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ロンドン2012大会から東京2020大会へのバトン (68-5)

2012年に開催されたロンドンオリンピック・パラリンピックは、初の「デジタルオリンピック」とも称され、成果はその後の社会インフラやICT活用を大きく変えることにつながった。さらなるデジタル化が見込まれる2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会では、この成果のバトンがどんな形で受け渡されるのか。ロンドン2012大会で群衆のリアルタイム行動解析の実証実験を手がけたドイツ人工知能研究センターのAndreas Dengel教授に聞いた。

群衆の動きをリアルタイムに解析し、サービスへ展開する

sato68-4.jpgAndreas Dengel
国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 教授 /
ドイツ人工知能研究センター(DFKI)教授
ロンドン2012大会におけるICT活用の取り組み

 ロンドン2012大会は、デジタルオリンピックと呼ばれたように、ICTやデジタルデバイスがあらゆる場面で活用された。

 例えば、2008年に行われた北京大会期間中の総ツイート数を、わずか1日で更新。公式サイトへのアクセス数は会期中だけで約400億ページビューに達し、1451TBもの情報が配信されたという。さらに、ロンドン市内では、光ネットワークの整備や無料Wi-Fiの普及、NFC(近距離無線通信)を活用した決済端末の広がりといったICTインフラの整備が進展。これらは、その後のロンドン市内の社会インフラとして活用されている。

 ドイツ人工知能研究センター(DFKI)も、ロンドン2012大会において、ICT活用に関する取り組みを行った組織の一つだ。

 現在、DFKIでは、「Sensing & Understanding」、「Participation & Creation」、「Interaction & Use」の3つの研究テーマをもとに、スマートシティプロジェクトを推進しており、ロンドン2012大会においては、「Sensing & Understanding」の観点から、リアルタイム行動解析の実証実験に取り組んだ。

 「ロンドン2012大会では、まだ実験の初期段階であり、参加者もそれほど多くはありませんでしたが、この実験を通して、登録したユーザーの位置分布をヒートマップとして表示しました。これにより、群衆が集まっているエリアを掌握し、適切な交通手段を提案するといったことが可能になりました」と、プロジェクトに取り組んだDFKIのAndreas Dengel教授は振り返る。

 ロンドンでの実証実験では、地元警察の協力を得て、監視カメラとの連携をとる一方、スマートフォンにアプリをダウンロードする仕組みを構築。個人を特定しない形で、スマートフォンから発信される情報をもとに、人の混雑状況をヒートマップとして地図上に可視化し、群衆が、どの時間に、どのイベントに集中しているのか、今後、どのような速度で、どの方向に動こうとしているのかといったことを把握できたという。

 さらに、この情報をもとに、どの交通網を利用すれば混雑を避けて移動できるのか、といったメッセージをユーザーのスマートフォンに配信。街全体の混雑緩和に貢献したのである。

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大会でのICTの取り組みを他のイベントへ展開

 この試みはSOCIONICALプロジェクトと呼ばれ、ロンドン2012大会以降も、実証実験を繰り返している。2012年のウィーン・シティマラソンや、2013年のオランダ・アムステルダムでのウィレム・アレクサンダー国王即位式、2014年のブラジルでのサッカーワールドカップなどで活用。ユーザーの位置情報をもとに、利用者にとって有益な情報を提供するといった仕組みに磨きをかけている。

 「アプリの利用者を対象に調査したところ、83%の利用者から、このアプリが気に入ったという評価をもらいました。また、緊急時に、このアプリによって提供される情報を使いたいと回答した人は、 92%にも上っています」(Dengel 教授)

 アプリをダウンロードしている人の比率はイベント参加者の2%強。それでも、群衆の動きを把握するには十分なデータになるという。しかし、有効な情報やメッセージは、なるべく多くの人に配信した方がいいのは明らかだ。

 「ブラジルのサッカーワールドカップでは、アプリの利用者数を増やすための取り組みも行いました。アプリを通じて発信する情報の付加価値を高めて、情報を見える化するなど、より多くの機能を提供することが、利用者を増やすことにつながります。また、ソーシャルプラットフォームのように、双方向でコミュニケーションが行えるものへと進化させることも必要です」

 興味深いのは、特定企業が提供しているアプリの場合には、あまり受け入れられないことがわかったことだ。イベント主催者などの公式ページからダウンロードできるアプリの方が、多くの人に利用してもらえる。「アプリを提供する側と、利用する人との間で信頼関係をつくることが大切なのです」とDengel教授は強調する。

 今後は、多くの人が訪れる場所で大型スクリーンを通じて情報を提供するとともに、大型スクリーンにスマホをかざすだけで新たな情報が入手できるという仕組みの構築や、スタジアムから駅までの道のりを歩く際の人々のストレス情報の取得などにも乗り出したいと言う。

 DFKIが、SOCIONICALプロジェクトで目指しているのは、都市にとってよりよい意思決定ができるプラットフォームを提供するということだ。

 「SOCIONICALプロジェクトによって、どんなイベントにも活用できるテクノロジープラットフォームが完成しています。ここに、新たな機能を追加し、学びを生かしながら、生き物のように進化させていきたいですね」

東京2020大会への期待

 では、これまでDFKIが蓄積した知見は、東京2020大会にどんな形で活かされるのだろうか。

 Dengel教授は、「機会があれば、SOCIONICALプロジェクトの成果を反映したい」と前置きしながら、「東京2020大会は、競技場が分散しているのが特徴です。会場と公共交通機関の動きを測定して、効率的な移動手段を提案したり、スタジアム内では混雑している売店を避けて買い物したりすることができます。さらには、このプラットフォームを使うことで、スマホを操作するだけで、席に座ったままでビールをオーダーし、席まで持ってきてもらうことも可能になるでしょう」と語る。

また、「日本が先進的技術を有するロボットを活用し、社会的支援を行ったり、外国人観光客に対してアドバイスやガイドをしたりという役割を果たすこともできるはずです。なにより、日本を訪れた多くの外国人が最初に戸惑うのが言語の問題であるだけに、NIIが取り組んでいる言語認識システムは大きな貢献ができるでしょう」と期待を寄せる。

 Dengel教授は、かつて10種競技の選手であり、ドイツのジュニアナショナルチームに所属したスポーツマンでもある。「スポーツ好きの私としては、ぜひ、東京2020大会の成功に貢献したい」と語っていた。

 SOCIONICALプロジェクトの成果が活かされることを期待したい。

(取材・文=大河原克行)

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第68号/2015年5月発行

東京オリンピック・パラリンピック特集 Vol.1
情報学が貢献できること

・多様性で育むイノベーション、鍵はパラリンピックにあり
・外国人観光客の動きを把握するモバイルセンシング
・幻肢痛リハビリシステム構想
情報学による都市化問題解消と真のバリアフリー化を考える
・ロンドン2012大会から東京2020大会へのバトン

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