で広めていくことが必要です。
 ルールづくりも大切です。研究データをどう管理していくのか。オープンにすべきものなのか、関係者だけで共有すべきものなのか、オープン・クローズの戦略も考えねばなりません。さらに、個人データも含め社会活動のなかで生み出されるデータを研究で活用する機会が増えています。そうしたデータを扱うにあたってのルールを考える必要もあります。
 データをマネジメントする人材の育成も重要になります。データサイエンスを各研究機関がばらばらに進めるのではなく、グッドプラクティスの共有、困った時のサポートなど、全体を横につなぐ活動もどこかに担ってもらう必要があります。
 その点でNIIには強みがあります。NIIは、データ基盤を担う中核的な機能とともに研究力をしっかり備えている。SINETなど研究基盤のサービス提供と先端的なデータサイエンスの研究を両輪で展開していることから、研究現場のニーズを研究にフィードバックして生かすことができる。研究基盤の上にさまざまなサービスを展開していただき、こんなこともできるといった先端的な事例をつくり新しい時代の可能性を示してほしい。

─デジタルへの移行は、取り組めばその先に良いことがあるわけですが、研究者にとって最初は面倒なことも多いと思います。現場に向けてはどんなメッセージを。

橋爪「ピンチをバネにして新しい挑戦を」などとよく言われますが、課題が山ほどあるなかで新しい状況に対応することは容易ではありません。デジタル化やオープンサイエンス化を進めた先にどんな姿形があるのかを示したいですね。ルールづくりも規制というより、こうすればうまくできるという共有知にして、少しでも現場で悩まなくてもすむようにしていきたいと思っています。

インタビュアーからのひとこと

 デジタル・トランスフォーメーション(DX)やデジタル化という言葉を見聞きしない日はない。新型コロナパンデミックを通じて、日本社会や政府のデジタル化の遅れを痛感させられた。デジタル化のすべてに対し諸手を挙げて歓迎はできないものの、否応なく潮流に乗り世界の流れに先回りする覚悟がいまの日本には必要だと思える。
 橋爪さんが指摘するように、日本の研究機関のなかでNIIはユニークな立ち位置にある。SINETに代表される研究情報基盤の提供と情報科学の基礎的な研究力を併せもつ。パンデミック下でNIIが開催したオンライン教育に関する一連のサイバーシンポジウムは、その機能を発揮した端的な例だ。急きょオンライン教育への転換を迫られた大学を情報共有によって支援した。データ基盤に関しても同様の働きを期待したい。

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