Dec. 2016No.74

地方創生情報学が果たすべき役割

Article

情報学の研究を地域活性化に活用

[1] 観光振興にITとビッグデータ
ロケ地情報で外国人旅行客にもアピール

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 ケニアで医療ボランティアに取り組む医師を描いた映画『風に立つライオン』を撮影した鍋冠山公園や、同じく大沢たかおさん主演のドラマ『JIN ─仁─』に登場する東山手十二番館─。長崎のロケ地情報を地域の観光振興に活用するアプリケーション「ながさきロケなび」は、NII 情報社会相関研究系の曽根原登教授と長崎大学大学院工学研究科の小林透教授の研究グループによる共同研究から生まれた。

 曽根原研究室が取り組んでいるのは、「データ中心政策科学」の創成に向けた研究開発だ。これは、web / SNSデータや公的統計データ、自治体オープンデータ、IoT センシングデータなど人間や社会の状況や行動を反映した「ソーシャル・ビッグデータ」を集積・分析して、エビデンス(科学的根拠)に基づく合理的な政策決定を支援しようという研究。例えば、エビデンスに基づいて地域の観光施策を決定できるように、移動や宿泊、飲食など域内の観光客の動向をより網羅的に把握できる情報解析基盤を構築する。おのずと、曽根原研究室は地方で異業種とも連携した共同研究が多い。長崎大学とはweb/SNSデータとオープンデータの連携に関して共同研究開発を行い、「ながさきロケなび」には長崎県フィルムコミッションが協力している。

 観光振興は地方創生の大きな柱の一つ。そこでの課題解決には最先端のIT(ICT)やビッグデータの活用が求められる。長崎市は観光庁の「観光立国ショーケース」に名乗りを上げ、今年1月、全国3都市の一つに選ばれた。「観光立国ショーケース」の目的は、多くの外国人旅行客に選ばれるような観光地域のモデルケースを作ること。これを受け、長崎市は長崎大学、西日本電信電話株式会社と三者で「観光活性化等におけるICT利活用」に関する包括連携協定を2月に締結。長崎大学はICT 利活用の実例として、「ながさきロケなび」を協定の調印式で発表した。

 「ながさきロケなび」は、共同研究で開発した「自己拡張型オープンデータプラットフォーム」の技術を活用している。オープンデータ化した既存のコンテンツを「核」として保有し、SNSで発信された最新情報も取り込んでコンテンツを拡張する仕組みだ。ロケ地情報を多言語化したオープンデータとすることで、英語、韓国語、中国語にも対応。小林教授は「日本の映画やドラマ、俳優に興味を持つ外国人への対応が必要だと考えた。このアプリをきっかけに、より多くの外国人観光客に長崎を訪れて欲しい」と期待を語る。

 「自己拡張型オープンデータプラットフォーム」を使えば、ロケ地情報のような既存の観光コンテンツをオープンデータ化し、ユーザーインターフェース部分を開発することで、各地域にマッチした観光アプリを開発可能だ。曽根原教授は「一つの地域でうまくいった例は、他の地域にも応用できる」と話す。NIIはDMO(Destination Management Organization=観光地域づくり推進法人)プラットホームを提供し、地域がそれぞれの特徴に合わせて活用する。そのためには、地元の大学が地域社会や自治体と協働する必要もあるだろう。曽根原教授は「NIIは全国の大学とネットワークでつながっている。各地の特色あるDMOがクラウド連携できる取り組みを広げていきたい」と語る。情報通信研究機構の「ソーシャル・ビッグデータ利活用・基盤技術の研究開発」の支援を受けて研究開発しているネットワーク型のデータ駆動政策決定支援システムは、山梨県と山梨大学、長野県と信州大学、神奈川県、東京都中野区、福井県鯖江市などにも広がりを見せている。

(取材・文=美土路昭一)

[2] ビッグデータ解析で縁結び 地域のお見合いをITで支援

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写真│ビッグデータを活用したシステムを紹介する
「えひめ結婚支援センター」のwebページ

 松山市の「えひめ結婚支援センター」は、NIIが開発したビッグデータ解析をお見合いサービスに取り入れている。お見合いを申し込んだ際の承諾率は導入後に13%から29%に上昇。ITの最新技術で地域課題の解決を目指すこの取り組みは評価され、総務省の地方創生に資する「地域情報化大賞2015」の特別賞にも選ばれた。ビッグデータ解析を手掛けたNII情報学プリンシプル研究系の宇野毅明教授は「データの質が良く、アイデアの良さが反映されやすいと思った。婚活という、なぜ相手を選んだのか理屈では説明できないものに関わることができて面白かった」と話す。

 同センターは平成20年(2008年)11月に開設。地域の抱える課題である少子化の原因となる未婚化、晩婚化に対応するため、県の委託事業として婚活のサポートを行っている。たくさんの男女を引き合わせてきたが、カップルにならないままの人も生み出していた。そのため、これまで蓄積したデータを利用できないかとアルゴリズム理論が専門の宇野教授に相談した。

 宇野教授ははじめ、同センターのリクエスト通りに成婚にたどり着かない人の行動パターンを分析し、改善させようとした。しかし、うまくいかない。そこで、違うアプローチを考えた。お気に入り登録などの行動履歴を使い、好みが似ている人をグループ化する。そして、同じグループの同性の人がお気に入り登録した異性や、同じグループの人を選んだ異性を抽出して、ランダムに表示する仕組みだ。平成27年(2015年)3月、完成版を始動させた。

 婚活履歴を活用する新システムでは、従来の条件検索では差が出なかった登録者の人間性がより浮き彫りになった。システムは学習機能があるため、利用すればするほど好みの人を表示する精度は高まる。
 利用者の中には紹介された異性がビッグデータ解析で選ばれた人だとは気付かずにお見合いを申し込んでいる人も多い。松山市在住の女性もその1人。センターに登録して5年目の今年5月に年下の男性とお見合いし、交際を開始した。「婚活を始めてから初めて、出会えて良かったと思えた人だった」

 ビッグデータによるサービスは「自分には向いていないので使っていない」と信じていた。それだけに、交際してから1カ月後、センターのスタッフとの会話でビッグデータ解析によって選ばれた相手だったと知った時は驚いたという。その後、結局男性とは別れてしまったが、システムの利用でどんな人に出会えるのか興味はある。「過度な期待はしていない。けれど、もしかしたらという思いはある」

 現在、この婚活支援は他県にも広がっており、興味を示している民間企業もある。人と人をつなぐシステムだけに、婚活だけではなく転職サイトなどにも応用できる。縁結びをビッグデータ解析がお手伝いする時代が到来した。

(取材・文=村川実由紀)

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