Mar. 2020No.87

「情報科学の達人プログラム」始動情報学分野の若き才能を育てる

NII Today 第87号

Interview

トップ人材を育て、裾野も広げる

情報分野でも活躍が期待される高等専門学校の挑戦

実践的な技術者として評価の高い人材を多く生み出していることで知られる高等専門学校(高専)は、情報の分野でも人材の宝庫であり、「情報科学の達人プログラム」では、中高生だけでなく、高専生もプログラムの対象としている。高専では、早くからすべての学生を対象にした情報リテラシー教育に取り組み、一方で、情報系のトップ人材の育成もめざしており、高専側は本プログラムへの参加を積極的に促していくという。同時に、課題もある。国立高等専門学校機構の本江哲行 教育総括参事と、情報を専門とする野口健太郎 教育参事に聞いた。

本江哲行

Tetsuyuki Hongo

1982年富山高専卒、1986年金沢大学大学院修士課程修了、2000年博士(工学)。1986年株式会社不二越入社、1988年富山高専助手、2003年同教授、2015年国立高専機構本部事務局教授。

野口健太郎

Kentaro Noguchi

1994年熊本電波高専(現、熊本高専)卒、2001年豊橋技術科学大学 博士課程を修了。博士(工学)。同大学助手、2005年沖縄高専准教授、東京高専准教授を経て、現職。専門は、ディジタル信号処理、福祉工学。

辻 篤子

聞き手Atsuko Tsuji

名古屋大学国際機構 国際連携企画センター特任教授。1976年に東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科を卒業。
79年朝日新聞社入社、科学部、アメリカ総局、論説委員などを歴任、科学技術、医療を中心に担当。2016年10月より現職。名大ホームページでコラム「名大ウオッチ」を連載中。
(※取材当時)

独自の教育カリキュラムで高い評価を得る高専

 高専は技術者を育成する高等教育機関として、国内だけでなく、国際的にも高い評価を受けています。

本江 高専は15歳から20歳まで5年間の一貫教育で中堅技術者を育てる目的のため、1962年に設立されました。その後、技術の高度化に対応して5年プラス2年で学位を取れる専攻科が設置されました。なお、国立の高専については、2004年に国立高等専門学校機構として独立行政法人化されました[1]。現在の目標は、実践的技術者の育成、つまり、自ら課題を発見して解決できる、エンジニアリングデザイン能力を身につけた技術者を育てることです。卒業後も学び続けることのできる力、そして人間力も重視しています。高専ごとに割合は違いますが、国立高専機構に属する高専(以降、国立高専)全体で見ると、卒業生の約6割は就職し、多くはリーダーとなって活躍しています。残りの約4割は、大学院に進学できる専攻科へ進学、もしくは大学の学部へ編入します。学部に編入した学生も大学院に進学する人が多くいます[2]

 情報分野の教育はどうなっていますか。

本江 国立高専では、電気・電子系や情報系などいわゆるIT系人材の卵となる学生が約45%を占めていますが、モデルコアカリキュラムに基づく専門ごとの教育に加え、分野横断能力として、全員が最低限の情報リテラシー、特にセキュリティの知見を身につけることになっています。機械系や土木系、あるいは化学系でも、分野ごとに「守るべきものは何か」を理解させます。

野口 情報分野では人材が質、量ともに不足しています。若いうちに学んだ方が効果的なので、高専の役割は大きい。例えば、サイバーセキュリティの分野の人材育成にも力を入れていて、2017年に木更津高専のチームが、大学対抗の情報危機管理コンテストに参加して優勝しました。高専全体の中には確実にトップ人材がいますし、成果を出しています。情報分野でめざましい活躍をしている卒業生もいます。

独自の取り組みで情報のトップ人材の輩出を

 「情報科学の達人プログラム」には、どのように取り組まれていくのでしょうか。

本江 受験がない分、高専生は活動しやすい環境にあり、新しい学びの機会としてしっかり活かしたいと考えています。そもそも高専では、技術者を育てるだけでなく、多様な人材の輩出をめざしています。トップ人材育成の一つとして、このプログラムにはたいへん期待しています。プログラムへ参加することでどういう人間が育つか、参加した高専生がまわりの学生にどういう影響を与えるのか、非常に楽しみです。また、学生たちがそういう場に出ていくことで、高専の強み、あるいは弱みを把握する機会になるのでは、とも思っています。

野口 教員にとっては、プログラムを通じて、変化の速い情報分野の動きにキャッチアップし、社会を知るきっかけになると思っています。そこで得たものをカリキュラムに落とし込んでいきたい。そのためにも、このプログラムで学生がメンターに出会って何を学び、どんな変化があったか、ぜひフィードバックしていただきたいですね。イベントだけで終わらせないためには、アウトカムも重要ですが、学びを可視化することが欠かせません。これに限りませんが、それぞれ役割分担があるので、何ができるようになったのか、バトンパスをきちんと行うことが重要だと考えています。

 課題はありますか?

本江 国立高専はもともと地域の要として、都道府県庁所在地ではなく、大学の工学部のないところに設置されたので、メンターのいる大学に通えるかどうかは課題です。情報系ならITを活用して遠隔でも交流できるので、不便さを逆手にとって新しい学びのモデルをつくれるかもしれません。新しい学びのモデルができたら面白いし、ぜひ活用したい。

野口 本当のトップ人材は、全国でもそうたくさんはいないかもしれないけれど、必ずどこかにいます。彼らに学ぶ機会を与えることが重要です。場さえ与えられたら、必ず伸びる。先の木更津高専の例のように、安心して自由に挑戦できる場があり、きっかけさえあれば、グングン伸びていきます。

本江 そう、時には教員が追いつかないくらいに。また、誰かが飛び出したら、皆いっせいに続くのが高専生の特徴なので、このプログラムに参加した学生が戻ってきたら面白くなりそうです。自分の出身校で教えたり、起業した卒業生が戻ってきて後輩に教えたり、若い人同士で教え合って互いにいい影響を与える。そもそも、そうした好循環、つまりエコシステムが高専にはあります。それが我々の大きな強みであり、プログラムの持続的発展に寄与できるのではないかと思っています。

学生間、教員間のさまざまなコラボに期待

 NIIに望むことは?

本江 高専は出口としての地域の企業、また先端研究では大学や大企業との連携を重視しています。NIIとも顔の見える関係になることで、私の専門で言えば知財教育など、さまざまなつながりができそうです。NIIに来ている海外からの留学生と高専生との間でコラボができたら、グローバルな面白い化学反応が起きるかもしれません。教員同士の交流が進むことで、学生にとっても新たなキャリアパスが見えてくると期待しています。

野口 高専はとかく閉じた世界になりがちなので、何より多様性が大切です。「情報科学の達人プログラム」を通じて、いろいろなパスを見せて欲しいし、高等教育に新たな刺激を与えて欲しい。学生がどう化けるか、そこが勝負ですね。

(写真=相澤 正)


  • [1] 高専は、全国に国公私立合わせて57校(国立51校、公立3校、私立3校)あり、全体で約6万人の学生が学んでいる。
  • [2] 平成30年度は、卒業生9006人のうち、就職5290人、進学3501人(うち専攻科への進学は1475人、大学への編入学は2023人)。なお、同年度の専攻科修了生は1497人で、940人が就職し、529人が国公立や私立大学の大学院に進んだ。

インタビュアーからのひとこと

 高専に進むのは中学卒業生の100人に1人と少ないが、技術者の世界では10人に1人、そして海外に出ているスタッフでは5人に1人と、高専卒の存在感は増しているそうだ。「想像している以上に評価が高く、それに応えるために私たちも必死」と本江さんはいうが、あらゆる機会を学びにつなげようという強い意欲が伝わってきた。その意味で「情報科学の達人プログラム」への期待は大きい。高専がさらに飛躍するきっかけになって欲しいと思う。

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