Mar. 2018No.79

ITによる新しい医療支援「医療ビッグデータ研究センター」始動

Essay

異なる學問ノススメ

Ken Satoh

国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系 教授

 私は、10年ほど前から、AIの応用として法学を選び、研究を行っている。本稿では、その経験から、異分野融合のあるべき姿について考えてみたい。

 学問の"たこつぼ化"が問題となり、ずいぶん前から異分野融合が推奨されている。情報学と他の分野との融合もトライされているとはいえ、成功しているのはbio-informatics(生命情報科学)などに限られている。よくあるパターンとしては、相手方が現在問題と考えているものを聞いて、こちら側がその手足となって解いてみるというものや、相手方に自分の研究を使った応用を考えてもらうということである。

 しかし、私の経験からいえば、このような方法では真に成功するのは難しいと思われる。なぜならば、第一の共同研究の方法では、相手方がその分野の超一流であれば、問題の本質をとらえた研究ができるが、必ずしも相手方がそのようなレベルにいるかどうかわからないので、手足となってその問題を解いてもあまりインパクトがない場合があり得る。第二の共同研究の方法では、そもそも、相手方の問題に最適な手法であるかどうかもわからない状態で、解法を呈示するので、相手方の分野の真の進歩につながらない。これらの問題は、結局、相手方の分野について深いレベルでの理解がないことに起因していると思う。また、せっかく、情報学という新しい切り口でその分野を理解するチャンスがあるのに、上記の方法ではそのチャンスをつぶしているように思える。

 私は、過去のそのような異分野融合の失敗を踏まえて、AIを法律に応用するため、法律分野にどっぷりつかろうと思い、NIIの研修制度を利用して東大法科大学院へ入学した。最初のうちは、言葉や考え方のあまりの違いに、AIが法律に対して何か貢献できることはあるのだろうか、と思っ たこともしばしばある。しかし、幸運にも、司法研修所(司法試験の合格者が1年程度、実務経験を積むところ)でのみ教えられていた「要件事実論」という不完全な情報から判決を導くための裁判規範が、法科大学院制度が始まって、法科大学院でも教えられるようになっていた。

 この理論は、まさに私がAIにおいて専門として研究していた不完全情報下での妥当な論理的推論と一致しており、計算機上で実装できることがわかったのである。そして、現在、この実装を基にして民法の契約法について信頼性の高い判決の自動推論システムを構築している。これは、法科大学院に行っていなければ出合えなかった機会であり、成功例の一つといえよう。また、副作用として、平成27年度に司法試験に合格することもできた。

 NIIが所属する大学共同利用機関法人情報・システム研究機構(ROIS)は、21世紀の重要な課題である生命、地球、自然環境、人間社会など複雑な現象に関する問題を情報とシステムという視点から捉え直すことによって、分野の枠を越えて融合的な研究を行うことをめざしている。この目標からいえば、今回のような成功例をもっと増やすべきであると考える。

 ROISには、情報を扱っている研究所(国立情報学研究所、統計数理研究所)とシステムを扱っている研究所(国立遺伝学研究所、国立極地研究所)が同じ機構内にあり、融合の機会に恵まれている。さらに、ROISが参画している総合研究大学院大学博士課程に相互に研究者の入学を推奨するような枠組み(たとえば、授業料のサポート)を作れば、上で述べたような深い分野間の理解ができ、真の融合ができる可能性があると考える。ROISの独自性を出す意味でも、ROIS本部に検討をお願いした いところである。

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