Jun. 2019No.84

コンピュータビジョン研究の最前線見えないものを捉える"機械の目"

Interview

光をデザインして、見たい世界を覗く

目的に合わせて光を選択、食品検査や医療に応用

人間の目には見えないものを画像から解析したり、バーチャル空間に現実の世界を再現したりするコンピュータビジョンの技術は、デジタルカメラの顔認識や映画のコンピュータグラフィックス(CG)、3D 地図などで身近な存在だ。最近は機械学習による人工知能(AI)を使い、応用範囲を品質検査や医療診断などへ広げつつある。コンピュータの賢い目は私たちの生活をどのように変えるのか。研究の最前線を担うNII の佐藤いまり教授に聞いた。

佐藤いまり

Imari Sato

国立情報学研究所 コンテンツ科学研究系 教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 教授

滝田恭子

聞き手Kyoko Takita

読売新聞東京本社 編集局次長
1989 年、上智大学外国語学部卒業、読売新聞社入社。2000 年、カリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院修了。2002 年より科学部で科学技術政策、IT、宇宙開発、環境、災害などを担当。論説委員、科学部長を経て2018 年より現職。

滝田 コンピュータビジョンの研究はどのように進んできたのでしょうか。

佐藤 最初は、ロボットに人間の目を持たせたい、というところから始まりました。私たち人間は、視覚の情報を通して実世界を理解しています。花がどこにあるのか、どんな色をしているのか、私が会っている人は誰か。目で見て理解するプロセスを、ロボットのカメラを通して実現するのがコンピュータビジョンの目的です。

 私は1990年代前半、人工知能の先駆的な研究を進めていた米国カーネギーメロン大学で1年間の留学生活を送り、その後、訪問奨学生として学ぶ機会を得ました。その時、世界初のロボット工学研究所の所長である金出武雄教授のアシスタントを務め、研究所で進められていた自動運転、探査ロボット、ステレオカメラを使った距離計測など、コンピュータビジョンの技術に興味を持ちました。

 ゲームや映画のCGにもコンピュータビジョンによる実世界解析技術が用いられていて、登場人物や物の質感は実物計測に基づくモデル化技術の発展により昔に比べて格段に向上しました。これは光がこの窓から差してきたら物はこう見えるという「実世界での豊かな見えの違い」を、コンピュータで再現できるようにモデル化しているからです。近年では,物体の表層での光の伝搬解析・モデル化技術を取り入れることで、人肌など、リアルな質感が再現できるようになっています。コンピュータビジョンの研究は、人間の目の模倣からコンピュータ上での現実世界の再現へと広がってきましたが、今、私は人間の目で見えないものもコンピュータの目を通して解析しようとしています。Interview84-1.jpg

滝田 人の目で見えないものをどのように見るのでしょう。

佐藤 太陽の光を物体が反射する。その反射光の中で、人間がセンシングできるのは可視域の光だけです。その中でさらに、視細胞により、赤、緑、青の三原色の色として世界を知覚することが知られています。でも、昆虫は紫外線を感知できたり、蛇は赤外線を検知できる感覚系を持っていることが知られています。例えば蝶の雌雄は人間の目では区別がつきませんが、オスは紫外光を吸収するので蝶の目には黒く見えます。メスは反射するので白い。人間には透明に見える水も、近赤外の光を通して観察すると、水が光を吸収し、深さに応じて明るさが変化します。

滝田 光を操ると、新しい世界が見えそうですね。

佐藤 食品の検査にも役立ちます。メロンの甘さを調べるには、ほかの波長をブロックするフィルターを置き、可視光の中でも、糖度と相関がある676nm の光を観察することで糖度の可視化も可能です。最初はいろいろな波長で反射・吸収の様子を計測し、その中で糖度と相関の高い波長がわかれば、次からはその波長だけで見ればいいわけです。

 どの光を使えば、一番知りたい情報を得られるのかということに興味を持って研究を進めています。センシングと解析を一致させた画像処理をしたいと思っています。

 光を吸収して自ら発光する「蛍光」にも着目しています。例えば、オリーブオイルに緑色の光を当てるとオレンジ色に変わります。でも、サンフラワーオイルでは緑色のままです。見た目は同じような色をしていますが、緑色のレーザーポインターがあれば、すぐに区別がつきます。スコッチ・ウィスキーとそれ以外のウィスキーも蛍光発光の色が異なります。バクテリアがよく吸収する波長を使って、肉の腐敗の度合いを調べることもできます(写真1)。生物や物質によって吸収する波長や発光の色が異なるので、大量の画像データを機械学習で解いて、識別に最適な照射光の波長分布を決めるアルゴリズムを発表しています。

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滝田 食べ物を切ったり、割ったりしなくても、中の状態を調べられますか?

佐藤 リングライト(環状の光)を使って、中まで見ようという研究を進めています(写真2)。ゆで卵に小さなリングライトを当てると、表面の反射だけの画像が撮れますが、大きなリングにしていくと中の黄身の塊の反射を含んだ画像が見えてきます(写真3)。そして大きなリングの画像と小さなリングの画像の差分を集めると、物体の層構造がわかります。CTスキャンのように見えるんです。でも、メロンのように皮が厚いと、光が表面で吸収されてしまって中が見えません。いかに光を奥深くまで届かせるのかが課題です。

滝田 医療への応用も期待できそうですね。

佐藤 内閣府のImPACTプログラムにも参加し、光超音波画像解析を進め、機械学習技術による医療診断サポートにも取り組んでいます。そしてこの技術をがん診断に使おうとしています。これは、近赤外の光を生体に照射すると、光を吸収して、血管が膨張し、超音波が発生する仕組みを使っています(図1)。がん細胞の周囲の血管は長さや太さに特徴があるので、乳がんを対象に血管の画像を解析して検証を進めています。生体への影響が少ない波長の光なので、エックス線検査のような被ばくのリスクもありません。次世代の医療機器になればすばらしいと期待しています。

滝田 コンピュータビジョン研究の将来について聞かせてください。

佐藤 研究室での解析を屋外で可能とするポータブルデバイスの開発に取り組み、医療分野では非侵襲診断に使えるようにしたい。スマホのような身近なデバイスを使って、スーパーの食品の鮮度や味が見えるようになるかもしれません。

(写真=佐藤祐介)

インタビュアーからのひとこと

 天文学の世界では、可視光以外の波長で観測した新たな宇宙の姿が知のフロンティアを広げてきた。目に見えない光を操れば、私たちに身近なキッチンや冷蔵庫の中にも別の世界が現れてきそうだ。高齢化が進む日本、「昔は見えていたものが見えなくなった」という悩みの解決にも役立ってほしい。

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