Dec. 2016No.74

地方創生情報学が果たすべき役割

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地方創生を支える「SINET」

NII は情報学分野の研究に取り組むとともに、大学共同利用機関として全国の大学や研究所など約850 機関をつなぐ日本の学術情報ネットワーク「SINET」を構築・運用している。高信頼・超高速ネットワーク環境で研究や教育活動を支えるSINETは、日本の学術コミュニティーの発展に不可欠なインフラストラクチャーだ。「地方創生を支える『SINET』」では、地方と東京、地域と地域をネットワークで結んだ教育の連携や、災害に備えた学術ネットワークの構築など、地域活性化に不可欠な情報インフラの発展にSINET が貢献している事例を紹介する。

事例紹介1
地方と東京、地域と地域をつなぐSINET

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 宮沢賢治も学んだ盛岡高等農林学校を前身とする岩手大学農学部。盛岡高等農林学校が開校した20世紀初頭から続く伝統を持ち、国内でも数少ない獣医学科は、平成24年度(2012年度)から、東京農工大学農学部との「共同獣医学科」として設置されている。例えば、岩手大学の学生は盛岡市北部に位置するキャンパスにいながら東京農工大学の「動物病理学総論」の講義を受講し、一方で、岩手大学の「馬臨床学」を東京農工大学の学生も自分たちのキャンパスで聴講する ─。500キロ以上離れた地方と東京の大学をテレビ会議システムでつないで行われる遠隔講義を支えているのは、SINETのネットワークだ。

 岩手大学は平成2年度(1990年度)から、帯広畜産大学、弘前大学、山形大学とともに「岩手大学大学院連合農学研究科」も構成している。こちらは、津軽海峡や奥羽山脈も越えて、北海道と東北地方の国立大学4校が連携。4大学が地理的に離れていることを逆にメリットととらえ、多様な博士課程教育を展開している。ここでもテレビ会議システムによる遠隔講義が活用されている。

 岩手大学で昨年度、共同獣医学科と大学院連合農学研究科での遠隔講義は合わせて500回を超えた。岩手大学発、他大学発、あるいは、双方向と形態はさまざま。同大学の教育系、事務系両面の情報インフラの整備・運用を担う「情報基盤センター」の副センター長、中西貴裕准教授は「教育活動や大学運営にネットワークは不可欠な存在であることは間違いない。ネットワークを使って何かをやったというのは、まるで、電気を使って何かをやったというのと同じくらい、日常に馴染んだインフラになっている」という。

 平成23年(2011年)3月11日、岩手大学も東日本大震災に見舞われた。発生直後から、情報基盤センターの職員たちもボランティアとして被災地に入り、さまざまな支援活動を行った。震災発生後しばらく、電話は輻輳して使いものにならず、学内や学外の震災対策の部署や機関との連絡はネットワークを利用したメールなどに頼らざるを得なかったという。それだけに、強固なネットワーク構成のSINETが東日本大震災でも接続断を起こさなかったことが、被災地支援にも大いに役立ったという。

 当時同センターに所属していた現教育学部の吉田等明教授は、かねてより、盛岡など全国各地の地域SNS間の連携に取り組んでいた。地方と地方を全国規模でつないだこのネットワークが、止まらなかったSINETのネットワークとともに生きた。震災時に盛岡市にあった地域SNS「モリオネット」の支援要請の呼びかけに、日本の他地域の地域SNSが呼応。各地の地域SNSのリレーにより、被災地から遠く離れた地域から岩手県まで支援物資が届けられたという。当時を知る関係者は、SINETを抜きにセンターの支援活動は成り立たなかったと明言する。

 こうした大震災の経験を踏まえ、中西准教授は「東日本大震災後にSINETに接続するデータセンターが県内に設置され、さらにSINET5になってネットワークがメッシュ化されたことは心強い」と話している。

(取材・文=美土路昭一)

事例紹介2
災害に強い 地域の学術ネットワークをサポート

 地震大国と呼ばれる日本。平成23年(2011年)3月の東日本大震災、平成28年(2016年)4月の熊本地震、10月の鳥取県中部地震と、過去5年間だけをみても大きな地震に何度も見舞われている。SINETは、こうした災害時にも一度も途切れることなく日本の学術コミュニティーをつないできた。このSINETの高い信頼性を基盤に地域の学術ネットワークの堅牢性を高める取り組みとして構築されたのが「高知学術情報ネットワークワーク」だ。

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SINETを地域IXに接続

四国の南にある南海トラフ(海底の細長い溝)は大規模な地震発生帯で、過去に何度も大きな被害をもたらしてきた。政府の地震調査研究推進本部によると、マグニチュード8~9の地震が30年以内に起きる確率は60~70%。ひとたび南海トラフ巨大地震が起きれば、四国は甚大な被害が想定されている。しかし、「高知学術情報ネットワーク」の構築以前、高知県内の教育機関は学内のインターネット環境やキャンパス間の通信を組織ごとに個別に商用回線を使うことで実現していた。

 SINETは多重障害を想定した迂回路を設定することでネットワークを強固なものにし、高機能で高信頼な情報基盤を維持している。このSINETに直接接続できるデータセンター(DC)が高知県に設置されることを地元が知ったのは、平成23年2月。その直後に東日本大震災が発生したため、南海トラフ地震への警戒感を強めた県内の学術コミュニティーは、これを機にSINETの安定した情報基盤との連携に踏み出すことにした。

 そこで、高知大学、高知県立大学、高知工科大学、高知工業高等専門学校、高知学園短期大学は、「高知学術情報ネットワーク連絡会」を組織。平成24年4月にSINETの高知DCが高知市に設置されて地域IX(インターネットエクスチェンジ)[1]に接続されると、各組織の接続構成を約1年かけて変更し、通常時の通信のほとんどをSINET経由に切り替えた。このネットワークの構築を牽引してきた高知工科大学の菊池豊特任教授は、「SINETにつながったことで、南海トラフ地震に対する備えが大きく前進した。この枠組みをさらに発展させ、ネットワークの堅牢性、利便性を高めていきたい」と語る。

 今後は、被災時のSINETへの接続経路確保のため、高知DCだけでなく近隣県のDCにも接続するネットワーク構成にも取り組んでいく予定だ。また、「高知学術情報ネットワーク」の構築にあたっては、参加機関が同ネットワークに接続する「通信拠点(PoP)」を高知市のほか海から離れた南国市にも置き、どちらかが被災してもネットワークは維持できるようにした。この南国市のPoPをSINETの香川DCに接続する構想もある。

 商用インターネット接続も、従来は各機関が独自に接続事業者と契約していたため、接続経路が東京のIX経由となり、高知から遠く離れた首都圏が被災した場合でも県内のネットワークが断絶してしまうことが懸念されていた。これも「高知学術情報ネットワーク」構築時に同ネットワークを地元の地域IXを利用して構成することで、地域内の通信が東京を経由することがなくなり、災害などで東京のIXに大規模障害が起きた場合でも参加組織の情報通信が影響を受けることがなくなった。

情報ライフラインとしてのSINET

 現代の生活において、インターネットなどの情報インフラは生活にも仕事にも不可欠であり、ネットワークが断絶されれば、社会活動がストップしてしまうほどの影響を及ぼす。菊池特任教授が、「大学などの学術機関は大規模災害の際、避難所になったり、安否確認などの連絡窓口になったりと、生活や情報通信の拠点になりうる」と指摘するように、学術情報基盤を強固にすることは、学術コミュニティーをつなぐだけでなく、地域の人々のネットワークを守ることにもつながる。SINETは、地域を支える情報ライフラインとしての重要な役割も担っているのだ。

(取材・文=高橋美都)

[1]IX(インターネットエクスチェンジ):インターネット接続事業者のネットワークを相互接続するポイント。

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